わがままばかりではダメですよ!
わたしの意味不明な行動と言動に、ジルさんとアークさんは固まっていた。
だよねー、と笑ってごまかしたものの痛い子を見るような目を向けられてどう誤魔化すかを再度考えることにした。すると、
「まあ、大賢者アルカナ様の孫なら色々なことを知っていても不思議ではないか。」
と、ジルさんが小声で呟く。
「アルカナ様⁈」と驚くアークさん。
言われてみれば、と今の世界での自分の立場を思い出した。それでも、前世?の記憶が蘇ったためか頭の中の整理がつかない。
「あのー、ちょっと睡眠不足のせいで頭の中が、夢の中とごちゃごちゃになっているみたいです。早退させていただいていいですか?」
小さく手を上げて言うと、ジルさんが憐れんだような?優しい声で
「そうだな、まだ子どものお前を無理に働かせすぎたかもしれない。今日は、とりあえずコイツの命を救ったということで、家に帰って休め。」
と言ってくれた。
自分が借りている部屋までの道すがら、前世と今世の記憶の整理をする。
今のわたしに親はいない。服飾工房を経営していた両親は、わたしが5歳の時、放火に遭って亡くなった。もちろん家も失い、1人になったわたしを引き取ってくれたのは、辺境に住む母の祖父母だった。
その祖父が賢者アルカナと言った。
2人の家は辺境ながら、たくさんの弟子が住む、なかなかのお屋敷だった。祖母は優しく、弟子たちも優しく、大事に大事に育てられた。同世代の子どもがいなかったので、わたしは、祖父の持つ溢れかえるような大図書館の本と、大人に囲まれ、ハッキリ言って、世間知らずのコミュ障な子どもに育った。そんなわたしを見て、祖父はある時ハッとしたように言った。
祖父はかつて母を同じように育てた結果、学院で知り合った父と恋に落ち、そのまま結婚。服飾工房の経営者夫人となってから、かなり苦労した。放火も、コミュ障な母とイザコザを起こした労働者の、行き違いによる逆恨みが原因だったらし。
「セリナ、学院に入る15歳までの間、外の世界を見てきなさい。」
祖父はそう言うと、部屋を借りるだけの金貨と数枚の服だけで、わたしを屋敷から放り出した。それが2年前のこと。ん?ということは今のわたしは14歳の子どもということだ。前世なら中学生。労基法違反だ。
と言いたいところだが、この世界では、ほとんどの子どもは10歳前から働いている。12歳で仕事をするなら普通のことだ。
学院というのは、お貴族様やお金持ち、優秀な能力を持つ子が15歳から通うところ。所謂大学のような場所になる。祖父のもとで、12歳までに知識だけは大人並みに身につけていたわたしは、学院に入るだけの能力はすでに持っていた。コミュニケーション能力以外は。そこで、祖父はわたしに早くも独り立ちさせることにした。
それがジルさんのギルドだった。ジルさんのギルドは王都でもイチニを争う大手ギルドだったので、確かにこの2年の間で、コミュニケーション能力はいっきに上がった。メデタシメデタシ、ということだ。
部屋に着いたので、着替えてベットに横になり、前世のことを再度思い出す。
アラフォー教師だった頼子だけど、大学卒業後にメーカーに就職。そこで出会った男性と結婚した。しばらは共働きだったが、子どもができたことと、夫が海外転勤になったことで、仕事を辞めて一緒に現地に住み始めた。さほど危険ではない国だったのに、車の事故に巻き込まれ、夫とお腹の赤ちゃんが亡くなってしまった。
ひとりぼっちになった頼子は、大学の恩師の勧めで、高校の教員になった。考えてみると、頼子は亡き家族のもとに行きたかったのかもしれない。年老いた両親は妹家族が、きっと面倒を見てくれるだろう。
翌朝目が覚めると、やはりこの世界にいた。
(やっぱり転生したってことなのかなー。)
それでも、前世の記憶が蘇ったのは何か意味があるのかもと考える。頭を切り替えて、今の受付嬢生活を頑張ることにした。
「おはようございます。」
ギルドまでの通勤路には、早くから営業しているパン店「コナンパイ」がある。食欲と時間がある時は、必ず立ち寄り、おススメパンとサラダ、スープで朝食をとる。
途中、服飾工房で働く友人のシリカがやってきた。
シリカはわたしの実家だった服飾工房で働いていた裁縫職人マリーさんの娘で、わたしが火事で全てを失うまでは、時々遊ぶこともあった。
その後、王都で生活するようになり久しぶりに会ったものの、初めはまともに話すことさえできなかった。
シリカはいつも、コナンパイで、お昼用のお弁当を買う。
「あれ?セリナおはよう。最近みなかったね。ずっと忙しかったの?」
「おはようシリカ。新しい大型迷宮が見つかって、昨日の朝までずーっと徹夜続き。」
シリカの挨拶に簡単に答える。
こんな会話は日常茶飯事なので、シリカもまたか、と言った反応をする。シリカも、忙しい時は同じようなことがあるので、お互い様だ。
