第87話 役者は揃う
斯くして意外にもすんなりと、催し物の内容は決定した。
決め手となったのは、やはり優秀な脚本家となり得る生徒の存在だ。
華月会と風紀会のタッグということで、どのような態度で出るか距離を測りかねていた者達も、やおら活気づいた様子でこの大会に参加してくれることになった。
この大会で頭を抱えるのは、唐突に主役の座を確約されてしまったクロエだろう。あるいはエリーヌもそれと同等の立場を当てられそうになっているわけだが。
そうした先々の不安は後回しにし、二人は公私両方の時間で、今後の事について話し合った。
懸念点や今後の立ち回りを考えつつ、再び次の日の集会を迎えた。
「てなわけで、今日は役割分担を決めていく」
大きな教場の中、耳心地の良いアルトの声を響かせて、クロエは教場に集まった華月会と風紀会を構成する生徒たちに、今日の集会の始まりを告げた。
今日もまた前回と同じく広い教場に集まり、華月会と風紀会で二手に分かれて座っている。
前回意見が合致したとはいえ、そう簡単に馴れあったりはしないだろう。
「一応聞くが、前回の決定に異論がある奴は……」
交流会の終わり際ということで、反対意見や懸念点を聞くまでもなく多数決で決まってしまった。
その点配慮をしてクロエは声を掛けたようだが、手を挙げる者は誰一人としていない。
「……ま、いないよな」
分かっていた、と言わんばかりに呟くクロエが、最も不満そうにしているだろう。
今はこうして集団の前に立っているが、元来目立ちたがりではないというのが、彼女の本性だ。
それを知っているエリーヌは小さく笑った。
「そういうことなので、早速役割を振り分けていきたいんだが……」
クロエはそこまで言って、エリーヌを横目で見た。
「前回の皆様の意見を踏まえれば、脚本はベルトさんにお任せするということでよろしいでしょうか?」
華月会からの意見を貰いやすいよう、クロエに代わってエリーヌがそう言った。
賛成の意を示すように、左右揃って拍手が上がる。
誰も、彼女を差し置いて立候補などしないだろう。何といっても、フロスティアの芸術を生み出している劇作家の娘だ。
「なら、今日から早速、演劇の内容について考えてもらいたい。勿論、周囲と協力してだ」
クロエの言葉に、ベルトは周囲の生徒たちと顔を見合わせる。
「大会の準備を、皆好きなようにやってもらいたいのは山々だが、如何せん人数が多い。加えて、風紀会には実行委員の仕事も回ってくる」
「ですので申し訳ありませんが、役割分担については代表者で話し合いの元、決定したいと思うのです」
二人は交互にそう言う。
以前二人で簡単なスケジュールを組んだわけだが、演劇をするとなると想定よりも準備にかなり時間がかかり、前に決めたスケジュールでは間に合わない可能性が大いにあるという結論が出た。
今日は班分けをして、それぞれくじ引きをして役割を振り分けようと考えていたのだが、そんな時間もない。
そしてクロエが言った通り、風紀会には大会の実行委員の仕事がある。それらの兼ね合いも含めると、とても今日中には決まらない。
なので、身を切る思いではあるものの、役割などはエリーヌ達サロンのトップとその周辺で決めることにした。
「代わりと言っては何だが、皆には演劇の内容を、ベルトを中心に考えてもらいたい。どんなジャンルの話を作るのか、既存の物語を使うのかあるいはゼロから話を作るのかなどをな」
そして、エリーヌ達が話し合っている間、残った者達には、演劇の内容を考えてもらう。
同時並行で物事を進め、なるべく早く準備を進めるのだ。
「せっかく皆で作るのですから、皆が見たい演劇を考えていただきたいのです」
エリーヌは柔和に笑みを浮かべて、皆にそう言い聞かせる。
これは、エリーヌ達以外のサロン構成員が仲良くなるための時間でもあるのだ。
それに加えて、もう一つの考えがある。
「とはいえ、ベルト一人に仕切ってもらうのは大変だろう。そうだな……ソフィ」
「は、はい」
クロエに呼ばれ、風紀会の前列に座っていたソフィは立ち上がって返事をした。
「私の代わりに、話し合いの取り仕切りを任せたい。ベルトと一緒に、意見を募ってくれ」
「……! はい!」
クロエ直々の御指名に、ソフィは元気よく返事をした。
「では、わたくしとベネディクトの代わりを、アンリエットとマリアンヌに任せましょう。ソフィさん達と一緒に、この場を取り仕切ってください」
「はい」
「畏まりました」
ソフィに、アンリエットとマリアンヌ。三人とも、来年最高学年となる者達だ。
