第七十四話【王都の過去・前編】
『今から八百年ほど昔のこと───
ビアンドという一人の青年がいた。
彼はかつて、賊の略奪によって故郷を滅ぼされ、家族を失い…孤独に生きてきた。
当時、この世界の情勢は悲惨なもので、各地で争い事は絶えず、ひたすら荒廃し、安全と呼べるような場所もない。
だから、ビアンドは思ったそうだ。
他の誰かが、自分のような酷い目に会わないように、安心して暮らせて飢えることのない、そんな平和な国を作りたいと…彼は決意し、行動に移す。
まずは独学で魔法を勉強し、ビアンドはそれらを身に付けた。
才能もあったのだろうが、何よりも勤勉で、ひたむきさは抜きん出ていたように思う。
彼は魔法の力を使いながら、自分と似た境遇の者達を救い、仲間を増やしていった。
その最中で出会ったのが、別の世界からやってきた転移者達───私を含めた、異邦人と呼ばれる者達だった。
言葉も文化も違う者達との邂逅。
ビアンドは意志疎通が出来る魔法を編み出して、言葉の問題は早々に解決してみせた。
言葉が通じるようになり、交流を重ねる中で、異放人達は様々な時代…そして、色々な国から転移して来た事が分かった。
価値観の違い、それらの差異で様々な問題が起こり、それで苦労したものの…。
ともかく、異放人たちは路頭に迷っていた状態から救われたし、一部を除いてビアンドに感謝していた。
そして私達は、少しでも恩を返せないかと思い、彼の《安心して暮らせる国を作る》という目標を手伝いたいと考え、それを願い出た。
ビアンドもこの申し出を喜び、ここから大きな一歩を踏み出す。
まずは建国にあたって、ビアンドは異世界の話に興味を持った。
どのような文化や技術があるのか、平和を維持する為に何が必要なのか、熱心に聞いてきたよ。
異放人である私たちは、元いた世界の文化や技術の話をした…。もちろん、話だけだ。
異放人の中には技術者もいたが、文明の利器を作り出すには、マンパワーも道具も足りない。
だから最初は発展の為、何かの切っ掛けになればと思って話した程度だった。
しかしビアンドは、私たちから聞いた話…それだけで近代的な技術を模倣し、それらに近いものを造り出す力を持っていた。
国の基礎となるインフラを創造し、食糧問題、国防ですら一人で解決できてしまうほどの魔法を使えてしまったのだ。
彼は助けた人々に、ひたすら与え続けていた。
…一見すれば素晴らしい事だが、それではダメだ。
これはビアンドの欠点だったが、あまりにも献身的すぎる悪癖がある。
たった一人で国を支える状態は極めて不健全であり、それでは国とは呼べない。
文化、技術というものは、人々の経験の蓄積によるものだ。
農業も工業も商業も医学も、それらを子々孫々が学び、受け継ぎ、更に進歩させ続けることによって始めて国となす。
新たな技術を与えました、それを使えました、だから文明化出来ました、なんて都合よくはいかない。
それらを伝えたけれども、ビアンドは人を甘やかしてしまう。
それを問題に思った異放人達は、彼に対し「私達のいた世界の失敗談」を教える事にした。
農業の為に支援をして種を与えても、それを育てることをせず、食い潰すだけの者…。
公共のインフラを整えても、目先の利益の為だけに、それらを破壊して奪い、金に変える者など…。
だから人は学び、時間を掛けて道徳心を育て、それらを根付かさせねばならない。
それ以外にも色々な私たちの歴史、暗く濁ったものも伝えたよ。
美談だけを話すことは公平と言えないし、なによりもこれらの話は今後、国を作るにあたって必要なことだと思えたからな…。
ビアンドはお人好しではあったが、馬鹿ではない…。
彼は私達の心配する気持ちや、その意図を汲み取ってくれて、そこから皆で話し合いを進めることが出来た。
まずビアンドには、魔法で無闇に与えることを禁止して貰った。
彼の手を離れたとしても国が存続できるよう、国として自立できる土台と、その発展を妨げないように…。
同時に異放人達も過干渉はせず、手助けする程度に留め。
文化や技術を教えたとしても、それらの取捨選択は異世界の者達へゆだねること。
この世界の選択は、この世界に生きる者達が決めていくのだ。
それらの方向性を定めたビアンド達は、ようやく建国へと踏み出す。
ビアンドに助けられて集まった者達も、好奇心の高さを持ち合わせていたり、各々の種族がもつ長所を活かしたりしながら、国の発展やインフラの維持が出来るよう、学問に励んでくれた…。
国作りは順調だった───
だが…ある時を境に、この世界に神を自称する存在が現れた。
その者はこう言った。
「混沌の世に平和をもたらし、哀れなる者達を救い、導くため降臨した」…とな。
突如として現れた神という存在。
ビアンドは初め、それを快く受け入れようとしていた。
だが、それとは別に異放人達は、どうにも嫌な胸騒ぎを覚えていた。
根本的な違和感を感じていたからだ。
確かに世界は荒廃し、未だ混沌としている。
今でこそ、ビアンドと異放人達の協力で防衛が上手く機能し、安全を確保していて一見すると平和に見えるが。
それでもトラブルはあったし、外からの襲撃を受けたことも、一度や二度ではないのも確かだ。
しかしながら、この神の言う「平和をもたらす」ことが目的ならば、安全を確保しつつあるココではなく、それこそ他を当たるべきだ。
それ以前に「哀れなる者達を救い導く」ならば、まずビアンドが救われていないとおかしいではないか!
