体力だけではダメですよ
キリルくんと話をして3日が過ぎた。
今日は冒険者資格試験の受付日。来週は今年の冒険者試験がある。試験に臨めるのは12歳以上で、筆記、面接、実技の3種に合格した者だけが、晴れて冒険者登録ができる。
多くの受験生は、10歳くらいから色々な冒険者の弟子として学んでから、臨んでくる。冒険者は命がけだ。仲間との連携や、迷宮や魔物の知識などがなければ、自分はもちろん、仲間の命すら奪いかねない。
たがら、この世界では無闇に冒険者資格を出すことなく、しっかりとした選抜試験を行っている。
いっけん、脳筋のように見える彼らも、その試験に勝ち抜いたものばかり。さらにランクもあるので、なかなかに厳しい世界だ。
今日はその試験の受付日とあり、ただでさえ忙しい受付が、いつにもまして大忙しだった。
わたしは受験生の受付ではなく、通常の依頼業務を担当している。次々と依頼用紙を持ってくる人に応対していると、見慣れた親子が目の前に立った。そう、キリルくん親子だ。今日は大人の男性もいる。父親だろうか。
「あの、セリナさんでしょうか?」
その男性が声をかけてきた。炭鉱夫らしくガッチリした身体は、冒険者と遜色ない。
「先日は息子がお世話になりました。実は息子のことで相談がありまして。」
その様子を見ていたジルさんが、以前案内された部屋で話をするようにと、うながしてくれる。ジルさんは大変気遣いもできるギルド長だ。
階段を上がりながら、ジルさんがそういえばと、無関係な話しを始めた。
「昨日の夜、魔導師のライラが、お袋さんの目が良くなったと、セリナにお礼を言いにきたぞ。」
「良かったです。ベリーで改善が見られたということは、まだ初期の夜盲症だったと思います。できれば卵やお肉を食べてもらったほうが、ビタミンA不足には効果があるのですが、とりあえずは続けてもらいたいですね。」
と、わたしは返事を返した。
聞き慣れない言葉が出てきても、ジルさんは少し慣れたのかスルーしているが、後ろにいるキリルくんの両親は訝しげな顔をしている。
部屋を開けて3人を案内すると、わたしの隣になぜかジルさんも腰を下ろした。
「すみません。お忙しいところを。ギルドというのはいつも、こんなにお忙しいのでしょうか。それに、子どもも大勢。」
母親が先に小さな声で話し始めた。
「そうですね。とくに今日は来週行われる冒険者資格試験の受付日なので、余計に子ども連れの方が多くいらっしゃってます。」
わたしがそう答えると、
「息子さんが冒険者になりたいという件でご相談でしょうか?」
とジルさんが、言葉を続けた。
「見たところ、まだお小さいようですが?」
ジルさんにそう言われ、ちょっとふくれたキリルが
「キリル。もう8歳だ!」
と、元気よく答える。
そう、まだ8歳。冒険者試験まで4年。弟子になるにもまだ早い。
時折男の子を連れた親で、息子を冒険者にするにはどうしたらいいか、とか、冒険者にさせたくないので説得してほしいと言ったことで、相談に来ることがあるようだ。
「それ以前に、冒険者の試験があることを初めて知りました。」
父親が小さく驚きの声を上げた。
「ほとんどの人はそうだと思います。しかし、冒険者は大変危険な仕事です。誰でもなれるわけではありません。」
わたしが言うと、母親はキリルからわたしが言った話しを聞いていたのか、小さくうなづいた。
「わかってる!だから、今日はお姉さんにお願いにきたんだ。」
お願い?何を?弟子の伝なんてないよ?
と思ったわたしの心を読んだのか、
「おれ、10歳になったら冒険者の弟子になりたい。そのかわり、9歳になったら、父ちゃんの炭鉱手伝って体力つける。まだ2年あるけど家でも頑張って体力つける!」
と、キリルくんが答えた。なるほど、子どもなりにちゃんと考えたらしい。父親は、少し苦い顔をしているが、炭鉱を手伝うと言うところは喜んでいるらしい。ジルさんも、なるほどと言った顔に変わった。
「確かに炭鉱での仕事を一年続けられるようなら、冒険者も体力的には可能になるかもしれんな。」
そう体力的には。それでも父親は、不満と不安の両方が入り混じったような顔で、
「本当に、可能でしょうか。」
「8歳でそこまで考えているなら、偉いと思いますよ。ちゃんと、冒険者は体力が大切とわかってるようだし。」
父親の疑問にジルさんが、そう答える。もっとも手放しでというより苦笑気味に、と言ったところだ。
「でも、筆記試験もあるんですよ。字の読み書きは得意ですか?」
とわたしが口を挟むと、一瞬シンとなった。ジルさん、ギルドマスターなのだから、忘れないで欲しい。ただの脳筋では冒険者になれないんだよ。
「試験は難しいのでしょうか?」
意外なことに、質問してきたのは母親だ。
「簡単ではありませんが、10歳から弟子入りすると、先輩冒険者や元冒険者の師匠が、筆記試験に必要なことや、実技もちゃんと教えてくれます。」
ジルさんが答えた。ジルさんの父親もその一人だ。
「じゃあ、10歳まで頑張る!炭鉱の仕事も、母ちゃんの手伝いも頑張って、体力つける!だから弟子入りしたい!」
だから、体力だけじゃダメなんだってば!




