第七十二話【考古学者】
図書館の隠し部屋。
部屋の中央には、宝石をはめ込んだ大型の円形テーブルがあり、それを取り囲むように五つの扉がある。
吟遊詩人のシャーリーは調べものをしていたようで、テーブルの上には数冊の本と、何かの器具が置いてあった。
「…一応、顔見知りではござんすね。以前、図書館でお会いしやして」
「うにゃ?そうなのギンちゃん」
一度だけだがシャーリーと言葉を交わしたことがある。
あの時はリンカの腕輪をめぐって色々と食い下がられたので、彼のことは印象に残っていた。
「え、えぇ…そうです。あの時はどうもすみません」
「あっ、いえ!大丈夫ですっ、気にしてませんから!」
申し訳なさそうに言うシャーリーを見て、リンカはワタタと手を振って答える。
しかし、チーネが会わせたい人というのは、この吟遊詩人…シャーリーの事なのだろうか?
「あ、そうだ!確かジューロは何か知りたい事があるとか言ってたよね?ギンちゃん色んな事に詳しいから、いい機会だし聞いてみたら?」
「あぁ…いや、そいつぁ~お会いした時に聞いておりやして」
「そうなんだ!じゃあ何か分かった?」
「日ノ本についちゃ、何も知らねぇそうで」
「えー、そうなんだ…」
「あっ、はい、まぁ…」
シャーリーの言葉に詰まるような返答に対し、チーネが不思議そうに首をかしげて尋ねた。
「?…ギンちゃん今、なんのウソをついたの?」
ピタリと、その一言で空気が固まった。
チーネは言葉の嘘を見抜く特技を持っている。
彼女は今、シャーリーが嘘をついたこと対して素直に疑問を口にしたのだろう。
「嘘とは、なんのことで?」
「あっ、いやぁその…。なんと言えばいいのか…」
なんの為の嘘なのか理解はできないが、話し始めから隠し事をしているのか?
敵意は感じないが、彼から焦りを感じるし、あまり印象は良くない。
言い分があるなら聞くつもりだが、ジューロの警戒心は一気に高まる。
静かに返答を待つが、シャーリーは沈黙したまま動かず、言葉を選ぼうとしているように感じた。
何にせよ不審にしか感じないし、警戒する他ない。
よからぬ動きを見せたら、反撃に移れるよう長脇差に手を添えて様子を窺う。
張り詰める空気の中、肝心のチーネは、(私なにか余計なこと言っちゃった!?)みたいな顔をして、オロオロしている。
どう切り出すか迷うシャーリーと、一時の緊張。
しかし…それを破るように、誰とも知らない咳き込みが『オホン!』と発せられ、ジューロ達はそちらの方へと意識を向けた。
『んっん!…あー、もしもし?誤解を生むような事態になってしまったな、申し訳ない』と続けて、どこからともなく声が聞こえてくる。
『シャーリーも悪気がある訳ではなくてな、大目に見てくれないか?こちらも綱渡り状態な身でね、迂闊な話をしないように私が厳命していたせいなのだ…。私たちのことを警戒する気持ちも分かる、しかし先ずは話だけでも聞いてくれると助かるのだが』
───低く、落ち着いた声が響く。
その声の出所はどこかと耳を澄ませてみると、どうやらテーブルの中央から発せられているようだ。
「オーケー、そちらの状況は何となくだが分かった!話くらいは聞くよ。だけど、その前に姿くらい見せて欲しいな?」
フレッドが肩をすくめて呆れたように答えると『そうだな、これは失礼した』という返事と共に、円形のテーブルの宝石部分に明かりが灯るのが見えた。
そこに目を向けると、半透明の老人がスゥーっと現れる。
その老人は、中折れ帽に蝶ネクタイのスーツという格好で、深くシワを刻んだ顔には白くなった口ヒゲをたくわえていた。
年齢を感じさせる顔つきだが、背筋はピンとしており、瞳の力強さに老健さを感じる。
「ぬぉっ!?なんでござんす!?まさか今度こそ、幽霊さんで!?」
ジューロが驚嘆すると、リンカがフフッと笑って答えた。
