第182話 日高誠と塔の封印
魔法陣に入った俺達は、一瞬にして洞窟から脱出する事が出来た。
ここまでは予想どおりだ。
だが、外の様子は一変していた。
空や雲、森の風景の一部が雑なモザイク模様に変化している上に、激しい地響きが続いている。
「何だよ、これ……」
こんなの、嫌な予感しか無いだろ。
「世界の……崩壊……」
三ノ宮菜々子が静かに言った。
「どうして……」
「そんなの決まっているじゃない。この世界は最初から壊れていた。ついに完全崩壊が始まったって話でしょう」
志本紗英は頭を抱え、オロオロと崩れる。
「どうしよう……。どうしよう……」
「落ち着いてサエ。早く町に戻りましょう。あとは集めた四つの結晶を使って塔の封印を解けば、ゲームクリアになるはず」
「急ぐぞ!」
*
町に戻った俺達は、すぐに中心に天高く聳え立つ「結晶の塔」へと向かった。
町は常に地震に襲われている状態で、建物の所々が崩壊している。
こうしている間にも被害が大きくなっている状況だ。
「何かモザイク模様の割合が増えていないか?」
俺の言葉に三ノ宮菜々子は三角帽子に手を掛け、
「いつシステムがクラッシュしてもおかしくないだろうね。みんな。急いで!」
「ひいいい!」
「いやああああ!」
悲鳴を上げながら続く吉田と志本。
そして俺達は、町の南に建つ塔へと到着した。
塔の入口は五メートルはある巨大な扉で、その前には黒い魔法着を着た白髪の老人が立っている。
老人は俺達を見るなり両手を広げると、太い眉に隠れていた目を見開いた。
「よくぞここまでたどり着いた。四人の勇者達よ! さあ、印を見せるがいい」
「印? ……って何だ」
「きっと結晶の事だよ」
三ノ宮が道具袋の紐を解くと、その中から虹色の光が放射され、四つの結晶が飛び出してゆく。
そして地水火風の四つの結晶は一つとなって、老人の手の上で浮遊を始めた。
『遥かなる大地よ……』
老人は目を閉じて、両手を広げた。
それを見た吉田は動揺した様子で、
「何だ? 何を始めたんだ?」
「祈祷みたいなものかな。封印を解く儀式が始まったんじゃないか?」
「多分そうだね」
俺の推測に、三ノ宮が頷いた。
『我々に力を与えん……』
何か雰囲気が変わって来たぞ?
祈祷と言うか、もう踊りに近い動きで、しかもやたらとスローテンポだ。
「ちょ、遅くね?」
たまらず吉田が言葉を吐くと、志本は塔を見上げ、
「早くしないと、もう時間が……」
塔の三割はモザイクに包まれて崩壊が進んでいる。
次々と巨大な破片が落下している状態だ。
「ヤバいな。洒落にならないぞ」
塔に登れなかった場合、最悪は現実世界に帰れなくなる可能性がある。
『聖なる水よ……』
いや、ちょっと。
イベントシーンが長すぎるだろ。
早く終わらせてくれよ。世界が崩壊しちゃうだろ。
塔の外壁が落ちて来ている最中でのこの絵面は中々にシュールだ。
早よ終われ! スキップ出来ないのかよ、このクソゲーは。
『光りあれえぇぇ!」』
老人は両手を挙げて静止した。
あ、何か唐突に終わったぞ!? 火や風はどうした。
まさか、本当にスキップ出来たのか?
「……なんてな」
老人はニヤリと笑い、両手を下ろした。
「はい?」
おい。今なんて言った?
「これで四つの結晶は我が物となった。ご苦労だったな。愚かな勇者共よ」
「あ…………」
あー、はいはい。
主人公が騙されていて、ラスボスに力を与えていたパターンね。
やって来た事は全て無駄でしたって訳だ。
シナリオが雑過ぎるだろ。ありきたりで涙が出て来そうだよ!
「どうしたの? おじいさんは何を言っているの?」
志本の無邪気な問いに、三ノ宮は溜息を吐く。
「ラスボスがアイツだって事よ。結晶集めは敵の罠だったの」
「そ……そんな……」
志本の奴、分かりやすく絶望しているな。
ゲームとかやらないから、こういう展開に慣れて無いのだろう。
ありがちなんだよ、こういうのは。
「戦闘が始まるぞ! 切り替えろ!」
戦闘モードに切り替わった。
相手体力は八万。
名前は結晶大魔王。
老人の姿は獣顔で巨大なツノが生えた上半身が筋肉隆々のモンスターに変わっている。
禍々しい姿だが、サイズ感は小さく、何だか迫力に欠ける印象だ。
『水よ……』
結晶大魔王の肌が青く変化。
その直後、背後のエフェクトから光が放たれた。
「うお!?」
光は吉田の構えていた剣に当たり、モザイク模様になって消滅する。
「あっぶねぇ! 水の弾丸だ! みんな俺の後に隠れろ!」
吉田の号令でパーティメンバー駆け寄ってゆく。
『風よ……』
結晶大魔王のエフェクトが変化。
強烈な突風が巻き起こった。
「きゃ……」
「サエ!」
風の魔法を受けた俺達は身体を吹っ飛ばされ、四人は離れた場所に散り散りにされてしまった。
しかもしっかりダメージを受けてやがる。
飛ばされただけで二十五のダメージとか、イカれてるだろ。
あ、やばい。吉田は大丈夫か? アイツの体力は十八しか無いんだぞ。
「レイジ!」
「俺なら無事だ!」
吉田はブッ飛ばされてはいたが、ダメージはゼロだった。
見たところ風の魔法をバグ剣で斬り付けて攻撃を乗り切ったらしい。
何だかんだいって能力を使いこなしているみたいだな。やるじゃねーか吉田!
