第184話 日高誠とエンディングへの階段
俺は大地に掌を突き、新たな魔力を奔らせる。
『電伝六蟹 改!』
召喚に応じ、電気を帯びた六匹の蟹が左手首を中心に浮遊。俺はそれを次々と指で弾いた。
弾丸と化した六発の電撃が地中へ撃ち込まれ、そのうちの二発が大魔王へ直撃。
相変わらずダメージは微々たるものだ。
だが、巨体を地表へ引きずり出す「楔」としては十分だったらしい。
鼓膜を震わせる激しい地鳴りとともに大地が裂け、結晶大魔王がその異形を現した。
『誠殿! 奴の属性が変化しておるぞい』
メイド娘の姿をした、猫目青蛙が叫ぶ。
「次は何だ!?」
問いかける俺の目の前で、大魔王が浮遊し、その全身を冷徹な青に染め上げた。
──風の属性。
大魔王は無数の風の刃を全方位に撃ち放つ。
だが今の俺には、その全てがスローモーションに映っていた。
身体を僅かにずらし、刃の軌道から外れる。紙一重で、風の刃を軽々と躱してみせた。
大魔王は、そんな俺を明確な敵と認識し、風の刃を連続で繰り出しながら襲い掛かる。
俺はそれを最小限の動きで回避しつつ、後退。吉田たちから魔王を遠ざけてゆく。
そうだ。俺だけを狙って来い。その方が好都合だ。
大魔王を打倒する条件は、地水火風、四つの属性全てに対して致命的なダメージを与えること。
間違いでなければ、この「風」の属性が最後のはずだ。
このターンで勝負を決める!
「猫蛙! 魔王に有効な魔法を教えてくれ!」
『風には火属性が有効じゃ!』
「了解!」
俺は新たな立体魔法陣を空中に展開。
同時に、魔法空間の深層へのアクセスを開始する。
一番目の魔法陣の触媒を、氷から『魔法花火』へと強制換装。
《火喰甲魚 触媒の換装を完了》
《魔法エンジン 再連結》
俺の最大火力を喰らわせてやる。力を貸してくれ!
『来い! 火瑛甲魚!』
砕けた結晶の破片は、七色の火花へと変化した。
それは崩れゆく街の一帯へと拡散し、無数の光の粒となって世界を埋め尽くす。
轟く、龍の咆哮。
生じた衝撃波が空気を激しく振動させ、熱波が頬を焼く。
俺の背後に展開された巨大な魔法陣から出現したのは、紅蓮の鎧を纏った古代魚だ。
炎の像換獣──火瑛甲魚。
強力な魔法使いとも互角に渡り合える能力を持つ、俺の最強の切り札。
弱点は機動力の無さだが、大魔王は電伝六蟹の電撃効果で動きが鈍っている。
今なら、こいつの一撃を叩き込めるはずだ。
『火瑛甲魚! 龍炎角だ!』
火瑛甲魚は咆哮で応じると、火花の海を切り裂き、大魔王へ向かって突進を開始した。
頭部から突き出た巨大な角が灼熱の炎に包まれ、全身が一本の巨大な炎の刀と化す。
抵抗する大魔王は風の魔法を発動させるが、炎の像換獣はそれをものともしない。
風の刃を正面から打ち破りながら、その強力無比な一撃を放った。
龍炎角が、大魔王の核を捉える。
炎が渦を巻き、火花が周囲を取り囲んだ。
──ダメージは、四万五千ポイント。
圧倒的な、破壊の力。
やはり火瑛甲魚の能力は桁違いだった。
あれだけあった大魔王の体力ゲージは一気にゼロだ。
煌びやかな花火とともに、空へと打ち上がる大魔王。
しばらくの滞空時間を経て、最上空で派手に爆散した。
七色の花火が、暗い空を塗りつぶしてゆく。
いやあ、相変わらずシュールな絵面だな……。
「すっげぇ! ……でも、何で花火!?」
呆然と空を見上げる吉田の疑問はもっともだ。
だが、ここで「触媒が花火だから」と真実を説明したところで、吉田の頭上にハテナマークが浮かぶだけだろう。
なので俺は、無言を貫くことにした。
「マコト……」
三ノ宮菜々子だけは、夜空の花火に目もくれず、静かに俺の前に立った。
「あなた、現実世界でも一人前の魔法使いなんでしょう? しかも、かなりの強さみたいだね」
「魔法使い……」
志本紗英はポカンと口を開けたままだ。
吉田は納得のいかない表情で、
