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黄泉渡り伊織 ーー関ヶ原で滅した六千の魂を抱く巫女ーー  作者: 結城謙三


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蜘蛛猿

「そうか……では走れ!」

平塚為広はそう言うと同時に,甲冑の重さをまったく感じさせぬ動きで走り出す。

それにつられた庄吉も、見えている異様な光景にも臆することなく為広の背中を追う。

あの繭から突き出した馬の脚……おそらく残りの繭の中には人間がいるのだろう……

昨日までの庄吉であれば、見て見ぬふりをして逃げ出していたことだろう。

しかしただの田舎流派だと思っていた新免流の始祖である師匠·新免無二斎の若き日の武勇を思いがけず

聞かされたことで庄吉の中で誇らしさとともに勇気が湧き起こり、何よりも平塚という男が一緒であれば

どんな相手でもねじ伏せてくれると信じ切っていた。

足首までが埋まるほどの草原を抜け、剥き出しの土の上を走る為広が更に加速する。

“関ヶ原からこっち俺は走ってばかりだな……”そんなことを考えながら庄吉は必死に走り続ける。


「庄吉!馬車の中に生き残りがいないかを確かめるのだ!」

打刀を抜き放ちながら、横転した馬車の横を走り抜ける為広。

幌の張られた荷台の隙間から頭を突っ込み覗き込む、雑多に木箱などが散乱し積んでいた樽から液体が

滴り落ちている。

そして最奥に積み上げられた藁の山に違和感を感じた庄吉は馬車の後部に回ってみる。

幌の破れ目に手を掛けると、白い糸のようなものに触れる。

冷たい感触と強力な粘性に驚きとっさに手を振り払うが、さらに絡み突き手首までを絡みとられると

猛烈な力で引っ張られ足が地面から離れる。

あまりにも突然の出来事に為すすべもなく、樹上から放たれる数本の糸に両足も絡め取られ身体が回転し

ながら地面から離れていくことだけを揺れ動く視界の中で理解することができた。

“ああ、これが繭の正体なのか……”そう思った瞬間、押し殺していた恐怖が叫びへと変わった。


「平塚様ーーーーっ!!」

腹の底から叫ぶ。


「おーーーっ!いま助けてやる!待っていろ!!」

真下から聞こえてくる為広の声を聞き、揺れ動く視界の中で必死にその姿を探す庄吉。


「何をしているんですか!?吊るされているじゃないですかーーーっ!?」

自分のすぐ下で足首を絡め取られ、宙吊りとなっている為広を見て庄吉は絶望の叫びを上げる。

さらに数本の糸が庄吉の全身に絡みつき、その糸を伝って樹上から巨大な猿が“かさかさっ”と降りてくる。

しかしその下半身は猿のそれではなく、蜘蛛のような8本足に先端は鋭く尖り糸の上を器用に移動する。

上半身は黒い体毛に覆われた猿のようだが、頭部には頬から頭頂部にかけて左右に4つづつの目が縦に並び

ぎょろぎょろと動き続ける8個の目の2つが“ぎょろりっ”と庄吉に照点を合わせる。


「庄吉!お前の槍をよこせ!!」

妙に落ち着いた為広の声に軽いいらだちを覚える庄吉。


体の大半に糸が巻き付き、繭と化しつつある庄吉の左手にはいまだに握られている槍に意識をやる。

腕まで絡め取られ、その槍を振るうことも投げることもできない庄吉は、為広の上に自分の体が重なった瞬間

必死に握りしめていた槍を手放す。


揺れ動く視界の中で為広が無事に槍を受け取ったの見て、必死に身体を捻り蜘蛛のような猿を探す。

すると尻から糸を出しながら、口を大きく開け庄吉の頭上まで迫っていた。

“ひっ”という短い悲鳴を上げた口までを糸で塞がれ、庄吉は人生で2度目の死を覚悟するのだった。



左手で庄吉の槍を受け取った平塚為広は打刀を鞘へと収め“ふんっ!”と腹に力を入れると、絡め取られた足首の

糸の張力を利用して身体を起こし、槍の柄で庄吉の吊るされた糸の上部を力任せにぶっ叩く!

半分ほど繭と化した庄吉の身体が左右に激しく揺れ、うめき声が漏れる。

脇差しを素早く抜き放ち、足首の糸を“ぼっ”という音とともに断ち切ると左手に握った槍に力を込め身体を

引き上げる。

庄吉の繭の上に着地した為広が眼前まで迫っていた糸に脇差しを投げつけると貼り付いた草鞋を脱ぎ垂直に飛ぶ。

食糧であるはずの獲物の反撃に蜘蛛猿が2本の前脚を鎌のように振りかざし為広へと迫る。

槍の柄を足場に打刀を抜き、頭上の蜘蛛猿の振り降ろされた鎌を横に凪ぐ“ぼっ!”と火花が散り2本の鎌が弾け飛ぶ。

“ぎょっ”すべての目が為広に注がれ一瞬固まる蜘蛛猿……左手を伸ばし糸を掴むと力いっぱい身体を引き上げながら

打刀の切っ先を蜘蛛猿の喉もとに突き立てると同時に“ぼんっ”と頭部が爆散し、一瞬の静寂のあと地面に落下する。


「もう駄目だと思いましたよ……平塚様まで吊るされるなんて」

地面に降ろされ、半べそをかきながら身体に付いた糸を必死に取り続ける庄吉。


「捕まらねば、あの猿まで届かんだろう?……この草鞋はもう駄目だな……」


「ほかの繭の中には人がいましたか?」

首元に付いた糸を手の平で擦りながら、樹上の眉を見上げる。


「ああ……みんな死んでいたがな……」


「そう言えば平塚様、馬車の中で人の気配を感じたのですが……」


「なにか履物があるかもしれん見に行くか……」



「こっちです!馬車の後ろの方の藁の中から気配が……えっ!?」

幌の破れ目から、上半身を入れていた庄吉が両手で赤ん坊を抱えて為広へと掲げる。


「ずいぶんと毛むくじゃらの赤ん坊だな?」

全身を茶色い毛に覆われ、下腹部におむつのようなものが巻かれた人形のようである。


「どうやら獣人の子供のようですね……どうします?」


「ここに放っていくわけにもいくまい……王都とやらへ連れて行くぞ」

為広が馬車に頭を突っ込み、食料や履き物を物色していると馬車の外から

“かわいいな〜” “柔らかいんだな〜” “キャッキャッ!”という庄吉の猫なで声が聞こえてくるのだった。







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