加えて、彼女たちはエリーヌ達代表者とも親しい間柄で、サロンの中でも才覚は突出している。
要するに、来年はサロンの代表となるかもしれない生徒たちなのだ。
そういうわけなので、後進を育てるという目的でもって、話し合いの場を仕切るという役を任せたわけだ。
「私たちはこの教場の準備室を借りて話し合いをする。その間、皆もここで話し合いをしてくれ」
「くれぐれも、"仲良く"ね」
クロエの言葉に続いて、エリーヌは釘を刺すように付け加えた。
そうして二手に分かれて、今日の集会は始まった。
***
大きな教場には、教材を置いておくための準備室がある。
半ば物置に鳴っているその場所を借り、そこに置いてあった椅子と机を並べて、エリーヌとクロエ、そしてベネディクトとアンナは集まった。
「向こうは、大丈夫でしょうか……」
「きっと大丈夫! あの子たちだって、次は最高学年だもん」
不安げに教場に繋がる扉を見たベネディクトをアンナが宥めた。
「ま、何かあれば私たちがカバーしたらいい」
「そうね。まだ練習ですから」
「それもそうですね」
ベネディクトの心配を杞憂としたところで、四人は話し合いを始めた。
「で、役割分担についてなんだが……」
クロエがそう言って、持っていた紙を広げる。
そこには、大会の準備に必要な役割が箇条書きに記されている。
必要なのは、『演者』『小道具制作係』『衣装制作係』『脚本制作係』等。
「どれにしても、まずは演劇で何をするかによって変わりますね」
リストを眺め、ベネディクトが腕を組んだ。
その通り、具体的な内容が決まらない限り、役割というのも決めづらい。
しかし、それらのことについては前夜、既にエリーヌとクロエが気付いている。
「全員にそれなりに参加してもらうって言っても、例年低学年はやることが少ないだろ? 大多数の生徒は、小道具制作や会場設備なんかの細かな作業をお願いすればいいと思うんだが」
「そうですね。各作業に高学年の代表者を立てて指示すればいいでしょうから」
クロエの案に、エリーヌは乗っかる。
ここでするべきは、今後の動きの大筋を決めること。
細かく役割分担をするのではなく、エリーヌとクロエがどのように今後の準備を進めていくかという道筋を、ベネディクトとアンナに共有するための場だ。
「ま、どうせ私たちは演者に立てられるんだろうけど……」
半眼になりつつ諦めた様子で、クロエがぼそりと呟いた。
「意外ですね。てっきりクロエさんは、そういった場では積極的に前に出るのかと思っておりましたが」
「んっ……」
ベネディクトの指摘に、クロエは言葉を詰まらせる。
気が抜けていたのか、彼女の本性の一部が露になっている。
エリーヌは「確かに……」とさもベネディクトの意見に同調するような表情をしつつ、脇が甘いぞと指摘するように机の下で小さくクロエの足を蹴った。
「あー、知らなかった? クロエってこう見えて案外目立ちたがりじゃないのよね」
アンナが肩を竦めて、意図せぬフォローをクロエに送った。
「前に出るのは得意だけど、別に好きじゃない、みたいな?」
「おい、変な事言うなよ」
言葉を続けるアンナを、クロエは肘で小突く。
だが内心、彼女に感謝していることだろう。
とはいえ、このまま深堀されていては、エリーヌもぼろを出しかねない。
「まあ、わたくし達が演劇においてどのような役割を言い渡されるかは分かりませんが、どちらにせよわたくしたちの手は常に開けておくべきでしょうね」
話を変えるべく、エリーヌは話題を役割分担へと戻した。
「ああ、そうだな。劇の内容について擦り合わせないといけないし、全体の指揮も取らなきゃならない」
そう言いつつも、クロエは頭を掻いた。
「とはいえ、私は実行委員があるんだよな。そっちの話し合いも、主にサロン集会の時なんだが、そん時はそちらさんに指揮をお願いすることになるかもな」
クロエはそう言ってエリーヌを見た。
以前は彼女たちの手が埋まれば、全体の主導権を華月会が握れるかもしれない、などと華月会の中で言われていたが、いざそうなると人手が足りず困る。
そうなると、特にクロエには苦労を掛けるわけだが。
「それなら大丈夫よ、クロエ。実行委員の話し合いは、私が行くわ」
「えっ?」
そう言って手を挙げたのはアンナだ。
「実行委員への指示出しは主にあたし。クロエは、大会の準備に専念して。なんてったって、主役かもしれないんだし」
アンナはそう言いながらウインクをした。
彼女のその発言にクロエは苦い表情をし、思わずエリーヌとベネディクトは笑いを洩らす。
順調に、大会の役割も演劇も、役者は揃っていく。