食べ終わったセリアが、会計の終わったシリカと店を出ようとした時、店内に轟くような、子どもの泣き声が響いた。
「やあだー!今日はチョコパンって約束〜!」
「チョコパンがまだないんだから、我慢しなさい。今朝はチキンサンドにしましょう。」
母親らしき人が子どもを宥めている。
「ごめんねー、坊や。今朝はまだチョコパンが焼けてないんだよ。」
コナンパイのおかみさんも、困り顔で謝っている。
「やだーやだーやだー!」
シリカが店の扉を閉めた後も、子どもの泣き喚く声は通りまで聞こえていた。
わたしも甘やかされて育ったが、前世のわたしは、そうやって育てられた子の行末を知っている。
子どもは見たところでは7、8歳くらいだった。坊やという歳ではないだろう。
平民の子なら、この世界ではあと数年で働くことになる。前世の子よりも、早く大人にならなければいけない。
わがままで我慢ができない子どものほとんどは、職場から追い出されたり、先輩から殴られたり、悪い仲間に引き摺り込まれていく。
そうでなくとも、10歳くらいまでの子は社会的生活習慣や社会性、ルールや対人関係をしっかりつける大切な時期だ。
(だからわたしも同世代コミュ障になったんだけどね。)
そんなことを考えながら、1日のギルド業務がすぎていく。ジルさんも、他の先輩たちも、昨日のことは賢者の孫だから知っていた、と納得したようだ。
その日の帰り道。
「キリル、キリルどこ?」
今朝コナンパイにいた母親が、とおりを走り回りながら叫ぶ姿が目に入った。
夕方の通勤時間、王都の下町の通りは、多くの人で賑わう。通行人の中には、母親を邪魔に思い、舌打ちしながら通り過ぎて行く人や、ぶつかって歩く人もいる。
行き交う人は皆迷惑そうな顔をしている。
声をかけるか、無視するかと考えながらも通り過ぎて路地に入った時、建物外の階段に座って俯く、子どもの姿が目に入った。
アー、これはおせっかいしろってことかなー。などと考えながらら、わたしはぞの子どもの隣に腰掛けた。
「きみ、キリルくん?」
声をかけると、その子はビクッとして頭を持ち上げた。そのまま立ち上がると逃げようとする腕を掴む。
「ちょっとー何逃げようとしてるのかなー。」
キリルはチラッとこちらを見たが、すぐにプイっと顔を背けた。母親の声はここまで聞こえているから、わたしがなぜ声をかけたのか、察しはついているのだろう。
「別に取って食ったりしないから、お話しようよ。」
なんか前世を思い出す切り替えしになってきた。
「話なんて、おばさんには関係ない。」
おばさん‥どうして世界が違っても生意気なガキというのは、同じ切り替えしをするのだろう。」
「なんで隠れてるの?こんなところで座っててもすぐに見つかるよ。」
「魚。」
「?」
「今日の夕飯、魚だから帰んない!」
はい?ガキかお前はー?あ、ガキだった。
「魚、嫌いなの?」
とりあえず聞いてみた。
「今日、西の炭鉱から父ちゃん帰って来るから、魚だって。」
「へえー。いいなー。家族で夕飯食べるんだー。」
「普段はオレと母ちゃんだけだから、好きなもんばっかなのに。」
今朝のやり取りを思い出し、かなり母親は甘やかしているなと思った。
「でも、今日はお父さんが帰って来るから、お父さんの好きな魚にしたってことかな?」
キリルは小さくうなずく。
「久しぶりなんだから、お父さんの好きなものでいいじゃない。お父さん嫌いなの?」
と聞くと、しばらく考えて首を横に振った。いや、今の反応はなんだろ。お父さんは、もしかしてDVなのかな?それとも二次反抗期かな?
「おれ、冒険者になりたいんだ。」
突然キリルが話始めた。
「でも、父ちゃんは9歳になったら一緒に炭鉱で働けって。」
9歳で炭鉱で働くなんて、この世界は本当に子どもに容赦ないな。
「冒険者になりたいんだ?どうして?」
と聞くと、
「だってカッコいいじゃん。炭鉱夫なんてかっこわりー。」
子どもらしいなー。と思いつつも、現実が見えてないところが少しだけ可愛いな、と思ってしまう。
「冒険者だってカッコいいだけじゃないよ。命がけだし、仲間同士の喧嘩とかも多いし。鍛錬とか勉強もしなくちゃならないし。我慢することだって結構あるよ。」
「なんでそんなこと知ってんだよ!女のくせに!」
「女の冒険者もたくさんいるよ。それにわたしは中心街のギルドで働いているから。」
わたしがギルド職員と知ると、少しだけキリルの態度が変わった。本当に冒険者に興味があるらしい。
わたしがとつとつと、冒険者の色々な話をすると、少しだけキリルの態度が変わって行く。
「それに、駆け出しのうちは周りの先輩たちにも、ちゃんと礼儀正しくしないと、嫌われちゃうし、命だって守ってもらえないかもしれない。わがままばかりじゃダメなのが、この世界だよ。」
そこまで話して、本当になりたいなら、家族をちゃんと説得することと、好き嫌いなく食べることが大切ということを話した。




