第183話 日高誠と銀色の部屋
俺達四人を囲む魔法のバリアの中心に立つメイド服の少女。
そいつは溜息を吐くと、ニヤリと笑った。
『ギリギリじゃった。危なかったワイ』
「猫蛙……!」
『やれやれ、急に消えたから焦ったぞい。まさかこんな場所におったとはな。お主が最終ボス戦までゲームを進めた事で、どうにか合流出来たワイ』
何だよそれ。言っている意味がよくわからん。
「猫蛙。状況を教えてくれ!」
『慌てるな誠殿。まずはあの敵を倒して、この壊れた世界から脱出しろ。話はそれからじゃ』
「たて込んでいるみたいだな。了解した」
俺とメイド娘の会話する姿が異様に映ったのだろう。三ノ宮菜々子は目をパチクリとさせている。
「マコト……。何が起きているの?」
「現実世界から助けが来たんだ」
「え? このメイドが?」
「ああ。最強の助っ人だ」
それを聞いた吉田は身体を震わせ、
「マジか……! 助かるのか俺達……」
その隣では、志本紗英が憧れの眼差しでメイド娘を見上げている。
「すごい……! か、格好いい……」
こんな時でも、志本はメイド服へのリスペクトを忘れないんだな。
いや、どんだけ好きなんだよ。
そんな怒涛の展開を、黙って見ている魔王では無かった。
魔力を放出し、攻撃態勢に入る。
『水よ……』
大魔王から水の弾丸が放たれた。
それを受けた魔法のバリアは耐えきれず、砕け散ってしまう。
『ヌウ。やはりここまでか……』
「猫蛙?」
『このメイドキャラをハッキングする為に魔力を使い過ぎたワイ。もうカエルバリアは使えん』
「ちょ、え!?」
『心配するな。ワシがここに来た事で、改変されていた誠殿の魔法レベルは正常になった。お主はもう、本来の能力の一部が解放されておる』
「本来の……?」
「え!?」
声を上げたのは志本紗英だ。三ノ宮は驚いた顔を志本に向け、
「どうしたのサエ」
「マコトのステータスが……」
「サエには見えるの?」
「うん。……レベルが……マコトのレベルが……」
「レベル……?」
「六百五十八……」
「ろっぴゃく……!?」
「どうなってんだ!? マジなのかよ!」
「まあ、ちょっと盛りすぎだと思うけどな」
この異空間結晶は魔法使いの初心者向けトレーニング施設だ。
その基準内で俺の強さを表した数値なのだと思う。
メイド娘はニヤリと笑い、俺の肩を叩く。
『誠殿。この世界でのモンスターは魔法エラー扱いじゃ。像換獣の能力は攻撃力として認識される。思う存分に暴れるがよい』
「そいつは助かる!」
『水よ……』
大魔王の水の弾丸が放たれた。
だが、今の俺には全てがスローモーションに見えている。
あれだけ速かった弾丸の軌道が、ハッキリと分かる。
俺は右手に魔力を集中させ、立体魔法陣を生成した。
出来た……! 魔法空間にアクセス出来る! 像換獣が使えるぞ。
『来い! 水盾甲蟹!』
球体のガラス玉は砕け散り、破片は水飛沫へと変化した。
その中から出現したのは、巨大なカブトガニだ。
『護れ。水盾甲蟹!』
カブトガニは回転しながら浮遊。俺の頭上でドーム状の水のバリアを形成した。
水の弾丸がバリアに激突。弾丸はバリアを貫く事は無く、吸収されて消滅した。
吉田は驚愕した表情で見上げ、
「うおお!? 防いだぞ!? 何だあのカブトガニ」
「召喚獣みたいなもんだ。魔法で俺が呼び寄せた」
「何でカブトガニ!?」
「それは知らんが……」
言われてみると、何でカブトガニなんだか意味が分からんよな。吉田の疑問にも納得だよ。
「後は俺に任せて、みんなはここに居てくれ。必ずアイツを倒す」
俺はひとりバリアから抜け、大魔王と対峙した。
距離は百メートルといった所か。
魔王は崩壊した建物の上に立ち、俺の様子を伺っている。
『グァゴゴゴゴ……』
大魔王は咆哮を上げると、全身が真っ赤に染まってゆく。
所々からツノが伸び出し、なにやら物騒な出立ちに変化した。
姿だけじゃない。魔王の何かが変わった……?
