火打石
狩野忠基が木の幹を蹴ると“ガチッ!”という音とともに足の裏から火花が散り、その身体が上へと押し上がる。
人の背丈ほども跳んだところで、枝に左手を掛け両足で木を蹴ると“ガチンッ!”とさらに大きな火花が散り
樹皮が爆ぜて”ぱらぱら”と降り落ちてくる。
忠基の身体は、密集した隣の木へと飛び移っており身体を縮め反動をつけると“ガッチンッ!!”
両足から青白い火花が散り、吊るされた美馬一益に向かい脇差しを振り上げながら跳んで行く。
「この化け物がっ!!」
一益の喉に牙を立てた猿蜘蛛の首を一閃し、一益の胴丸の肩紐が落ちる。
一瞬の出来事だった……
「こいが大谷刑部の言っちょった、おいどんら一人一人に付喪神が憑いちょっという事か?」
樹上を見上げながら呟く豊久。
「一人落としますけぇ!受け取ったってください!!」
美馬一益の肩に足を乗せ、隣で繭のようになりかけていた1人の糸を脇差しで切ると“ジュッ”という焦げ臭い
匂いが立ち昇り吊るされていた身体が落ちる。
真下にいた2人が慌てて槍を投げ捨て、その身体を受け止める。
「もうちっと、辛抱したってください」
狩野忠基は足蹴にしている美馬一益にそう言うと、ゆらゆらと身体を揺らし始め一益を重りにして反動をつけると
隣の木に触れそうなほどに大きく揺れ、飛び掛ってくる猿蜘蛛の脚をまとめて切り落とす。
さらに勢いをつけ隣の木に飛び移ると同時に、身体を丸め“ガッチンンッ!!”大きな石を叩きつけたような音と
火花が散り、両足の裏から煙を引きながら樹上の猿蜘蛛に向かって跳んで行く。
忠基を絡め取ろうと飛ばしてくる糸を左手で防ぎながら、猿蜘蛛が乗り美馬一益が吊るされた枝を掴むと脇差しを
枝の付け根に喰い込ませる。
“ガッチンッンッ!!”脇差しが爆散し根元から砕け散る、逃げようとする猿蜘蛛の尾を掴み美馬一益、狩野忠基
猿蜘蛛の3体が揃って地上へと落下していく。
「「おおおぉぉぉっーーー!!」」
張り出した木の枝に何度か跳ね上げらながら、猿蜘蛛の身体を下にして地面に叩きつけた。
そして美馬一益は島津豊久がなんとか受け止めていた。
誰かが槍を突き立て蜘蛛猿にとどめを刺すと、豊久が手を伸ばし忠基を立たせる。
「凄かぁ〜!どげん仕組みになっちょるんじゃ?」
「よう分からんのんですが、強う叩きつけたら、あがいな風に弾けるんです。刀がすぐいかれてしまうけん弱っとります」
狩野忠基の足元の落ち葉から“ぱちぱちっ”と煙が上がり、一歩後退る豊久。
「まるで火打石のようじゃのう?草鞋の燃えちょっどん、熱ぅなかか?」
「小便でもかけたら消えますけん。それより、残りの猿蜘蛛はどがいなりましたか?」
「弓で射ち殺した。そいより街道の心配じゃ……。おはん、まだ戦えるか?」
街道を振り返りながら地面に美馬一益を横たえる。
「ほうよければ、すぐにお供いたしますらい!」
足の裏の煤を払い、横たわり意識のない美馬一益の草鞋を脱がせると手際よく自分の足に当てる。
「ところで狩野忠基ち申したか。おまんさぁは、どこの者な」
一瞬の間、首を傾げながら「伊予国です……」と答える。
「ここいらにゃ各々ん国んもんが集まっちょっ。も少し分かりやすか言葉で語らんと、わっぜ聞き苦しかっど」
『あんたが言うな』と唖然としながら「……はい」とだけ答える忠基。
美馬らの介抱をその場にいた数名に命ずると踵を返し、街道へと下草を掻き分け進む。
「誰も死んどらんか〜!?」
そう言いながら転がるように街道へと飛び出す。
目の前には、額に角を生やした狼·バルホーンの死骸が点々と転がり、王都の方角である右手を見ると避難民を
逃がしながら、残り数匹となったバルホーンに槍を向け牽制し荷台に乗った2人が弓を射かけていた。
「あっちは大丈夫なようじゃな……」
狩野忠基らが路肩に肩を押さえながら蹲っている1人に駆け寄っていた。
「大丈夫か?」
「ああ……不覚を取った……」
ゆっくりと頭を上げた男が、額に大粒の汗をため痛みを堪えながら立ち上がろうとする。
「ええけん座っとき。あっちはもう、かまんそうやけん」
狩野忠基は右手の避難民たちの方を見ながら、懐から手拭いを取り出し男に渡す。
「いや問題はあっちだ……なんとか押し返したが何人かやられた……」
男は顎をしゃくり、街道の避難民とは逆の方向を示した。
男を囲っていた狩野らは立ち上がり、男の示した方向を睨む。
「中隊長!向こうです!!」
バルホーンの死骸を確認していた島津豊久が顔を上げ、街道の北を見たると跳ねるように立ち上がり
男の介抱に1人残るように早口で命じ、脱兎のごとく駆け出す。
八番隊から十番隊の隊員10名の視線の先には、いくつもの岩が積み重なったような巨大な人型が侍たちに囲まれ
太い丸太を振り回していた。