「あれ……?」
吉田の様子がおかしい。慌てた様子で両手を見つめる。
「どうした?」
「剣がどっか行った……」
「嘘だろ!?」
さっきの魔法でブッ飛んだのかよ。もしくは「そういう魔法」だったのか?
『火よ……』
大魔王の腕に炎が巻き起こり、長い爪へと変化した。
おいおい。火の魔法はまさかの肉弾攻撃かよ。
しかも大魔王は吉田を狙ってやがる。
こうなったら、魔法で吉田を引き寄せる!
『来い! 吉田玲二!』
引力魔法を発動。
俺の背後に魔法陣が生成され、その中心に吉田玲二が出現した。
大魔王はさっきまで吉田のいた場所に居て、攻撃を空振りしている。
「危ねぇ……!」
間に合わなかったら死んでたぞ。
「今の攻撃、六十ポイントのダメージがあるよ!」
志本紗英がハッキングで情報を得たらしい。
六十って、俺達の今の体力では一撃でほぼ即死だ。
『出よ! 闇の炎!』
この隙に三ノ宮の闇魔法が大魔王にヒット。
ダメージは五十。
八万ある大魔王の体力ゲージは全く減っていない。
いやいや、誰だよこんなゲームバランスにした馬鹿は。
ちゃんとデバッグしておけよ!
絶望の最中、大魔王は屈指をして力を溜める動作を始めた。
炎の爪で三ノ宮を攻撃するつもりか。させねーよ!
『来い! 三ノ宮菜々子!』
引力魔法で三ノ宮を引き寄せて攻撃を回避。ついでにダメージを回復させる!
魔法陣が生成され、光が立ち昇った。
「マコト違う! 私じゃ無い!」
「…………え!?」
三ノ宮の言葉で初めて理解出来た。
大魔王の狙いは三ノ宮菜々子じゃなかった。
志本紗英だ。
俺の視界はスローモーションに変化した。
魔法の発動と相まって、俺の視界はゆっくりと動き出す。
大魔王は三ノ宮を飛び越え、一番遠くに居た志本へ向かってゆく。
引力魔法は三ノ宮菜々子に対して完成している。
今からキャンセルする事が出来ない。
スローモーションで動く世界の中で、俺はただ静観する事しか出来ずにいる。
まだだ。諦めるな。
三ノ宮菜々子を引き寄せた後に、志本紗英を引き寄せる!
ダメだ。
大魔王の移動速度の方が速い。
このままだと、魔法を起動する前に敵の攻撃が志本に届く。
そうなったら志本の体力はゼロ。死ぬ事になる。
動け……!
魔法処理度を早く、もっと早く……!
頭の中が、胸の奥の魔法エンジンがショート寸前だ。
このままだと焼き切れる……!
──間に合わない。
そう確信してしまった。
今までのピンチも何とかなって来たが、この現実は覆す事は不可能だ。
大魔王の炎の爪が志本に向かって振り落とされる。
俺はそれを、見ている事しか出来ない。
引力魔法によって三ノ宮が俺の背後へ移動した時には、大魔王の攻撃が終わっていた。
激しい爆音。志本の居た場所に、巨大な炎の柱が発生した。
「サエ!」
三ノ宮菜々子の叫び声と同時に、ゆっくりと動いていた俺の視界が、元の速さへと戻った。
「な……?」
志本紗英の体力はゼロになってはいなかった。
「ノーダメージ……」
炎の柱が消滅して、そこでようやく判明した。
その状況を作り出したのは、メイド服姿の少女だ。
そいつはドーム型の魔法バリアを生成し、大魔王の攻撃を完全に無効化していた。
「メイド服……」
その姿に、俺が知る現実世界での志本紗英が重なった。
だが、志本紗英はメイド娘の背後で頭を抱えて座り込んでいる状態だ。
だったら、あのメイドは誰なんだ?
大混乱の俺だったが、三ノ宮がその答えを口に出した。
「あれって、酒場の……?」
「え!?」
そうだ。
どこかで見たと思っていたら、町の酒場で働いていたメイドキャラじゃねーか。
何で俺達を助けた?
メイド娘は志本紗英を素早く抱えると、猛スピードで魔王の側から離脱。
一瞬で俺の目の前に移動して、志本紗英をゆっくりと下ろした。
「え……? あ……?」
何が起きているんだ? 頭が追い付かない。
『大地よ……』
大魔王の地の魔法が起動。
地震と共に巨大な岩石が浮遊した。
魔力を帯びた岩石が、隕石の如く降り注ぐ。
とんでもない質量と魔力の塊だ。破壊力は想像に容易い。
対するメイド娘は右手を前に差し出し、魔法のバリアを生成。これをも簡単に弾き飛ばした。
何だよこのメイド娘。強過ぎるだろ。
「お前は、誰だ!?」
『ガ……ガ……。タハヤ……ラカハ……』
突然だった。メイド娘はガクガクと痙攣を始める。
四肢が関節を無視した動きを始めた。
「うわ……!?」
これは町娘に起きていた現象と同じだ。
「何!? 何!?」
志本がパニックになりかけた、その直後。メイド娘の奇妙な動きがピタリと止まった。
メイド娘は、それまでの事が無かったかの様にして、俺に向けてゆっくりと視線を動かした。
「…………!?」
あまりの驚きに、言葉が詰まった。
メイド服の少女の瞳は、俺の「よく知るもの」だったからだ。
薄く光る、猫の様な瞳……。
「水鞠……!」
いや。……違う。
俺には分かる。目の前にいるのは水鞠じゃない。
コイツの正体は……。
「猫目青蛙!」
メイド娘は不敵な笑みを浮かべ、
『ようやく見つけたぞい。誠殿!』
第八章、最終決戦です。




