第七十一話【図書館の秘密基地】
「チーネさん、来ていたのでござんすね?見あたらなかったもんで、てっきり遅れるものかと」
ジューロの言葉を聞いて、チーネは腰に手を当て仁王立ちすると、怒ったように耳を立てた。
「えっ!?ずっといたし!」
チーネが声を上げると同時に、「おほん!」という咳払いが聞こえてくる。
そちらに視線を向けると、眼鏡を光らせ睨み付けている司書、ミルフィーの姿がそこにあった。
ミルフィーはそっと、人差し指を唇に当て、静かにするように圧をかけてくる。
それも当然、これまでも「図書館ではお静かに」と、注意はされているのだ。
ジューロたちはペコペコと頭を下げた後、場所を変えるために奥へと引っ込んでいく。
「…そっちこそ、ちょっと遅かったんじゃない?時間ギリギリだし」
「えぇ?んなこと言われやしてもねぇ…」
移動しながらチーネは、ヒソヒソ声でまだ言ってくる。
グリンの幼なじみだろ、どうにかしてくれ…といった感じで、ジューロは横にいるグリンに視線を向けると、グリンは苦笑いをしてみせた。
「あのさチーネ、僕らは図書館のどこに集まるか…ってのは聞いてなかったからね?」
「で、ござんすよねぇ」
「そ、そうだっけ?」
「ま!聞き返さなかった僕らも悪いけどさ」
「いやぁ~?それを聞く前にチーネさんがサッサと帰ったのが原因でござんしょ」
それを聞いたチーネは少し思い出したようで、バツが悪そうに視線を反らしながら頬をふくらませる。
「う…っ!でもさ、図書館って言ったんだし、ふつう中に入らない?」
「そういうもんでござんすかね、んー…左様かぁ?」
ジューロが首をかしげる中、グリンは少し笑ってから話を変えた。
「あはは…。ま!良いじゃない、それより本題に入ろうよ。チーネ、会わせたい人がいるとか言ってたでしょ?」
「そうそう!そうなの!」
「僕らで話し込んでちゃ、待たせても悪いしさ。…それとも、その人まだ来てない感じ?」
「ううん、いつでも大丈夫!三人の事もちゃんと話してるから───うにゃ??」
そこまで言って、チーネはようやくフレッドもいる事に気付いた。
「にゃ、にゃんでフレッドも居るの??」
フレッドはカウボーイハットの鍔を持ち上げながら、呆れたように答える。
「何でって、そりゃあ…お目付け役を姐さんから頼まれたからな。妙な事にならないようにって」
「ちょちょっ、妙な事って!…私って、そんにゃに信用ない?」
「どうだろ?姐さんもお前が単純な事はよく知ってるし、表裏がないヤツだから騙すような真似はしないだろうけど。お前が会わせたい人間に裏がないという保証はならないだろ?そもそも、その単純さを利用されてる可能性だってある」
「そんなことないわよ!それに、私は嘘を見抜ける特技が───」
「それを知ってる人間なら、本音を見抜かれない言葉選びだって出来るだろ?ギルドを追い出される時だって、姐さんの本心すら見抜けなかったくせに」
「うにゅ…」
チーネの特技は大したものだが、それを分かった上で言葉を選べば欺くことは可能だ。
少し前の話だが、ギルドマスター代理のラティ(姐さんと呼ばれている)は、ギルドとチーネの両方を守る為、一芝居うってケンカ別れという形で産業ギルドから追放した事がある。
その時のラティは言葉選びが巧みで、嘘を見抜けるチーネにも一切気取られる事はなかった。
そのような経験もあり、痛い所を突かれ反論できないチーネに、フレッドは畳み掛けるように言う。
「んで、どうすんの?俺が居たら都合が悪いのか?」
「にゅぐぐぐ…」
チーネは頭を抱える。
どうすべきか悩んでいるようで唸りながら動かない。
「はぁ…じゃ、三人とも!帰ろーか!」
悩むチーネを尻目に、フレッドがジューロ達の肩を抱えながら、見切りをつけたように出口へ向かおうとする。
「にゃあ~っ!待って待って、分かった!フレッドも一緒に来ていいから!」
「そうか?別に無理はしなくて良いぞ?俺としても付き添いはメンドくさいだけだしさぁ」
「ぐっ…、割と酷い本音ぇ…!」
「そりゃそうよ、休み使って来てんだから。で、どうすんの?」
「一緒に来てくださいぃ~、お願いしますぅ~…」
「…しゃーない、じゃあ会ってやるかぁ」
フレッドに対して色んな意味で不服そうな顔をするチーネだったが、それでも優先したいものがあるらしい。
