稲穂の香り
女の声がした方を見る。
男たちの人垣で声の主を見つけることができない……
「すまないが、いま付喪神と言ったのは誰だろう?」
「……あの……わたしです……」
ふたたび人垣が割れ、大谷吉継と声の主の間に道ができる。
見ると、その顔に幼さの残る若武者と娘が並んで立っていた。
どこかで見た覚えのある若武者の佇まいに目を凝らし、腰の一振りに目をやり誰かを確信する。
そしてゆっくりと近づいてくる娘の方は鮮やかな緋袴に仕立ての良い巫女の衣装……
その肩には【二重亀甲に剣花菱】の出雲大社の紋。
2人は吉継の前まで来ると若武者は腰から鞘ごと一振りを抜き、片膝をついて吉継へと掲げる。
「大谷のお殿様、お預かりしていた刀をお返しします」
「ムサシといったな……その備前長船祐定はお前に授けたものだ。ここで再会できるとは……
おかげで友に向けた辞世の句を詠むこともできた。感謝している」
打刀の名を聞き、どよめきが起こる。
「それで巫女殿、出雲大社の巫女だと見受けるが、先ほど付喪神が憑いていると言われたが……
どういうことだろう?」
「そのままの意味なのですが……みなさん関ヶ原で亡くなられて、この世界に投げ出されたときに
一人ひとりに付喪神が憑きました」
頭を垂れたままのムサシの横で、凛と立ち続ける伊織。
「なぜそんなことが分かるのだ?そもそも巫女殿も関ヶ原で死んだと?」
「巫女だからでしょうか?わたしは死んでいません……なぜ、ここにいるのでしょう……?」
御左口神のことも八岐大蛇のことも言うことができない伊織は言葉を濁すのだった。
「では僕にも付喪神が憑いていると言うのだろうか?」
吉継が見てくれとばかりに両手を広げる。
「ええ……もちろん憑いています。【案山子】です」
「案山子?」
なんとなく肩越しに振り返った吉継の鼻に稲穂の香りがした気がした。
「はい、九十九神化した古い案山子です。ただすべてを見て聞くだけの存在です」
そう言う伊織の表情に一瞬だけ憐れみの色が浮かぶ。
「……なぜ巫女殿とムサシが一緒にここに?」
だから遠くが見え、聞こえるようになったのかと1人納得した吉継は御子の言葉が本当だと確信する。
そして気になっていた話題にそらす。
伊織がムサシへと“あなたが言って”と視線を向ける。
「はい俺はある人に伊織を守るようにと言われました。それで2人で森にいるときに、この街の斥候
だという人にここへ避難しろと……」
「なるほど……ちょっと待て?と言うことは、この世界の言葉が分かるのか?」
「いや……俺はわかりませんが」
「巫女殿は分かるのか?なぜ分かるのだ?」
「巫女だからでしょうか?」
少し小首を傾げる伊織。
「その付喪神とやらは我らにも憑いているのか?」
戸田重政が聞いてくる。
「ですから、みなさん全員に憑いています。付喪神とは、長く大切に使われた道具に宿る神……
今は、みなさんの切実な生き延びたいという願いに呼応して、その力が顕現しているに過ぎません。
自覚のない方も、いずれその機が来れば、己に宿る付喪神に気づかれるでしょう」
「聞きたいことはいくらでもあるのだが、今は体制を整えねばならない。
僕とともに戦う意志のあるものは、宿営地を用意してあるので同行してくれ……
そしてここを離れるという方々、ご武運を祈る」
吉継はそう言うと、後方で控えていたエディとカイルへと合図をし検問所へと向けて歩き出す。
ほとんどの者たちが、迷うことなく大谷吉継に続いて歩き出し、数十人が迷っているのかその場で
数人づつに分かれ話し合っている。そして東軍だった者、小早川隊など西軍から裏切った隊の者たち
50名ほどが踵を返し城壁に沿って反対側へと歩いていくのだった。
「伊織、早く中へ入って休ませてもらおう」
「ムサシ……わたし怖かった〜」
あれほどたくさんの武人に囲まれた経験などなかった伊織は足を震わせてへたり込む。
引き摺るように検問所を抜け、大勢の人混みと高い建物が並ぶ街並みに圧倒される。
「伊織……凄いところだな……」
「ムサシ……向こうからいい匂いがします……」