「何だよそれ。隠してたのかよ! 早く言えってんだよ」
俺は三人の前に立ち、順番に視線を交わした。
「黙っていて悪かった。この世界の安全が確定するまでは、本当のことは言えなかったんだ。俺のレベルは低かったし、レイジの能力もバグっていたから、様子を見るしかなかったんだよ」
三ノ宮菜々子は、短く溜め息を吐く。
「一番強いのは私だと思って頑張っていたのに……。何だか、馬鹿みたいじゃない」
「助けが来なかったら、こうはならなかった。ナナコには助けられたよ。サンキューな」
三ノ宮は否定するように首を横に振ると、
「まあいいわ。早くこの世界から脱出しましょう。上を見て」
空の大半は、すでにモザイク模様のバグに侵食されている。
塔は今にも完全崩壊しそうな勢いだ。
「やっば……」
呑気にしている場合じゃなかった。世界が丸ごと消滅しそうだ。
「行こう! 塔に急いで!」
三ノ宮が駆け出してゆく。
*
吉田は塔の扉の前に立ち、それを力任せに押し開けた。
「鍵が開いているぞ!」
「行こう!」
『ガガ、ガ……』
「何だ何だ!?」
またしても、メイド娘がガクガクと痙攣を始めた。
「猫蛙!?」
『ガ、ガガ……誠殿! ワシの助力は、ここまでじゃ。後はお主の力だけで……ガガ……脱出するんじゃ!』
「了解!」
メイド娘の姿は光の玉となり、虚空へ霧散した。
ありがとう猫蛙。絶対に脱出してみせるからな。
*
塔の内部へ足を踏み入れた俺たちは、息を呑んだ。
内部は完全な空洞で、外壁に沿って螺旋階段が上へと伸びている。
ゲーム的なセオリーなら、最上階がゴールだ。
だが──コレ、間に合うのか?
かなりの高さがあるぞ? 辿り着く前にブッ壊れないか?
「考えている時間は無いよ。早く上へ!」
「お、おう」
三ノ宮菜々子を先頭に階段を上がってゆく。
その間にも塔は崩壊を続けている。
通過した直後の階段の一部が崩れ落ち、足場が刻一刻と失われていく状況だ。
「危ない!」
三ノ宮が、急ブレーキをかけた。
目の前の階段が、音を立てて崩れ去る。
「階段が……!」
「嘘だろ!?」
最上階へと繋がる唯一のルートが、完全に断たれた。
「……ここから、出られないの?」
志本が泣き出しそうな声を上げる。
「待って。様子が変……」
突然、上空から眩い光が降り注いだ。
塔の天井が崩落し、そこから虹色の光が差し込んでいた。
外の空はいつの間にか晴れ渡り、雲一つない晴天になっている。
地震も、収まっていた。
そして何より、決定的な変化に俺は気づいた。
「モザイクが……消えている……?」
世界を飲み込もうとしていたバグが、完全に消滅している。
そんな馬鹿な。
三ノ宮は帽子を深く被り直し、考え込むように、
「もしかして、大魔王を倒したから……?」
「あ、そうか! そうだよ! 俺たちは助かったんだ!」
吉田が涙を浮かべ、俺の両肩を掴む。
その横で、志本はなおも不安げだ。
「……でも、どうやってこの世界から出るの?」
「どうやってって……」
見上げれば、天井の崩落跡に、明らかに転移門と思われる魔法陣が浮かんでいる。
だが、あそこに辿り着く手段がない。
三ノ宮は俺に視線を向けると、
「ねぇマコト。さっきのメイドって、現実世界から助けに来ていたんだよね?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「だったら、また助けに来てくれるんじゃない? それまで、下手に動かない方がいいと思うけど」
その言葉に、志本も小さく手を挙げる。
「私も、そうした方がいいと思う……」
そうだな。
俺一人ならいざ知らず、三人を危険に晒すわけにはいかない。
猫目青蛙なら、きっとまた助けに来てくれるはずだ。
「よし。それじゃあ、一旦家に帰って……」
「待てよ」
俺の言葉を遮ったのは、吉田玲二だった。
吉田はいつになく、神妙というよりは、昏い面持ちで、
