第185話 日高誠とナナコの提案
崩壊寸前だったボロボロの世界は改変され、平穏な町の風景へと変化した。
耳障りな金属音は消え失せ、代わりに小鳥の囀りが聞こえる。
暖かな日差しの下、町の中を人々が笑顔で行き交っている。
そんな風景の中、俺達は三ノ宮菜々子と対峙していた。
三ノ宮菜々子は第三段階の結晶体特有の、全身が斑らに結晶化した姿になっている。まさに異形の姿ってやつだ。
三ノ宮は笑みを浮かべ、
『素敵な世界でしょ? みんなで一緒に暮らさない?』
「暮らす……? 何を言っているんだ」
『ここには痛い事も辛い事も無い。お金はあるし、お腹も空かない。悪いモンスターを倒しながら気ままな暮らしが出来るでしょ』
三ノ宮菜々子の不気味な笑顔に、吉田と志本の表情が凍りつく。
俺はそんな二人の前に立ち、息を吐いた。
「ナナコ。ゲームは終わりだ。悪いが、俺達は元の世界に帰りたいんだ」
「終わり……」
「そうだ」
すると三ノ宮菜々子は頭を抱え、
『何でよ……! 私とゲームするの、そんなにつまらない?』
「ナナコ!?」
三ノ宮菜々子の足元がズブズブと地面に飲み込まれてゆく。
頭だけが残された状態で、赤い目を見開いた。
『ゲームを始めましょう。ジャンルは永遠に楽しめるスローライフだよ』
「待てナナコ!」
吉田が手を伸ばすが、残された頭も地面の中へと消えていった。
「マコト! どうなってんだよ、これは!」
俺は吉田と志本に視線を送り、
「二人共聞いてくれ。この世界はナナコが作り出した偽りの空間だ。俺達三人は閉じ込められている」
「ナナコが……作った……?」
「現実世界ではよくある『魔法暴走』って現象なんだよ。暴走者は自身の願いを叶える為、結晶体を作り出して魔法による未来改変を行う。ナナコは結晶体に取り憑かれた最終形態になっているんだ」
志本紗英は全身を震わせながら、悲痛の声を上げる。
「今のナナコが何かに取り憑かれているだけなら、元に戻す方法はあるんでしょ?」
俺は首を横に振る。
「俺が知っているのは、攻撃して倒す事だけだ。そうなったらナナコは無事ではいられないと思う。最悪は死ぬ」
「死ぬ……!?」
「おい……マジかよ」
第三段階の結晶体と対峙するのは今回で二度目になる。
一回目は魔法花火大会の時だ。
雷旋のワタヌキと第三段階の結晶体との戦闘では、相手は死なずに済んだ。
だがそれは、結晶体化した敵が「土雲家の当主」という超強力な魔法使いだったからだ。
今の三ノ宮が同じ結果になるかは分からない。
「話し合いで解決は……」
「難しいと思う。可能性があるとすれば、三ノ宮にダメージを与えてからになるから……」
「その前に死ぬかもしれないってか……」
いや、死ぬのは俺になるかも知れない。
それ程までに、第三段階の結晶体は得体が知れない存在だ。
宇宙に浮かぶ像換獣を自爆モードに改変させるイカれた能力。
その存在自体が魔法の杭に大きなダメージを与える程の魔法エラーの塊だ。
そうなると、水鞠の方も心配だ。
管理地は無事なのか? また像換獣が一斉誤作動を起こしていなければいいが。
とにかく、時間をかけている場合じゃ無い。
最後の手段が、俺達にはある。
「一か八か、やってみるぞ」
「何をだよ」
その後、吉田はハッとなり、鋭い目付きに変わった。
「……やるのか。アレを」
「やってみる価値はある」
引力魔法で三ノ宮菜々子を引き寄せ、そこに吉田のバグ剣を叩き込む。
この異世界で何度も決めた「必殺のフォーメーション」だ。
吉田の存在は三ノ宮菜々子が意図しないバグだったはずだ。
結晶体が生み出したモンスターを一撃で倒せる吉田なら、三ノ宮にとりついた結晶体部分だけを消し去る事が出来るかも知れない。
あとは「吉田と三ノ宮の魔法運命値の高さ」に丸投げだ。
雑な作戦だが、魔法使いってのはこんなものでいい。
それで上手くいって来たんだ。やれるはずだ。
この流れを察したのか、志本紗英は耳に手を当て、ハッキング魔法を起動させた。
「マコト! ナナコは海の中に居るみたい」
「海……!?」
地面の中に消えたと思ったら海の中かよ。
「ごめんなさい。それしか分からなくて……」
「いや、助かった。引力魔法を成功させるには出来るだけ対象の情報が必要なんだ。ありがとうサエ」
「うん!」
「頼むぜマコト!」
「任せろ!」
俺は右手に魔力を込め、立体魔法陣を作り出した。
この世界で何度も成功しているんだ。きっと出来る!