「ジューロさん、たぶん違うと思いますよ」
「え?だって足もありやせんし」
テーブルの中心に現れた半透明の老人を改めてまじまじと見てみるが、膝から下が見えない。
「それに身体も微妙に透けて、向こう側も見えておりやすけど」
「ええっと、これって遠くの相手と会話できるマジックアイテムだと思います。会話する相手の姿を映しだす物もあるとか聞いたことが」
「…ほほぉ、そんなものが」
「ええ、それに幽霊さんがいるなら、たぶん人と同じサイズじゃないかな~って」
リンカが言うように、テーブルに映し出された老人の大きさは30センチほどしかない。
「なるほどぉ?言われてみればたしかに」
感心しながら眺めていると、半透明の老人は顎を指で撫でながら、ジューロ達に話しかけてきた。
『感心しているところ悪いが、お嬢ちゃんの言った事は半分正解、半分不正解…かな?そこにいる変な口調の兄ちゃんと合わせて正解という感じなのだが』
「む、どういうことでござんす?」
『ここにいる私自身はマジックアイテムで形作られたものだ。過去の記憶の媒体、残滓を保存した存在。つまり、概念的には幽霊と言って差し支えないということだ』
「えっ、そうなんですか!?そんな事が出来るマジックアイテムなんて聞いたことも…」
「むぅ、難しい話は全く分かりやせん…」
リンカは驚いているようだが、ジューロには会話の内容がサッパリだ。
かろうじて分かったことは、この老人が幽霊のようなものらしいことだけか…。
『おっと、それよりも先に自己紹介しなければな。私の名はジェラード、こちらの世界に来てからは考古学者を名乗っている』
「こいつはご丁寧に、あっしは名をジューロと発しやす」
この話を皮切りに、互いに自己紹介を始める。
そして、それぞれが名前を名乗り終わった頃、改めてジェラードが話を切り出した。
『まずは会いに来てくれた事に感謝する、ありがとう。そして、さっそく本題に入るが…ジューロくん、そしてフレッドくんだったかな?二人にお願いしたいことがある』
「頼み事でござんすかい?」
「ん、俺もか?」
二人は訝しげな顔をして互いに顔見合せた後。
とりあえず話だけでも聞いておくかと、二人は耳を傾ける。
『単刀直入に言う。女神と、そして女神の使い…オウノ・イコナを倒すことに協力してほしい』
呼び出された四人はトンデモない発言に耳を疑った。
女神、言わずもがな神という存在だ。
そしてオウノ・イコナ、今では王都の政を取り仕切っている人物という話を聞いている。
───そいつらを倒す?何のために?
「…何を言っているのか、理解できやせん」
「同感だな、せめて理由は聞いておきたいんだが」
正直、協力する理由がない。
わざわざ呼び出してまで、何故自分たちに頼むのかも疑問だ。
『そうだな、説明しよう。私達の置かれている立場と、そして何が起ころうとしているのか───』
「ちょっと、待って下さい!いいんですか?こちらの事を話してしまっても…」
慌てたようにシャーリーが話を遮り、苦言を呈する。
『構わないさ、猶予はできたが時間がない』
「しかし、まだ協力してくれるかも分からないうちに」
『協力してくれない場合は、もう仕方がない。諦めるしかないだろう』
「そんな…」
シャーリーはガックリと項垂れた。
『さて、説明に入ってもいいかな?』
「待っておくんなさい。話の前に、あっしから一つ尋ねたいんですが、ようござんすか?」
『なんだね?』
「その話を聞いた後、あっしらが協力を断ったら…どうするつもりで?」
『ん?あぁ、なるほど。いい質問だ、好ましいね』
ジェラード達の立場、やろうとしている事を知るということは、彼らからすれば"ジューロ達から秘密が漏洩する危険性が生まれる"という事だ。
もし断れば、さらにその危険性が増す。
口封じという言葉が脳裏によぎるが、ジェラードからの返答は拍子抜けするものだった。
