魔法
紙が黒く塗りつぶされると、エディは目につく物を次々に指差しその名を教えてくれる。
「男」一語一語をはっきりと発音し、ギルド内で目につく男性を指差し、最後に自分の股間を指す。
「女」同じように女性を指差してから自分の胸に両手で盛り上がりをつくり、楽しそうに笑う。
それに苦笑いで応える、大谷吉継と大伴兼興
「椅子」 「テーブル」 「剣」 「盾」 「鎧」他のテーブルに座る者の装備にまで及び
「人間」吉継らを指差し「獣人」と言うと自分を指差す。
少し辺りを見渡し、目的の人種を見つけると「エルフ」だと教えてくれる。
手で耳を上に引っ張り「魔法が得意だ」と言う。
「……魔法?」初めて聞く単語に、思わず聞き返す。
エディが不思議そうな顔をしながら、腰の辺りから葉巻を取り出し口に咥えると、当たり前のように
人さし指に火を灯し「火魔法……」と言いながら葉巻に火をつける。
それを見て揃って目を見張る吉継たち。
再び不思議そうに首を傾げると、葉巻を2本の指で挟み、すぼめた口の隙間から紫煙を吐き出す。
「お前たち、まさか魔法を知らないのか?」
黙って吉継が頷くと「ちょっと来い」と手招きをしながら立ち上がるエディ。
魔石を買い取ってもらったカウンターの横にある廊下を奥へと歩くエディの後ろをついていく。
長い廊下の突き当たりの右手にあるドアを開けると、表の通りに音だけが漏れ聞こえていた広場に出る。
そこには大勢の武装した男女が、組手をしたり、武器を持ち打ち合ったりと真剣な熱気が漂っている。
なかでも、大伴兼興よりも頭一つ大きな、全身を体毛に覆われた獣人同士のまるで相撲のような組み合いは、
ぶつかるたびに凶暴な音を響かせ、それを見守る見物人たちの拳にも思わず力がこもる。
「ここが練兵場」エディが広場を見渡しながら教えてくれる。
そんな人混みの中を横切り、反対側の壁際へと歩いていくとそれが壁ではなく仕切りであると気づく。
仕切りの向こうからは、破裂音や打撃音、早口のお経の様な叫び声が漏れ聞こえてくるのだった。
「ここが試射場だ」
仕切りのドアを開け中へと入ると、そこにいた人間と言葉を交わしたエディが、ここで見ていろと
長い椅子に座るようにと手招きでうながす。
2人の人間とエルフが横に並び、縦に長い試射場の突き当たりに並ぶ円形の的に短い杖を向けている。
ちょうど馴れ親しんだ弓道場のような風景であるが、早口のお経を唱えるとその杖の先からは矢ではなく
火や水や石が放たれ的へと向かって飛んでいくのだった。
大伴兼興の肩を借り立ち上がり、その術者の背中越しに円形の的の変わり果てた姿に目を見張る。
火球が着弾すると同時に燃え上がる的、水圧に耐えられずに根元から折れる的、石礫で無残な姿をさらす的。
そして燻ぶり続けていた的が“ドサリッ”と地面に落ち、火花が上がった。
「大伴君……今日は驚かされてばかりだな……」
「はい、あんな物が人間に当たったら一溜りもありません」
「ああ……当たったらな、でも見ていただろう?遅すぎるんだよ、何かを唱えてから放たれ、着弾するまでも
弓矢より遅い、しかし威力は絶大だ……使い方次第だな」
そう言いながら何か“ザラリ”とした苦い物が吉継の口の中に広がった。
大伴兼興の肩を掴んでいる手が震え、腰が砕けへたり込む。
「刑部!?大丈夫ですか!?」
咄嗟に吉継の腰に手を回し、抱き止めるとそっと長椅子へと座らせる。
駆け寄ってきたエディが心配そうに兼興の肩越しから覗き込み、なにやら早口で捲し立てている。
「わからない……急に脚に力が入らなくなって……」
ひどい頭痛に目を閉じると、全身の力が抜けていく……頭の上を、聞き取れない言葉が行き交い、人の動く気配
と足音が遠のきながら吉継の意識の底へと沈んでいった。
吉継は夢を見ていた。幼い吉継と弟が田圃の畦道で遊んでいる……しかし不思議なことに吉継の視点ではなく
まるで田圃の真ん中から幼い兄弟を見守るような視点。
飛び交う赤とんぼ、山間に沈んでいく赤い太陽……
『大きすぎる力には、痛みが伴うのだ』赤く染まった空に響き渡る無機質な声。
頭部に経験したことのない温かな粘性のなにかが侵食してくる感触に目を覚ます。
白頭巾は外され、見知らぬ人間の女が自分の額に右手を添えていた。
反射的に身体を仰け反らせ、自分の爛れた醜い顔を遠ざける。吉継
「気が付かれました」
吉継の目を覗き込みながら、治療をしてくれていたのだろう女が振り向き、そう告げると
大伴兼興とエディが駆け寄ってくる。
「ヨシツグ!大丈夫か?俺が分かるか?」
「刑部、よかった気が付かれて……」
ほっと胸を撫で下ろす。大伴兼興
「大伴君……僕の頭巾は?」
「……刑部、あの……頭巾はもう必要ないかと思います。彼女が治療してくださいました。」
そう言われて、自分の顔を両手で覆うように触ってみる。
あれほど醜く爛れ、膿が吹き出していた額も頬も髭の感触が指にあたるだけだった。
「……ああっ……そんなっ……こんなことが? ありがとうございます」
驚きのあまり、震えそうになる声を抑え、女に向かってそれだけを絞り出す。
「えっとここは?」
「あの建物内の診療所のようです」
見渡すと、すべてが白い部屋に2つの寝台が置かれ、使い途のわからない器具が壁の棚に並んでいる。
自分が座らされている椅子には、大きな車輪が両側についており、外側の車輪を自分で回すことにより
自走できる仕組みのようだ。
「今日はもう、宿に戻って休まれますか?」
「いや……予定通り、検問所に向かおうと思う」
大谷吉継は数年ぶりに自分の身体を取り戻したように気分が良かった……
まるで木のように言うことを聞いてくれない脚と視界のすべてに赤味がかかっていることを除いてだが。




