ナタリー魔導師
「遠き地よりブランデン大陸へようこそ異国の侍たちよ、余はマリアガ王国の国王パイス·サンドゥである。
聞けば大勢のわが国の民の命を救ってくれたとか……この状況のため盛大に迎えるというわけにはいかぬが
歓迎しよう」
「もったいないお言葉ありがとうございます。それがしは代表者を務めております大谷吉継と申します。
我々一同すでに十分な歓待を頂いております、本日は我らの願い聞き入れて下さったことに感謝いたします。」
そう言うと吉継が横にいる湯浅五助に目で合図をし、それを受けた五助が脇に置いていた【孫六兼元】を手に取り
衛兵へと手渡す。
それを恭しく両手で受け取ると、パイス国王の左に立つセルザ将軍へと孫六兼元の柄を向ける。
「失礼して、改めさせて頂きます」
封印魔法を解除すると、衛兵の持つ鞘からゆっくりと刀身を抜いていく。
半ばまで抜いたところで両手で持ち直し一気に引き抜くと、眼の前で刀身を凝視しているセルザ将軍の瞳孔が縦に
スッと割れる。
「国王……何も問題はないかと」
そう言いながら刀身を鞘に収め、パイス国王の胸の前に捧げる。
「セルザよ、ずいぶんと気に入ったようだの?お前の尾が嬉しそうにまだ揺れておるぞ」
愉快そうに静かに笑うパイス国王。
「お恥ずかしい……これほどまでに不純物の無い金属を見たことがなかったものですから夢中になってしまい
ました。しかもこの浮き出た模様の美しさから職人がどれほど手を掛けたのかが分かりますな」
セルザ将軍の力説になぜか“うんうん”と頷いているエディ。
「国王よ、その武器からは魔法的な呪術は感じられん、手に取るがいいぞ」
パイス国王の右手に立つナタリー魔導師が、孫六兼元に向けていた右手の平を下ろす。
「余は剣のことはあまり分からぬが、この鞘の細工を見てみよ……これほどまでに深みのある塗料の上に金粉、銀粉
を蒔いて模様を描いているのだな? おおっその方らの国にも龍がいるのか?」
「気に入っていただけたようで何よりです。それは蒔絵という技法で漆という植物の樹脂を何層にも塗り固めた上に
パイス国王のおっしゃるように金粉、銀粉を蒔き模様を描いております。
そして我が国では龍は伝説上の生き物とされていますが、この国では龍が存在しているのですか?」
この台詞はブランデン語の単語に不安があったため、断りを入れてから伊織に通訳を頼んでいた。
「ああ……いるよ」
ナタリー魔導師が答える。
「竜種と呼ばれる魔獣はいくらでもいるが、龍と呼ばれる存在は世界でも片手ほどだね……そのうちの一柱が
ここから東にあるサランドル·ダンジョンを治めていたんだがね〜どうなっちまったのかね……」
ふぅ~とため息を吐くナタリー魔導師。
「ナタリー様、その話はこの場ですることではないかと……」
パイス国王の後ろに立っていたダラス宰相が初めて口を開く。
「構わないさ、この者たちもこの国を守るために戦うって言ってくれているんだ。知る権利はあるさ……
もしもサランドル·ダンジョンのアース·ドラゴンが死んだのなら、ダンジョン中の魔獣がここに押し寄せるんだからね」
ナタリー魔導師の発言にしばらくの沈黙が落ちる……。
その沈黙を破ったのはパイス国王だった。
「一つ気になっていたのだが、その方らがわが国に来られてから2,3日だと聞いているが、流暢にブランデン語を
話すのは、この大陸の他の国に滞在していたということなのか?」
「いえ、この大陸に来たのは昨日のことです。人々の会話を聞いて必死に覚えました……こちらの伊織殿も同じく
昨日からですが現地の方のように話せます。巫女だからだそうですが……」
伊織を見て呆れたような笑みがこぼれる吉継。
「言葉というのは、そんなに簡単に覚えられるものなのか?」
独り言のように呟き、首をひねるパイス国王。
「そんなわけがあるかいっ!人並み外れた観察力に洞察力、修正力に理解力すべてをつねに集中し続けてなんとか
日常会話くらいは数週間で出来るようになるかも知れないがね……2,3日でこれだけ話せるのは、何かのスキルを
持っているんだろう? それよりも巫女とかいう娘は人の理の外の存在なのだろう?」
「ナタリー様、伊織は人間です!」
頬を膨らませて抗議する。
「あんた、言葉を覚えようと思ったこともないだろう?なぜ話せるんだい?」
面白そうに1歩2歩と伊織ににじり寄るナタリー魔導師。
「それは……巫女だからなんですが……」
ムサシが近づいてくるナタリー魔導師を警戒して、伊織の前に一歩踏み出す。
「あんたの中にいるのはいったい誰なんだい?」
ムサシを押し退けて、ほかの人には聞こえぬように伊織の耳元で問い掛ける。
ー「黙れ!これ以上この娘に深入りするなら、さほど長くもないお前の寿命が今日尽きることになるよ」ー
ナタリーの耳元に伊織の吐息が当たり、直接心臓を掴まれたような衝撃がつま先から脳天を駆け抜ける。
思わず砕けそうになる腰をなんとか持ち堪え、伊織の目を見る。先ほどまでの小動物のような愛くるしい目ではなく
底なしの井戸を覗いたときのような、冷たく引きずり込まれそうな瞳がそこにあった。




