働きすぎはダメですよ
キリルくんの両親は、冒険者になるために試験があることや、勉強も必要なことがわかると、内心(無理かもね)という顔で、キリルくんを連れて帰って行った。どうなることやら。
受付に戻ると、このギルドで一番強くて優秀と言われる、いわゆる勇者パーティ「白狼」が扉を開けて入ってきた。白狼はリーダーのケントさん、ニックさん、ミリカさんの3人構成で、けして大きなパーティではない。それだけに、強いのに気さくでわたしにも優しいお兄さん、お姉さんみたいな存在だ。
しかし、その3人の顔が青白くげっそりとしている。
「どうしたんですか、ミリカさん!」
「セリちゃん、いつものポーションある?」
「セリアー、回復薬を2倍増し‥。」
そういうと、ミリカさんとニックさんが、目の前でバッタリと倒れた。
倒れた!倒れた!どうしよー!
アワアワしているわたしの頭を押さえて、ギルドマスターのジルさんが、
「誰か力のある奴、2人を医務室へ運べ!」
と叫ぶ。しかし、気がつくと、疲労で倒れたのは2人だけではなかった。
冒険者試験の受付が終わった時、受付嬢の先輩リシイさんが倒れていた。リシイさんも力持ちの冒険者に担がれて医務室に運ばれる。
「働きすぎだなー。」
ジルさんがボソッとわたしに話しかけてきた。
「働きすぎ」
嫌な言葉だ。わたしも前の世界で、たぶん過労死している。家庭科の先生が、過労死?と前世の一般人は笑うかもしれないが、実は家庭科教員は、真剣に取り組むと他の教科の2倍の仕事がある。
調理実習や被服製作といった実技と採点、消費生活や高齢者、福祉、相続や児童憲章などの民法といった筆記と、両方の課題を生徒に教える。提出物の採点、筆記試験もしなければならないのだ。
さらに技術科教員がいない学校では、情報や電気、木工も教えなければならない。
準備、片付け、採点、試験。そしてその内容は大学入試に出題されていたり、看護師などの国家試験に出題されていることもある。
知らぬは古い考えの親と、自分たちこそが花形と思っている5教科の教員ばかり。
社会人生で一番必要な基礎知識が学べる科目になる。実際に社会人になってから、家庭科で習ったことが一番役に立っている、と答える人は多い。
その中の一つが、ワークライフバランスや働き方改革なのだが、わたしは見事、自分で教えながら、自分はそれができていなかった。その結果の過労死だ。
なんでもあるのに、何もないあの世界で、わたしはいらない人間だったのかもしれない。
とりあえず、今はそういった考えのある社会ではないので、働き方についてはちゃんと考えてもらわなければならないかもしれない。
医務室に行くと、唯一倒れずに頑張っているリーダーのケントさんが、ベッドのそばに座っていた。
「ケントさん、お茶をお持ちしました。」
わたしは疲れた顔で2人を見守るケントさんに声をかける。
「ケントさんもお休みになられたらいかがでしょう。」
お茶を横のテーブルに置きながらそういうと、ぼーっとした表情で、一言ありがとうとつぶやく。
「ここ一か月くらい、お姿見ませんでしたけど、ずっと依頼をこなしていたんですか?」
「うん。昼間は色々な迷宮のクエストこなしながら、貴族の人の護衛や、隣の州のお偉いさんに頼まれた新人研修で指導していた。3ヶ月くらい休んでないかなー。まあ、前にもあったから。」
ケントさんがボソボソ話しながら小さく笑う。3ヶ月‥。前世のわたしも学期が始まると、そんなこともよくあった。でも、それは笑い事ではない。
しばらくすると、回復魔法の効果が少し効いてきたのかミリカさんが目を覚ました。跳ね起きたミリカさんは、唯一眠らずに座るケントさんの姿を見て、縋り付くように声を荒げた。
「ケント、ごめんなさい。わたし眠ってしまって!ケントこそ何日も休んでいないのに!」
その声とほぼ同時に、ギルドで医務官をしている回復師のバッグさんが入ってきた。
「ケント、どのくらい休んでいないんだ。」
バッグさんの質問に、頭を振りながら
「大丈夫ですよ。3、4日寝なくても、ポーションがあれば死にはしませんから。」
と答える。
「死にます!」
余計なことをと思われても良いと、わたしは思わず声を荒げて、2人に詰め寄ってしまった。
「いいですか?睡眠不足が続いた時ポーションで眠気を飛ばしても、それはただ一時的に覚醒させるだけで、逆に脳や心臓の負担になるんです。確かに1日2日くらいならなんとかなります。でも、わたしたちの体は、薬によって騙せるのはせいぜいそれくらいなんです。これが続くと、血管が脆くなり、心臓や脳の血管が破裂して体の中で大量に出血をしたり、逆に血流が止まり脳の機能が働かなくなり、死に至るんです!」
少しまわりくどい言い方になったが、この世界では馴染みのない専門用語の羅列で、3人は黙り込んだ。
この世界にも医師はいるが、ほとんどが王族や貴族、大商人のお抱え。しかも、前世の記憶なら中世並みだ。それをカバーしているのが、回復魔法を得意とする回復師。しかし回復魔法は万能ではない。外側の傷を塞いだり、痛みをとったり、表面的な症状を治すことはできる。しかし過信していると、傷の中に入った菌によって中毒を起こしたり、無理をして大病に繋がることもあるのだ。例えば、先日のアークさんのように。
そのうち、ニックさんやリシイさんも目を覚ましたので、わたしはケントさんを含めた4人にトクトクと、休むことの大切さを語った。
眠ることや、からだを横にすることで起こる、ホルモンの変化に、血管を健康に保つことの大切さ。ほとんどこの世界では耳にすることがない言葉の羅列に、4人含めバッグさんも呆然としていたが、わたしが話し終えると、ハッとして
「とにかく、今セリアが言ったように、休むことは仕事をすることと同じくらい大切ということだ!無理な依頼はなるべく早めにギルドやジルに相談して、リシイも受付嬢だからと、無理をすれば身体を壊す。大貴族の中には、勇者パーティを自分たちの護衛につけさせることがステイタスだなど、つけ上がった考えもある。君たちも、できないことははっきりできないと断る勇気も大切だよ。」
と、バッグさんが続けて話してくれた。
バッグさんの言葉に、4人は小さくうなづく。さらに、わたしもそれに続き
「報告、連絡、相談は大切です。働きすぎはダメですよ!」
と、一言。ブーメランだよね。




