第七十五話【王都の過去・後編】
『───結論から言えば、神と害来種から逃げ出す事には成功した。
再び虐げられた人々と共に、ビアンドの魔法で出来るだけ遠くへ…連中が簡単に手出しできない場所へ…。
逃げの一手、建国途中だからこそできた荒業だったが上手くいった。
最低限の荷物しか持って行けなかったが、それで十分、全てを失った訳ではないからだ。
国作りの道半ばで居場所を放り出した…とはいえ、技術のノウハウや学問、そういった経験は財産となる。
ビアンド側についてきた者達はそれらを蓄えていてくれた。
その財産を元に新たな土地で国作りに取り掛かり、異放人達は邪魔が入らないよう、防衛に励んだ。
───新たな国作りの最中。
ビアンドや民たち、異放人達は世界そのものの異変に気付き始めていた。
戦乱と混沌…それ自体は変わっていない。
しかし、人間同士の戦だけではなくなっていたのだ。
ゴブリン、サイクロプス、ハーピィ、セイレーン等々、異放人達がいた世界では創作物の怪物として馴染みがある人型に近いモンスター。
しかし、この世界では観測されたことはなかったモンスターが、跋扈するようになっていた。
世界の変貌に困惑しつつ、何故このような事態になっているのか疑問はあった…。
だがビアンドの目的は変わらない。
いや、新たな脅威が生まれた事でなおさら必要となったと言える。
脅威から身を守り、安心して暮らせる国が。
農業、工業、商業、そして防衛能力も安定し、民達も自らの知恵を出しあいながら工夫を凝らし、国として更なる発展へ向かいだした頃。
神とカルトが姿を現した───
その時にカルトはこう言い放った。
「神が世界を治め、はじめて平和が訪れる。国という枠組みは分断を呼び混沌を招く。全てが共存共栄してこそ真の平和だ、これからは神に選ばれし我々が導いてやろう」とな。
…正直、こうなることは予期していた。
周囲の世界情勢に気を配り、つど情報を仕入れていた私たちは、カルト連中が他国相手に何をしてきたのか知っていたからだ。
幾つかの国があった。
たしかに戦乱の世で荒廃もしていた。
だが、新たな脅威となるモンスターの出現によって、他国もソレらの対処しなくてはならなくなり、均衡が生まれていた。
その結果、戦は極端に減っていたのだ…皮肉な事にな。
しかし、神やカルトはそれを良しとしなかった。
ヤツらの目的は世界を一つにする事。
耳障りは良いが、連中のやり方は平和とは程遠かった。
カルト連中は平和を掲げて国を乗っ取っていたが、その国に元々住んでいた者達は、カルト連中によって蔑ろにされていた。
カルト連中は、乗っ取った国に住む者たちを従属させ、自分たちに都合の良い、奴隷と変わらぬ扱いをしていたのだ。
乗っ取った国を食い潰し…、次から次に他国へ毒牙を突き立てて侵食していく。
その繰り返し。
カルトは何も生み出さず、他者から奪う事しかできないし、奪ったものを大切にしない。
ああいう連中は、人の大切なものを踏みにじる事に抵抗がないのだ。
…ビアンドは優しい男だった。
他者を慮り、心の痛みを理解する事ができる人間。
だからか、カルトどもの思考や行動が想像もつかなかったのだろう。
異放人達もビアンドと交流を重ねるうち、彼の性格を十分に理解していた。
他者を傷付ける事を嫌う、自己犠牲精神の塊。
だから周りの仲間達はビアンドに頼らず、神とカルトを潰す事を決意した。
今度は逃げない。
ビアンドもこの国も、私たちにとって故郷と同じように大切なものとなっていたからだ。
共に働き、苦楽を共にした友人ができた。
中には元の世界に帰ることを諦め、家族を持った者もいた。
だから今は大切に想うものを守りたい、その一心だった。
しかし相手は神だ。
そしてカルトは強靭な肉体に造り変えられた人ならざる特殊能力者たち。
仮に倒せたとしても徒労に終わる事も多かった。魂を再利用できる神は、カルトを転生させて何度でも復活させてくるからだ。