「本当に、助けなんて来るのか?」
その言葉に、三ノ宮が吉田の前に立ちはだかる。
「いきなり何を言い出すの? マコトだって私達と同じ考えなんだよ? ねえマコト」
「お、おお。俺を信じてくれ。助けは絶対に来る」
「本当かぁ? 確証が無いのに、ここで諦めていいのかよ。出口は、すぐそこに見えているんだぞ」
「レイジ! いい加減にして! 貴方の我儘に付き合ってられない。余計な事をして、また世界がおかしくなったら責任取れるの? 今度こそ全滅するんだよ?」
「ナナコ!!」
「…………!?」
吉田の絶叫に、その場が凍りついた。
吉田は三ノ宮に詰め寄り、その細い肩を乱暴に掴む。
「な、何するの!?」
「ナナコ。お前……知っているんじゃないか?」
「……な、何を」
「この世界からの、本当の脱出方法だよ」
「……何を言っているの? 意味が分か……」
「知っているんだろ! 教えてくれ! 俺たちをここから出してくれよ!」
「やめろレイジ。落ち着け!」
俺の手を、吉田は力任せに振り払った。
「マコトはおかしいと思わないのか!?」
「……ここまでおかしい事だらけで、何が正常か分からないが……」
「そうだよ! おかしい事だらけなんだよ!」
「やめて……大声で言い合わないで……」
志本は今にも泣き出しそうだ。
それを見た吉田は、僅かに落ち着きを取り戻し、
「……ナナコは、この世界について、最初から知りすぎていると思わないか?」
「それは……ナナコの魔力が高いからなんだよ。魔法使いに備わっている察知能力というか……」
「じゃあマコトに訊く。四つの結晶のうち、『火の結晶』は、いつ、どこで手に入れた?」
「火……?」
記憶を遡る。
どこだっけ?
風は鳥の魔獣を倒した時に……。だったよな。
あれ? 火の結晶は、いつ手に入れた?
「そんな話、ストーリーのどこにも出てこなかっただろ!」
「いや……俺たちが、重要NPCの話を聞いていなかっただけだろ」
「いや、無かった。断言する」
「何だよ、その無駄な自信は」
「俺はな。メチャクチャ地獄耳なんだよ! 昔から、みんなが俺の悪口を陰でコソコソ言いやがるから、自然とそうなったんだよ!」
吉田の必死の告白に、俺は声が出ない。
吉田のテンションは、さらにヒートアップしてゆく。
「それだけじゃねーよ! いつの間にか四つの結晶を集めて、塔の封印を解くことになっていた。その情報を知っていたのは、ナナコだけだった!」
「レイジ落ち着け。繰り返すけど、俺たちが聞いて無かっただけで……」
「だったら! 何でいきなり、この町に塔が建っていたんだよ!!」
「…………は?」
「この塔は、最初から存在していなかっただろ!?」
「はは……。嘘だろ?」
「嘘じゃねーよ! 気づいたら、いきなり建っていたんだよ! この塔はよぉ!!」
吉田の記憶が改変されているのか……?
違う。
吉田は嘘を言っていない。
俺には分かる。ヤツの魂がそう訴えている。
──だとしたら。
改変されているのは、俺の記憶の方だ。
「……まさか」
そんなことが、あってたまるか。
それじゃあ、まるで、三ノ宮菜々子が……。
嘘だと言ってくれ。
──しばらくの沈黙。
それを打ち破ったのは、三ノ宮菜々子だった。
『どうして……分かったの……?』
三ノ宮の瞳が、赤色に染まった。
不快な金属音が、世界を覆い尽くす。
塔の階段にいたはずの俺たちは、いつの間にか、街の噴水の前に立っていた。
──結界だ。
認めがたい事実が、脳裏に突き刺さる。
俺は三ノ宮を引力魔法で引き寄せた。吉田や志本と同じ、間違いなく本体と直結している魂だったはずだ。
だとすると……。
「そうか……。そういうことか」
今の三ノ宮菜々子は、結晶体に乗っ取られている状態なんだ。
最悪だ。
そうだ。コイツの正体は──
「第三段階の、結晶体……」
激しい金切音が、結界内を絶望で満たしてゆく。




