案山子と法螺貝
異変を察したセルザ将軍が腰の剣に手を掛け踏み出す。それと同時にムサシのつま先がセルザとの間合いを詰める。
それを後ろも見ずに手の平だけを向け制するナタリー。
「なんでもないよ、ちょっとふらついただけさ……巫女というのは、どんな存在なのか聞かせてくれるかい?」
伊織の冷たい視線が解け、やわらかな笑みを浮かべる。
「巫女というのは神の言葉を伝えるための依り代です」
「人というのは歳をとるほど傲慢になるもんだね……世の中には触れてはいけないものがあるということを
久しぶりに思い出したよ」
独り言のように呟き、乾いた笑みを浮かべるナタリー。
セルザ将軍がため息とともに肩の力を抜く。
「一応確認だが、ここ王都に魔獣が押し寄せてきた場合は防衛に協力してくれるということで良いのだな?
NO,100ギルド前の城壁と各ギルドと合同で城門西口を守ってもらうことになるが……」
「素性の知れぬ我らを向かい入れてくれたこの国には、一宿一飯の恩義があります。その国の危機とあらば
我らの全身全霊をもって敵を退けましょう」
王国式の敬礼にならい左胸に拳をあてて答える大谷吉継。
「聞けば魔法を使えぬと言うではないか?剣に魔力を乗せねば魔獣は斬れぬぞ?」
「お言葉ですがセルザ将軍、我々はこの剣や槍で何体もの魔獣を倒してここまでやってきました。
それに我ら一人ひとりがそれぞれ神より授かった特別な能力を持っております」
「神から授かった特別な能力?」
「はい、それがしには遠くの物を見て聞く能力、ここにいる湯浅五助には遠くにいる特定の者に声を届ける
能力を授かっております」
「ほう……我がギルドにいる鳥の獣人などはかなり遠くまで見ることもできるし、音波で遠くの者と話せる者も
いるがな」
セルザ将軍はそう言いながら、吉継の横に建つエディを見る。それに笑みで応えるエディ。
「それがし、これほどまでに高い建物に初めて登りました。そこのテラスから外を眺めてもよろしいでしょうか?」
パイス国王が頷くのを見て、五助らとともに開け放たれたテラスに出ると手すりに掴まり東の方角に目を凝らす。
「エディ……この国での長さの単位は?」
「ドランだが?ドワーフの靴で3足分の長さだそうだ」
「なるほど……エディ君の背丈は何ドランだろう?」
自分より背の高いエディに並んで背を比べる吉継。
「1,8ドランだが……?」
「ふむ6尺ほどだな、ありがとうエディよくわかったよ……ということは、ここから1層目の城壁まで1000ドラン
2層目の城壁まで3000ドラン、3層目の外壁まで5000ドランといったところか?」
目を凝らすと視界が赤く染まり、対象物に意識を向けると焦点が拡大されていき、その距離と風の流れに匂いまでが
まるで目の前の事象のように認識され、NO,5ギルドの練兵場にいる者たちの顔や音を識別することも容易にできる。
「……それはその通りだが……」
エディが言葉に詰まりながら返事をする。
玉座の間の全周を囲うテラスをゆっくりと回る吉継。
「この王都は完全な円形なのだな?そしてここがその中心……建物や城壁が規則的に配置され風水のようなものか?」
吉継の独り言のような台詞まで翻訳した伊織の言葉を聞き、驚きに目を見開くナタリーたち。
奇しくも風水という単語を”方陣”と直訳していたのだ。
『まさかこの男は、建国以来のこの王都の秘密を見破ったとでも言うのか?この王都自体が”魔力方陣”となって
いることを?この男は危険なのではないか?』
ナタリーの握る杖が小刻みに震える。
玉座の間の全周を囲うテラスをゆっくりと歩き出す大谷吉継。
その歩みに全員の視線が注がれる……その時の吉継の脳内では視界に入ってくるすべての情報を高速で処理しながら
精密な地図を脳内に描き補完していた。
大量の情報の処理に、まるで酷使しすぎた筋肉のように脳が悲鳴を上げ両の眼が充血し鼻血が一筋垂れる。
「刑部!」
不安になった五助が歩み寄るが、手で制し城壁の外へと視線を移す。
「王都の外は全方位に広大な草原が広がり、その先には森林……南側には深い渓谷に大河が流れ見える範囲での橋は2つ
架かっており、王都を捨て避難する場合は南へ逃げ橋を落とす?」
「ちょっと待て!いったいどこまで見えているというのだ?」
ダラス宰相が声を荒げる。
「東側の森に角のある狼バルホーンの群れが潜んでいる、すぐ横の街道には商人と思われる馬車がいるんだが……
付近を哨戒中のガーダーに報せてもいいだろうか?」
吉継が振り返り、セルザ将軍に許可を求める。
「報せるってどうやって?おいっ遠見の筒を寄越せ!」
衛兵より遠見の筒を受け取り、吉継の指差す方向を見るが草原と森がぼんやりと見えるだけである。
「時間がないので失礼する。五助君こっちへ……ここから百町先の草原から森にかけて広範囲に、声を届けてくれ“草原から
東に80ドラン、街道から西に60ドランの地点に9匹のバルホーンが潜んでいるガーダーは急行せよ”」
湯浅五助は頷くと口の前に両手で筒を作り、大きく喉を膨らませると顔を真っ赤にして息を吐き出す。
大声を覚悟していた周囲の者たちは掠れた吐息しか聴こえないことに拍子抜けしながら、吉継の指差す方向に注視していた。
しばらくの沈黙が玉座の間に重く伸し掛かる……
「セルザ!その筒をよこしな!」
視力強化の魔法を重ね掛けしたナタリーがセルザ将軍から遠見の筒を奪い取ると草原から森に目を凝らす。
「駆竜に乗ったガーダーが4騎、街道に向かっているね……よく見えないけど、商隊は無事なようだよ……」
「はい、商隊は優秀な護衛を雇っていたようです。ガーダーと協力してバルホーンを殲滅しました。ガーダーの1人が
NO,10ギルドのオリバーと名乗っています」
「ちょっと待ちな!あんたはあそこが見えるだけでなく、会話まで聞こえるって言うのかい!?……そしてあそこまで
声を届けることができる?……驚いたね」