…対する我々は、あくまでも人間。
ビアンドの他に魔法を使える者も居たが、神やカルトが持つ特殊能力の前では身を守る事が精一杯だった。
端から見れば勝ち目など無いように思える。
───だが、一筋の希望はあった。
それが【理力】…理の力。
モンスターとの戦いや防衛の戦闘経験を経て、異放人達は理力という存在に気付いたのだ』
「…理力でござんすか」
『そうだ…。
ジューロ、フレッド、ケンタ、君たちも別の世界から来た異放人だ。
だから聞いておくが、この世界に来てから膂力が上がっていたり、生き物の気配や感情…心の揺らぎに対して感受性が高くなっているだろう?』
ジェラードは断言するように返した。
…言われてみれば身に覚えがある。
この国に来てから怪力を発揮できるようになっていたし、人の哀しみや怒りの感情に対して敏感に受け取れるようにもなっていた。
その件に関してはフレッドとケンタも同様のようで、こちらに目配せすると頷いて返す。
「うむ、そうでござんす…」
『フフ、そう身構えるな。
こういう話をするのは君達が協力してくれるかどうかは別問題なんだ。
理力に関して伝えておかねばならないと思ったから、話しているだけさ。
君たち以外の異放人も、この世界にきてから同じように膂力や感覚が研ぎ澄まされていた。
変化はそれだけではない。
身に付けた衣服、使う道具、それらが異様に壊れにくくなったり、モノによっては威力が上がったりと、感覚で分かる変化もあった…。
私たちは薄々と気付いていたよ、その状態が普通ではないと。
だから私達、かつていた異放人は考えた。
この世界に魔力が存在するように、我々にも何か《別の力》があるのではないかと。
最初こそ、魔力があるのかもしれないと考えてビアンドに見て貰ったが。
異放人は魔法の才能が無く、一切の魔力を持たない者ばかりだった。
しかし魔力を一切持たない異放人が、まるで魔力を込めたような事象を起こしている。これはやはり異常な事だ。
かといって神が与えるような特殊能力、異能とも違う力のように思えた。
一体なんの力が働いているのか?
この疑問に異放人の一人が仮説を立てた。
私たちが元いた世界にも、生命や精神に関する力があると考えられている。
それは念力やPSI、または霊力…東洋では気、などと呼ばれているもの。
私達にそれらがあっても、不思議ではないと考えた。
もちろん確証はない。
だが、試してみる価値はあると思えた。
そして、その仮説を元に研究や実践を重ねていき、ある切っ掛けを通して力が完全に開花したのだ。
そして異放人はその力を自覚して、気付いた事があった。
この力は特別なものではなく、世にある万物が潜在的に持ちうるもの。
世の摂理に生きる者たちであれば、誰でも使える力───
私たちが理力と呼ぶようになった切っ掛けだ。
だが、この力は決して万能ではなかった。
あくまでも身体強化の延長線上にあるもので、万能さで言えば正直、魔法の方がはるかに上だ。
魔法使いと理力使いが真っ向勝負をしても、魔法使いの方が有利なくらいには…な。
しかし、理力は別の特性を持っていた。
これがとても大事なことで、世の理を逸脱した能力…特殊能力や異能を持つ者に対し、効果てきめんだったのだ。
再生する肉体を滅し、異能の特殊攻撃に対して耐性を持つことが出来る力。
それは神に肉体を造り変えられた、世に存在してはならぬ生き物───害来種に対する貴重な対抗手段となった。
理力を込めた攻撃で倒せば、カルトも復活できない。
死んだら終わり…それが世の理。
ヤツらの魂をあるべき場所へ、もしも地獄があるのなら、地獄へ落とす事ができたのだろう。
理力という対抗手段を得た私達は、徐々にカルトを削っていくことができた。
神は魂の再利用が出来ず、カルト連中の戦力はジリ貧となっていく。
神側に余裕が無くなり、これまでカルトが奴隷のように従属させていた者たちは隙を見て逃亡し始め、カルトの内部分裂が始まった。