「ちーちゃん、会わせたい人ってどこにいるの?」
リンカが尋ねるとチーネは顔を上げ、気を取り直したように「こっちこっち…」と、手招きしながら図書館の更に奥の方へと歩きだす。
どうやら会わせたい人は既に図書館に居るらしい。
ジューロ達は頷くと、黙って彼女の後についていく。
───そして、あるスペースまで来ると、チーネが足を止めた。
そこは読書の机や椅子もなく、ただひたすら本棚が並んでいる行き止まりだ…。
チーネは行き止まりにある本棚に手を伸ばし、いくつかの本を取り出してみせる。
ジューロ達はそこに、小さな鍵穴が空いていることに気付いた。
「チーネさん?こいつは…」
ジューロが怪訝な顔をして尋ねると、チーネは人差し指を立てて黙るように促す。
チーネが懐から鍵を取り出して差し込むと、行き止まりになっていた本棚がゴゴゴ…と鈍い音をさせながら少しずつ横にずれてゆく。
本棚が完全に横へずれると、そこには地下へと続く階段が現れていた。
「ぬおぉ…?!なんでござんす?」
階段を覗いてみる限り松明などはないが、中は不思議と明るく見通しは良い。
下へと伸びる階段の壁は平坦にならされており、触ってみるとヒンヤリと冷たく、岩肌を人工的に切り出したかのようだ。
これも魔法───それともカラクリというヤツだろうか?
「ふっふーん、凄いでしょ?秘密基地ってヤツだから」
「秘密基地?ほほーぉ!こいつぁ凄い、ぬははは…。ちとワクワクしてきやした」
コレを見ていたグリンとフレッドも、ジューロと同じ気持ちのようで、頷きながら感心していた。
そんな男三人組が目を輝かせているのをよそに、慌てた口調でリンカが話に入ってくる。
「ちょっ、感心してる場合ですか?!…あのっ、ちーちゃん!これって大丈夫?!図書館にこんなの作ったりして」
「うにゅ、大丈夫!これ元からあるヤツだから」
「そ、そうなの?本当に?」
「ホントホント!でも、ナイショにしてね?図書館の人たちは知らないし、ヒミツだから」
「えぇっ?それってどういう…」
「えーっと、それは後で説明するから!とにかく付いてきて」
チーネはさっそく階段を下りて手招きしてみせた。
興味を惹かれるとはいえ、行き先の分からない地下へ進むのは流石に躊躇する。
チーネ自身に悪意が無いのは分かるが、会う相手が何者か分からない以上、用心するに越したことはない。
「んじゃ、俺が先頭な?グリンとリンカちゃんの順で、ジューロは最後尾を頼むわ」
フレッドがそう言うと、チーネに続いて階段を下りていく。
フレッドも警戒はしているようで、何かあっても対処できるような配置だ。
その意図を汲み、フレッドの指示に従ってそれぞれが階段をおりていく。
最後にジューロが背後を警戒しながら進む中、同時に本棚が閉まっていない事に気付いた。
ふと、ここは開けっ放しで良いのか疑問に思ったが、チーネは意気揚々と先に進んでしまっているし。
ひょっとしたら、入り口を閉めてしまうと閉じ込めたと思われるかもと、チーネなりに気をつかっただけかもしれない。
あえて声をかけることはせず、そのままジューロも四人についていく。
地下に続く階段はそこそこの深さで、二階分ほどは降りただろうか?
階段が途切れた先に大きな扉があり、チーネがそれを引き開けると、風が吹き抜け、図書館に似た紙の匂いが頬を撫でた。
「お待たせ!みんな連れてきたよ!」
先に入ったチーネの元気な声が聞こえ、そこにフレッドとグリンが入っていく。
リンカもそれに続いて部屋に入ると、何かに気付いたような「あっ!」という声をあげた。
なんだろう?と思い、部屋に入ってみると、リンカとグリンは目を白黒させている。
「どうしやした?」
その視線の先に目を向けると、白い髪の毛の目立つ男がそこに立っていた。
「あっ!おめぇさんは───」
ジューロはこの男に見覚えがある。
たしか前に出会った時、図書館でリンカに腕輪がどうとか…頼み事をして、困惑させていた男。
名前はシャーリー、チーネは吟遊詩人のことを略し、ギンちゃんと呼んでいる。
彼も同じように驚いているようで、こちらに気付いて固まっていた。
「ん?どしたの二人とも?ギンちゃんと会ったことあるの?」
何も知らないチーネだけは、首をひねりながらノンキな声で疑問を口にしていた。




