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黄泉渡り伊織 ーー関ヶ原で滅した六千の魂を抱く巫女ーー  作者: 結城謙三


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北街道

島津豊久を中隊長とした日ノ本の侍たち50名は、哨戒任務のため王都の北街道を両側に深い森が広がる森林地帯を

注意深く観察しながら北へと進む。


「島津殿、我ら小早川隊だった者たちに声を掛けてくださり感謝しています」

島津豊久は島津隊だった者たちと話し合い、5人隊を編成する際に小早川秀秋隊をはじめとした脇坂安治・

朽木元綱・小川祐忠・赤座直保ら東軍へと寝返った隊に所属していた者たちと東軍の者たちを数名づつ

各隊へと誘うように通達していた。


「思うところがないわけじゃなか……ばってん、わしらは小早川の隊におったあんたたちと、直接刃を交えたわけ

じゃなかからね……大谷殿や石田殿のところの連中は、今は声を掛けにくいだろうし、あんたたちだけで固まっとるのも

居心地が悪かろう?」


「そこまで考えて下さって……」

小早川隊だった美馬一益という若い武将が鼻頭を赤くする。


「だいたいが、あんたたちが裏切りたうて裏切ったわけじゃなかろう? 裏切り者はあんたたちの主君であって、

その主君の命に背けんことは、みんな分かっちょっよ……今は、生き残ることだけを考えればよか」


噛みしめるような沈黙が続き、陽の沈みかけた街道で馬蹄の土を蹴る音と木々のざわめきが妙に大きく感じられる。

すると正面から数人の人影がこちらへ向かってくるのが見える。

「避難民のようです……誘導してきます」

そう言って駆け出す美馬一益のあとを仲間の1人が馬にムチを打ち追いかける。


何かを言いかけ手を伸ばしかけた豊久の手が空を切る。

“ざわっ”と言い知れない不安が胸をよぎり、手綱を引き2人の後ろ姿を凝視する。


ほんの瞬きほどの刹那、右手の森から飛び出してきた影が美馬一益らにぶつかり乗っていた馬だけを残して消える。


「えっ!?」

一瞬呆ける豊久……“ヒッヒンッ”という力のない、いななきのあと馬体が揺らぎ2頭が揃って倒れる。

左手の森の下草が“ガサガサッ”と音を立てて揺れている。


「敵襲っ!!」

街道を広がるように進んでいた隊員たちがいっせいに駆け出す。


「六番隊、七番隊は避難民ん守りをせぇ!八番隊、九番隊、十番隊は左ん森ん中、虱潰しに捜っせ!!」

豊久が叫ぶ。


「残ん手ん者共は、油断めさず警戒を強うせい!逃ぐる民ん道を作っど!!」


“ドンッドンッドンッドッドッドッドッ!” “ドンッドッドッドッドッ!”


どこからともなく聞こえてくる太鼓の音が、隊員たちの鼓動と合わさり空気を揺さぶる。

豊久の付喪神·陣太鼓の鼓舞により全隊員たちの目の色が変わり、それぞれの武具を持つ手に力が漲る。

六、七番隊の10人が速度を上げ避難民のもとまで走る。


倒れた2頭の馬を飛び越え、馬から飛び降りると真っ先に森へと飛び込む島津豊久。

「お~~い!どこんおっか!聞こゆっなら返事をせぇ!!」

ほとんど陽の差さない森の中は薄暗く、蒸せるような湿気と土の匂いに目眩を覚える。


「中隊長!あっこじゃ!!」

後ろを追いかけてきた狩野忠基が樹上を指差す。

見上げると白い糸で縛り上げられた2人の身体が樹上にいる2匹の猿のような生き物に引き上げられていた。


「猿か!?」


「いや、脚を見っみろ!?蜘蛛んごたる脚がいっぺ生えちょっぞ!?」

鋭角な脚先を木や枝に食い込また、猿の上半身が2人を太い枝に吊るし、尻から白い糸を出すと2人の身体

をぐるぐると巻き上げていく。


「……中隊長……面目ない……」

締め上げられた身体から美馬一益が声を絞り出す。


「今助けっで、ちっと待っちょれ!」

他の隊員たちもその木を囲むように輪になり、樹上から放たれる白い糸を必死に振り払っている。


「この糸に触れると刀を絡め取られるぞ!?」


「下がれ!身動きが取れなくなる!!」

すでに4,5人の隊員が糸に絡め取られ手足の自由を奪われていた。


すぐ後ろの街道から隊員の大声が聞こえてくる。

「中隊長!角の生えた狼が多数現れました!!避難民を守りながら王都まで突破します!!」


「頼んだど!逃ぐる民ん命は何が何でも守っくい!」

首だけを巡らせて、その声に答える豊久。

街道が騒がしくなり、多数の足音と荷馬車の車輪の音、獣の唸り声が同時に聞こえてくる。


「こいはちっとばっ、良うなか状況じゃな……」

槍を持つ手に力を込め、身動きの取れなくなった隊員たちの糸を必死に払い切る豊久。

その時、樹上をさらに数匹の猿のような蜘蛛、猿蜘蛛が飛び交い美馬一益の身体にへばりつくと口を大きく開け

喉元へと齧りつく。


「中隊長!俺が行きます!!」

そう言った狩野忠基が脇差しを抜き、木に手を掛ける。




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