それも当然だろう、カルトは自己愛の強いエゴイストの集まりに過ぎない。
欲望の捌け口を広げても、返り討ちになるとなれば今度は内輪揉め…共食いというわけだ。
奪ってきたモノにも限度があり、それの奪い合いが起こるからな。
その状況に業を煮やした神は、ついに自ら動き始めた。
世の理から逸脱した力を持つ相手。
異放人や国の仲間達は全力で抗い続けたが…、神を名乗るだけあり、超越した能力で異放人を圧倒する異次元の強さ。
理力を使い果たす状況に追い込まれ、もはや全滅かと思われた時だった。
異放人の一人…ビアンドの親友が、その身を犠牲にして神を封印することに成功したのだ。
神との最期の激突。
封印をする際、神が持っていた特殊能力が世界中に散らばった。
その日を境に、特殊能力者が世界に自然発生するようになったのだが───いや、これはいま関係ないな…忘れてくれ。
…ともかくだ。
ビアンドの親友の自己犠牲により、脅威は去った。
残されたカルト連中も神が封印された事で、与えられた肉体が維持できなくなり、崩壊して塵となって消えた…。
ようやく神やカルトとの戦いが終わり、平穏が訪れたのだ。
王都も打撃を受けたが、大きな脅威が無くなった事で復興は順調に進み。
国家として、少しずつ軌道に乗り始めた。
しかし、親友を失ったビアンドの心は暗く沈んだままだった。
…後悔があったのかもしれないな。
ビアンドが戦う事を躊躇わなければ、また違った結末になったかもしれないと。
しかし失った者は戻らない…。無常だが、それもまた世の理だ。
その件があったから、ビアンドも色々と考えたのだろう。
ひょっとしたら彼なりの弔いの意図もあったのかもしれない。
ある日、ビアンドは魔法で月を作り始めたのだ。
…この国の遥か上空、動かない月があるだろう?
まぁ、月と呼んでいるがアレは本物の月ではない。
月に見えるあれの正体は、巨大な魔道具だ。
モンスターを国へ寄せ付けぬように、ビアンドの魔力が付与されている。
それだけでなく、他にも様々な効果を発揮しているのだが…。
例えば異放人に対する効果、言語の翻訳。
来たばかりの異放人が、この世界の言葉を理解し、自ら発する言葉も通じるように翻訳されたり、文字すら理解できるようにする効果がある。
その反動として、最初は偏頭痛が起こるらしいが、それでも最低限のコミュニケーションは取れるようにしてくれている訳だ。
異放人を助ける為に遺した遺産としてな…。
ビアンドが亡くなって数百年経った今でも、魔力が残っているのは驚異的だがね。
まぁ、この国の成り立ちについてザックリとした話だが…ここまでは大丈夫かな?』
ジェラードは話を区切り、尋ねる。
話の内容、特に自分に関するそれらにはやはり身に覚えがあった。
「うむ、大丈夫でござんす。その、あっしはビアンドさんに感謝しねぇとなりやせんね」
『ほう…?』
「要するに、ここで皆と話が出来る事…そのものがの魔法によるものって事でござんしょう?」
『ああ、その通りだ』
「誰かに親切にされること、それは与えられて当然のものではござんせんから…」
ジューロの視線がリンカとグリンに向いた。
この国へ漂着してから、ジューロが今を生きているのは二人の助けがあったからだ。
それに続けて、フレッドも帽子を脱ぎながら話に入ってくる。
「俺も同感だな。居心地が良くて忘れてしまいそうになるが、当たり前の事じゃない。俺たちのようなアウトローにゃ特にな…」
今でこそ産業ギルドで働かせて貰っているが、それも姐さん…ギルドマスター代理・ラティの好意によるものだ。
ジューロの本質はあくまでも渡世人、未だ無法者のように思う。
「親切心には敬意を…ってヤツだ」
「うむ、礼節の問題でござんすからね」
「ハハハ!たぶん俺らが言うことじゃないけどな?」
「ぬははは」
ジェラードはジューロ達の様子を見て、感心したように少し微笑んだ。
『…やはり君たちは好ましいな』