『別に何もしやしないよ、さっきも言ったように諦めるだけだ』
「ジェラードさんがこれからする話を、あっしが女神や…イコナとやらに口外するとか考えねぇんで?」
『それは無いと思うがね?チーネから君達の話は聞いているからな、どういう人間なのかは分かっているつもりだよ。…あぁ!そうだった、チーネを助けてくれた事、礼を言わねばと思っていたのだ。ありがとう』
「いや、チーネさんを助けたのはリンカさん達なんで───」
チーネが何者かに操られていた時、ジューロはいざとなれば彼女を殺すつもりでいた。
あくまでリンカ達の気持ちを汲んで助けることに協力しただけであり、感謝されるいわれはない。
「もぉっ!ジューロさんも頑張ってたじゃないですかぁ~」
ジューロの背中をパシパシと叩きながら、リンカが頬を膨らませる。
グリンは背後で腕組みして頷き、フレッドは少しニヤリとしながら、この状況を見守っていた。
「う、うぅむ?」
『どのみち、君達の協力抜きでは詰みに近い。仮に私たちの事をイコナや女神に話された所では誤差にもならんのだ。…最期まで足掻くつもりだがね』
「その、あっしらにこだわる理由も良く分かりやせん。冒険者とやらにでも頼めばいいのでは?」
『二つの意味で無理だ。一つは冒険者ギルドはイコナの息がかかっていること、何か怪しい動きや依頼があれば、勘づかれる危険がある。そして二つは…私の見た限り、冒険者の中に"理力使い"が居ないことだ』
「りりょく使い?って何でござんす?」
聞き覚えの無い言葉をリンカ達に聞いてみるが、それぞれ首を振ったり、傾げたりと彼女らも知っている様子はない。
「魔法じゃないですよね?」
「僕も聞いたこと無いな、薬学とか科学みたいなものとか?」
『そうか、その様子だと現地の人間にすら伝わっていないのか…』
リンカ達の反応を見て、ジェラードは視線をを落として考え込む。
『前に来た異放人から数十年程度、その時には誰しも知っていたはずだ。その程度の年月で理力を失伝した?いや、考えにくい…。いや、今は真相解明よりも目の前の危機だ───』
彼は独り言を呟いていたが、それも早々に切り上げて気を取り直したように顔を上げた。
『理力のことも含めて説明するつもりだ。これらは君達にとってきっと必要なことになる、よければ腰を落ち着けて聞いてほしい』
ジェラードに促され、フレッドが腰を掛ける。
「じゃ、お言葉に甘えるか。なんか長くなりそうだし」
「そうでござんすな」
フレッドに倣い、ジューロ達もそれぞれが席についた。
『そこにいる君達も遠慮せずに座りなさい、そこに居ても聞こえないだろう?』
リンカやグリン、チーネも既に席に着いているが、ジェラードはジューロ達が降りてきた階段の方へ向かって声をかける。
───誰か他にも呼んだのだろうか?
そう思って振り向くと、階段側の扉に隠れるように、司書のミルフィーと…ケンタが、コチラの様子を伺っている所であった。
「にゃ、にゃ?にゃ!?にゃんでミルフィーがここにいるの!?」
これに大慌てしたのはチーネである。
素早くミルフィーとケンタの背後に回り込み、逃げられないように階段の登り口を塞ぐ。
「えっ、えっ??なんでって言われましても…」
「知らない階段があったんで、自分がミルフィーさんに伝えて、それで調べに降りただけです…けど」
ケンタが階段の上を指さして答えると、チーネは全力でそこへ向かって行った。
「うにゃあぁぁあぁー!!!開けっぱぁぁー!?」
チーネの声が階段に響く。
…どうやら、あの隠し扉を開けっ放しにしていたのは、ジューロ達を安心させる為ではなく、単にチーネの閉め忘れだったようだ。
その様子を見ていたシャーリーは膝から崩れ落ちて床にうなだれ…。
ジェラードは頭を抱えながら『あいつマジか…』と、大きなタメ息をついた。




