平塚為広と庄吉
【君がため 棄つる命は 惜しからじ 終にとまらぬ 世の習いなれば】
関ヶ原で裏切り者の小早川隊を何度も押し返しながらも、圧倒的な数の前についに力尽き……
この辞世の句を大谷吉継へ遺し散ったはずの平塚為広。
小高い丘の上に胡座をかき、延々と噴煙を上げ続ける火山をひたすら見ていた……
その周囲には何体もの魔獣の遺骸が転がっている。
「平塚様ここで待っていても、もう誰も通りませぬみんなここから西にある王都とやらへ行ってしまいました」
宇喜多隊の足軽だった宮本村の庄吉が槍を支えに立ち上がる。
「ふむ……ここで見張っていれば大谷刑部が通りかかると思ったのだが、あてが外れたようだ」
すくっと立ち上がる平塚為広は庄吉よりも頭一つ大きく、肩幅も広い。
「この魔石とやらを王都へ持っていくと銭と交換してもらえるそうです。何か美味いものでも食べましょう」
無言で頷くと、東へ向けて歩き出す2人。
平塚為広に出会ったのは昨日の夕方、緑の皮膚の小人に囲まれ逃げ回っていた俺の前に突如として現れると
数度の瞬きの間に10匹以上の小人を肉塊へと変えたのだ。
息を切らし倒れ込む俺には、その時には何が起こったのか理解することができなかった。
しかし、この男といれば得体のしれないこの地で生き延びることができるかも知れない……
そうして昨日から平塚というこの男に張り付いていた。
その間にも、なん人かの関ヶ原から気づいたらこの地にいたという者たちに会い、魔石の情報などを聞けた。
言葉の通じない現地の者たちにもすれ違ったが平塚様は、この丘の上に座り四方に目を光らせ続けた。
時折現れる異形の獣たちにも打刀を抜いたと同時に地に伏せ続けた。
そのまま一夜をこの丘で明かし“大谷刑部は王都とやらへ行ったのかもしれぬな……”そう独り言ちると
こうしてようやく西へ向けて歩き出したのだった。
「庄吉といったな?……」
「はい……」
「お前の目には、ここが極楽浄土に見えるか?」
少し前を歩く為広が振り返りもせずに問い掛けてくる。
「景色だけ見れば極楽のようですが、あのような醜悪な生き物がいるのですから……地獄でしょうか?」
「お前は地獄に落ちるような所業をしてきたということだな?」
初めて後ろを振り返り、庄吉を見て“にやりっ”と笑う為広。
「どうでしょう……?じつは関ヶ原が初陣で槍を振る間もなく殺された気もするのですが、地獄に落ちるような
心当たりはないですね……」
遠い目でこれまでの自分の生涯を振り返る。
「わしはいくらでもあるがな!無駄な殺生を犯しすぎた、しかしここが地獄と言うなら温すぎるがな……
地獄の鬼があれほど弱いはずがなかろう?」
楽しそうに鼻で笑う。
「俺の師匠が言っていました。島左近様が戦国最強だと言われているが、戦国で一番怖いのは平塚為広様だと」
「ほ〜嬉しいことを言ってくれる御仁だな、名はなんという?」
「いや……知らないとは思いますが、宮本村の新免無二斎と申します」
平塚為広の歩みが止まる。
「宮本村というのは美作か?新免無二斎殿は十手を使うのではないか?」
振り返ると庄吉の目を覗き込むように問い詰める。
「はい……その通りですが……」
なぜか肩をすくめ答える庄吉。
「知っておるわ!わしが初めて京に上った時に将軍·足利義昭公の主催された御前試合で吉岡一門を破り
将軍から【日下無双兵法術者】の称号を承ったのが、若き日の新免無二斎殿ではないか!それで無二斎殿は息災か?」
「それが、宇喜多様の足軽としてともに参戦したのですが……逸れてしまいまして……」
「そうか……しかしあの鬼のように強かった無二斎殿なら、きっとどこかで生きていよう……庄吉はよい師匠を
もったな。ということは、わしが助けずともあの程度の異形など1人でどうにでもなったのではないか?」
「いえ、弟子といいましても畑仕事の合間に教えていただいたくらいで……平塚様に助けていただかなければ
間違いなく死んでいました」
なぜか自信を持って答える庄吉。
「そうか?そのようには見えなかったがな……」
やがて草原が途切れ、前方に巨大な立ち木の並んだ森林が見えてくる。
「平塚様、あっちのほうが森が拓けて街道になっているようです」
右手前方を庄吉が指差す。
しばらくその方向へと進んでいくと……
「庄吉……見えるか?馬車が横倒しになっているぞ……」
ちょうど森の入り口で馬車が横転し街道を塞いでいる。
「はい、そのようですね……人も馬も姿が見えませんが、どこに行ったのでしょうか?」
「馬車の上の方を見てみろ……いるぞ!?」
庄吉は、その言葉の意味がわからずに首を傾げていると樹上の枝から、なにやら大きな繭のようなものが
数個吊り下げられゆらゆらと揺れており、ひときわ大きな繭からは馬の脚だけが上を向いて突き出されていた。
「庄吉よ、どうする?助けに行くか?それとも道を変えるか?」
「平塚様!助けに行きましょう!」
庄吉は考えるよりも先に答えてしまっていた。