彼の故郷が滅ぼされた時、この神は一体どこで、なにをしていたというのか?
…こういった疑念、違和感が拭えなかった。
だけれど、表向き平和を目指しているのであれば、無闇に敵対することも避けたい。
少なくとも神を名乗るだけあり、超越した能力を持ち合わせている事も見せ付けられていて、その能力に疑いようはなかったのだ。
とにかく、一抹の不安はあったものの、神が現れてからも日常は平穏に過ぎていった…。
胸騒ぎを抱えながらも時が経ち、杞憂に終わるかと胸を撫で下ろそうとした…ある日のこと。
一部の民達と、そして一部の異放人から不満が出てきたのだ。
多くの人々を助けてきたビアンドに対し、「ビアンドは、何でも叶えてくれる魔法の力があるのに、何も与えてくれない。神は望むままに与えてくれるのに、ビアンドは自分の為だけに魔法を使っている!」とな。
最初は耳を疑ったよ。
助けてもらった恩を忘れ、その言葉を吐く無神経さと傲慢さに。
…いや、違うな。
初めから恩義を感じる事が出来ない人間、そういう概念を持ち合わせない者だったのだろう。
だが、そうなる可能性…その予測は出来ていた。
「私たちがいた世界の失敗」
それがココでも起こっただけに過ぎず。情けない話だが、こうなる事態を食い止める事が出来なかっただけの話。
こういう恩を仇で返す連中を、私は元々いた世界でも腐るほど見てきたからな。
この一件から不満の波は広がり、安心して暮らせる国作りのプランは完全に崩壊した。
ここに来てビアンドを離反し、神側につく民や一部の異放人が現れたからだ。
そして離反した連中は無茶苦茶な事を言い出す。
「神は法律を上回る。神に選ばれし我々は何をしても許される」などと…。
もはや連中は侵略敵…、ただの害来種と成り果てていた』
「害来種…で、ござんすか」
『ああ、そうだ…。
他者への敬意や恩を忘れ、世の理…そして秩序を乱す者。
いや、連中は元からそうだったのかもしれん。
害来種───
己の欲望のまま神を崇拝する者どもに、神は【特殊能力】を与えて、さらに連中の肉体も作り変えていた。
人の見た目をしただけの、正真正銘のバケモノにな。
カルト共は、老いない身体と特殊能力を手に入れると、すぐに好き放題やり始めた。
その人が生まれ持つ本質、本性が剥き出しになるのは…追い詰められた時ではなく、絶頂期である。
今まで、悪さをする者がいればビアンドや異放人達が制圧していたのだが、その均衡が崩れて枷が外れた。
もう分かると思うが、神の寵愛を受けたカルトによって、それ以外の民が蹂躙されていく状況になっていったのだ。
これでは今までと…ビアンドの故郷が滅ぼされた時と変わらないではないか。
ビアンド側に残った異放人たちは、神やカルトに徹底抗戦する構えをとった。
だが、ビアンドはそれを許さなかった。
「助けた者たち同士で争う姿は見たくない」とな…。
これを聞いた異放人はキレた。
皆が安心して暮らせる国が目標だったんだろう。
だが、今の惨状はなんだ?
神とカルトに怯える者たちがいて、今を踏みにじられている。
彼らの安寧はどうでも良いのか?
彼らが虐げられても我慢すれば、血は流れないかもしれない。
だが、それが平和と呼べるものか。
───こう異放人は言ったが…。
ビアンドが異放人達にも血を流して欲しくない、死んで欲しくないという心配から来た発言だという事はみんな理解していたよ。
それを理解した上で、それでも大切なものを守る為には戦わなければいけない事がある。
たとえそれが、あの神が喜ぶ展開になるとしても。
そして異放人たちは何となく気付いていた、あの神のこと…。
世界を乱して遊ぶ超越者、高次元存在とでも言うのかね?
耳障りの良い言葉を吐いているが、目的としてはビアンドとは真逆の存在だ。
世界を良くしようとしているのではなく、自分が心地よくなる為に、世界を創り変えたいだけの存在。
神にとって私達は玩具に過ぎず、この内戦ですら楽しみの一つだろうということに。
あの神の目論見通り、戦うことになるのは気に食わないが、何もしないワケにはいかない。
ビアンドの超越した魔力であれば、ひょっとしたら神にも対抗できるかもと考えたが、彼は魔法を攻撃に使いたくない人間だったからな。
だから私達は考え、結論として逃げの一手を打つことにした。
神側についたカルトどもを置いて、遠くへな…。
問題の先送りにしかならないのも、分かってはいたんだがね───』
そこまで語り、ジェラードは一息入れた。
───問題の先送り。
ジェラードの話、その言葉を聞いてジューロは耳が痛くなった。
リンカを村から連れ出した事も、同じく問題の先送りだったからだ。
チラリとリンカを見ると、彼女は真剣に話を聞いていた…のだが。
どうやら視線に気付いたらしく、(どうしました?)と、小声でジューロに訊ねてきた。
(あ、いや…。なんでもねぇんで…)
(?…ん、わかりました。あっ、分からない所があったら後で教えてあげますからっ)
どうやら話の内容が分からないと思われたようだ。
別にそういうワケではないのだが、なんと言えばいいのか…。
(えぁ…、ありがとうござんす)
親切心に礼を言うと、リンカは嬉しそうに笑顔で返す。
ジューロは頭を掻いて、どう誤解を解くか…リンカに声をかけるか迷っていると、ジェラードが続きを語り始めた。
…ともかく、今は話をちゃんと聞いておこう。
そう気を取り直し、ジューロは再び話に耳を傾けた。