『来い! 三ノ宮菜々子!』
立体魔法陣は砕け散り、俺の足元には魔法陣が展開された。
破片は眩い光を放ちながら、鎖に繋がれた三叉のアームに変化した。
対魔法物体専用の三叉の爪だ。
コイツで三ノ宮菜々子を掴んで引き寄せる!
行けっ!
「…………?」
アームが動かない。
嘘だろ? ピクリともしないぞ。
ここまで来て引力魔法が発動しない。何故だ?
「どうしたマコト!」
吉田が剣を構えたまま叫ぶ。
「情報が……足りないのか?」
「何だって?」
「何かが足りない……」
「今まで何度も成功していただろ! 何で今さら……」
確かに三ノ宮菜々子の召喚は成功していた。
そうなると、第三段階の結晶体になった事でガードが硬くなったのか。
より詳細な情報が必要になっている……?
諦めるな。考えろ。
──三ノ宮菜々子。
身体が弱くて、人付き合いが苦手。
オカルトに関わると周りが何も見えなくなり、迷惑をかけたりもする。
魔力をほとんど持たないが、魔法使いの行動を妨害する「カウンター」の能力を持っていて、逆にそれがヒントになったりしていた。
そして、吉田玲二の事が好きだ。
しかし、この世界の三ノ宮菜々子は現実世界とはまるで違っていた。
活発だし、人の目を見て話が出来る。
みんなを引っ張るリーダーで、魔法も強力だった。
何故か吉田とはいつも衝突していた。
異変があったのは三ノ宮菜々子だけじゃない。
この世界の三人は現実世界のキャラとかけ離れていた。
キャラが真逆になる魔法をかけられていると疑った位にだ。
今ならそれは、間違いだと実感出来る。
レイジは初めて会った時よりもウザさが無くなっていて素直な部分が目立っているし、サエは泣いてばかりだったのに、今はこうして自ら役に立とうと頑張っている。
ゲーム世界で過ごしている間に、だんだんと現実世界の……俺の知る吉田と志本に近付いているんだ。
だとすると……。
分かったぞ。この世界の秘密が。
「レイジ! 魔法は必ず成功させる! 頼むぞ!」
「お、おお! 何か分かったんだな。任せとけ!」
「お願いマコト! ナナコを助けて! みんなで帰ろう」
俺は志本に強く頷き、魔力を発動させた。
『来い! 三ノ宮菜々子!』
引力魔法を再起動。
すると、今度は立体魔法陣のアームが動き出し、鉤爪の先端から魔法陣の中へと沈んでいった。
鉤爪に繋がれている鎖は、俺の掌から伸び続ける。
アームと俺の視界がリンク。
……海の底へと深く沈んでいる。
いいぞ。引力魔法が上手く起動しているみたいだ。
暗い海の底に、微かな光が見える。
「…………!?」
海溝の底に、三ノ宮菜々子がいた。
膝を抱えて哀しげな表情で目を閉じている。
泣いているのか……?
アームの存在に気付き、目を開く三ノ宮。
振り払うように手を伸ばして来た。
「危ねぇ……!」
アームを動かし、ギリギリで回避。
カウンター気味に滑り込み、アームを開いた。
側面から三ノ宮の身体を掴み取る。
「掴んだぞ!」
視界はアームから切り替わる。
深海の風景が消え、地上の風景に戻った。
それに気付いたのか、吉田は剣を構えたまま視線だけを俺に向け、
「マコト! どうなった」
「成功した! 来るぞ!」
魔法陣は眩い光を放ち、光の柱が立ち昇る。
光の柱は、次第に人の形になってゆく。
魔法陣の中心に、三ノ宮菜々子が出現した。
俺は吉田に向かって叫ぶ。
「レイジ!」
「うおおおおおおおお!」
吉田は大きく剣を振りかぶり、渾身の一撃を放つ。
雷を纏った鋭い斬撃が三ノ宮菜々子にヒット。
剣は三ノ宮の結晶化した右肩に突き刺さると、その部分からモザイク模様が侵食してゆく。
それは急速に三ノ宮菜々子の全身を包み込み、膨張を始めた。
大地を、空を、世界を一瞬にして埋め尽くし、世界はモザイク模様に包まれた。
金属音が激しく鳴り響く。
それはやがて、光に吸い込まれる様に消失した。
「ナナコ!」