バリアの中から志本が声を上げる。
「マコト! 気をつけて。魔王の攻撃パターンが変わってる」
なるほどな。そう来たか。
「サエ! アイツの倒し方が分かるか?」
「魔王の属性が切り替わる毎に大きなダメージを与える必要があるみたい」
「了解。いかにもボス戦って感じだな」
『火よ……』
大魔王の爪から炎が立ち昇る。近距離攻撃の構えだ。
今の相手が火の属性なら、アイツの出番だな。
俺は再び魔法空間へアクセスを試みた。
『来い! 火喰甲魚!』
立体魔法陣が掌で砕け散り、破片からは氷の鎧を纏う古代魚が出現した。
氷の像換獣 火喰甲魚。
久し振りにお前の力を使わせてもらうぞ。
『火喰甲魚 熱を奪え!』
轟く竜の咆哮。発動する氷の能力。一帯に氷の結晶が降り注ぐ。
大魔王はカウンター気味に氷の魔法を喰らい、後方へと倒れ込んだ。
七千のダメージ!
流石の滅火能力。効果は抜群だ! これなら行ける!
大魔王はすぐさま立ち上がるも、右腕が凍りついた状態だ。
『大地よ……』
今度は地の属性に切り替えたか。
地面が揺れ、足元が崩れてゆく。岩石の投下攻撃が始まろうとしている。
だったら……。
俺は火喰甲魚を魔法空間に引き戻し、新たな立体魔法陣を作り出した。
『来い! 土煙田亀!』
砕け散った破片は土煙に変化した。
その中から現れたのは巨大タガメだ。
緑色の目を光らせ、俺の隣に浮遊した。
『土煙田亀! 土のエラーを修正しろ』
巨大タガメは機械音を放ち、六本の足を変形ロボットの様なエフェクトで折りたたむ。
クルリと頭を下向きを変え、地面に突き刺すと、そのままブレイクダンスの如く高速で回転した。
緑色の光が解き放たれ、地表を覆ってゆく。
土煙田亀の能力により、大地の改変現象は修正された。
地響きが止まり、煙が晴れてゆく。
「は…………!?」
そこには大魔王の姿が無かった。
消えた?
「しまった……!」
行動パターンが変わっているんだ。どこだ?
「猫蛙! 敵の場所を教えてくれ!」
『誠殿! 地中じゃ!』
「地中!?」
確かに魔力の波動が地の中を移動している。狙いは吉田達か。
『電伝六蟹を使え! 地中の敵にも有効じゃ!』
「了解!」
俺は吉田達に向かって走り出すと、土煙田亀を解除。新たに立体魔法陣を生成した。
『来い! 電伝六蟹 改!』
砕けた破片は雷へと変化。
それは俺の右手首に輪を作ると、六匹の蟹に姿を変える。
電気と電波の像換獣 電伝六蟹が召喚された。
「みんなここから離れろ!」
「えええええ!?」
メイドに誘導され、退避する吉田と三ノ宮と志本。
俺は大地に手を着き、六匹の蟹の一つに向かって狙いを定め、デコピンを繰り出す。
『行け! 電伝六蟹 改!』
バチン、と音を立て、電撃を帯びた蟹が地中へと発射。
「マジか……」
手応えはあった。
だがダメージはたったの五百だ。
元々の攻撃力が低いからこの結果になったのか。
だったら……。
『電伝六蟹 改!』
怒涛の連射攻撃で四発を撃ち出す。
合計ダメージはクリティカルヒットを含め五千ポイント。
行ける!
「もう一発……!」
『いかん! 避けろ! 誠殿!』
猫蛙の声が届いた時には遅かった。
身体が痺れて動かない……。
「しまった……!」
いつの間にか、超高速の水の弾丸が俺の右肩を撃ち抜いていた。
油断した。馬鹿か俺は……。
属性の切り替えに気付けなかった。
もう水の属性は使えないと勝手に判断していた。
地中で水の属性に変化した大魔王は、続けて水の弾丸を撃ち出す。
「ぐあ……」
二発目を喰らった俺は、膝を着いて蹲る事しか出来ない。
合わせたダメージは三十。
レベルは上がっているのに、何故か体力ゲージの数値はそのままだ。何でだよ。
あと二発喰らったら死ぬ……!
くっそ。身体が動かない。
やられた。地中への攻撃は俺しか出来ない。
その俺が動けないんじゃ、完全に詰みだろ。
大魔王は吉田達にも照準を向けているはずだ。水盾甲蟹を俺に使う訳にはいかない。
どうする……? どうやったらピンチを回避出来る?
薄れゆく意識の中、微かに猫蛙の声がした。
『誠殿! 四番ドックを解放するぞい! 立体魔法陣を生成しろ!』
四番ドック……?
そうか。
やっと「アイツ」が使える様になったんだな。
『四番ドック 封印解除』
魔法文字が頭の中に浮かんだ後、俺の魔法空間の中にある、像換獣の格納庫に異変が起きた。
雑に並んだ計器やボタン、昔のロボットアニメに出てきそうな格納庫のビジュアルが切り替わり、銀色の石が敷き詰められた荘厳に満ちた部屋へと変化。
その中心には猫目青蛙が立っていて、周囲には十二の魔法陣がサークル状に並んでいる。
──そうか。
今まで俺が見えていたのは、擬装されていた魔法空間だったんだ。
これが、俺の持つ魔法空間の本当の姿……。
魔法陣にはそれぞれ英数字が大きく描かれたデザインが施されていて、四番目の魔法陣だけが異質な状態になっている。
周囲には杭が打ち込まれ、その上から何重にも鎖がかけられていた。
『サブエンジン停止。パターンAへ移行』
鎖が激しく振動し、デザインされた英数字から光の柱が立ち昇る。
俺の頭の中には、次々と魔法文字が流れてゆく。
『メインエンジン点火』
像換獣の魔法エンジンが起動。
新たな鼓動が、俺の魔法空間に響く。
静かで、そして今までのどの像換獣よりも優しい鼓動だ。
『四番ドック 魔法エンジン連結開始』
その直後。四番目の魔法陣の封印が解かれ、鎖は粉々に砕け散る。
*
魔法空間の映像は消え、視界は元に戻った。
結晶大魔王は離れた場所から攻撃体勢に入ろうとしている状態だ。
ノロいな。先に行かせて貰うぞ。
俺は大魔王に右手を向け、球体の立体魔法陣を生成。
──そして、その名を叫ぶ。
『来い! 風麟海月!』
立体魔法陣の破片は光の風となった。
それは緩やかな渦となり、俺を静かに取り囲む。
内側と外側で風の流れが逆になっている、そんな幻想的な光景の中、俺の頭上には光の球が浮かび上がった。
そこに魔法の風が吸い込まれてゆくと、光の球はシルエットを変え、長い触手を持つ巨大なクラゲへと変化した。
風の像換獣 風麟海月。
そいつは光の風と共に俺の周囲を漂い、俺の魔法着と同化してゆく。
『自動回復発動』
俺の体力ゲージは完全に回復。
その直後。大魔王によって新たに放たれた水の弾丸が次々と俺を撃ち抜く。
問題は無い。
ダメージを受ける毎に、体力ゲージが即時回復しているからだ。
「これが……」
『そうじゃ! この超回復こそ、原始の像換獣 風麟海月の能力。上手く使いこなせ!』
いつの間にやら、俺の身に纏う魔法着はド派手な衣装に変わっていた。
基本色は黒だが、光に当たると銀色に発色して魔法陣の紋様が浮かび上がる、何とも豪華な魔法着になっている。
不思議と癒される色合いだ。
これをどこかで見た事があった。
……そうか。
水鞠の髪の色と同じなんだ。
それに気付いた瞬間、胸の内から力が溢れて来た。
生きて帰るぞ。絶対に。
「反撃するぞ! 猫蛙!」




