第86話 第三回サロン交流会
皆から表面上でも賛辞を頂けたところで、本格的に第三回サロン交流会が始まった。
教場には立場を逆にする者達が二手に分かれて座り、その視線の先の教壇で、二人のサロン代表者——およびこの学校における二大巨頭の代表者が並び立つ。
上手く皆をまとめ上げ、この場で必要な結論を出すというのが、今日二人に課された課題である。
「今回はこの私、クロエが議長を務めさせていただく。しばらくの間は、この教場で2サロン合同でサロン集会を執り行うので、心に留めておいてくれ」
『今回』と明言しておくのは大事だ。何も常にクロエがリーダーというわけではないとはっきりしておかねば、先程の演説は無意味になる。
「なので今日は、交流会と銘打たれてはいるが、今後の事を考える会議の第一回としたい。異論があるものは?」
前夜、エリーヌとクロエは互いの派閥での交友を深めるべく、レクリエーションでもすべきでは? と思いついたが、検討の結果いらぬお世話だと結論が出た。
仲良くしろ、と言わんばかりの表面的な交流は、かえって反感を買いかねないという考えに至ったのだ。
であれば、端から本格的に話し合い、逃げ道を塞いでしまった方が良い。いっそその方が、協力的になるだろう。
幸い、そうした考えの元発せられたクロエの問いに、意見する者はいなかった。
「異論はないようなので、早速本題に入る。まず初めに決めるべきは、私たちが大会にて披露する『催し物』、その題だ」
クロエの言葉が発せられたのち、ベネディクトが黒板に『催し物 案』と文字を書いた。
「従来であれば、何を披露するかは上級生が集まって決める。だが、せっかくの交流会だ。今日は是非、皆から意見を募りたい」
議長としての真面目な表情から少し崩した笑顔で、クロエは周囲を見渡した。
彼女の言う通り、本来であれば上級生が集まって決めた催し物に、後輩たちは否応なく従って準備を進める。
その恒例に何か恣意的なものが含まれているわけではない。単にその方が速く物事が進む上ためであったり、上級生には経験値があるからであったり、様々だ。
そんな従来の型を破り、今回は上級生下級生関係なく、また貴族平民に関わらず、意見を募ることにした。
意見の言い合いができる場を作るのは、エリーヌ達二人の立場からすれば挑戦的だ。
しかし、そうした場を作り、『意見したい』という念を発散させることもまた必要。
「最終的には多数決になるだろう。だからこそ、皆が率先してやりたくなるような案を、より多く挙げてほしい」
「過去の例を参考にしても、あるいは過去に例のない奇を衒ったものでも、何でも構いませんからね」
クロエとエリーヌが交互に言う。
二人の発言を聞いた参加者たちは周囲の者達と言葉を交わし、教場は騒めいた。
「はい!」
その騒めきの中、一人の参加者が手を挙げた。
華月会に所属している、高等部の二年生だ。
先陣を切った、勇気ある挙手である。
その勇気ある行動に、周囲は一度静まる。
「まず前提としてお聞きしたいのですが、我々の会場は『講堂』でお間違いないのでしょうか」
立ち上がってそう質問してくれた二年生に、クロエとエリーヌは同時に頷く。
「ああ。その認識で間違いない。すぐにでも希望を出せるよう、書面の用意もしてあるからな」
クロエの言葉に、『おお』と周囲が少しどよめく。
華月会も風紀会も、その点において心配があったために、今の協力関係になったのだ。
「ではやはり、作品の展覧会などがよろしいのではないでしょうか。広い講堂を有効活用し、また多くの人に楽しんでいただけます。目新しさはありませんが」
二年生はそう言って案を出した。
やはり、という詞が付くのは、以前にも何度か行ったという例のある意見だからだ。
画期的ではないが、最も理にかなっている。文化芸術大会という行事の軸を捉えており、広い『講堂』で行うという利点を生かしている。
「いや、貴重な意見だ、ありがとう。私たちが得られる好条件を最も生かした、良い案だ。皆もこういう感じで、どんどん意見を出してくれ」
大々的に行おうと考えている催し物としては無難すぎる意見だが、考えるきっかけとして発案者の彼女は良い仕事をしてくれた。
その点をしっかりと賛辞しつつ、クロエは他の意見を募る。
「はい!」
「どうぞ」
今度は風紀会の方から手が上がる。
先陣を切ってくれた者のおかげで、積極的に意見が出るようになった。
「来場者に軽食を提供する、カフェテリアなんてどうでしょうか。去年どこかのサロンがやっていて、とても人気だったので」
いかにも『やってみたい』という興味のありげな表情で、風紀会の生徒が案を出してくれた。
客を相手に、飲食物を提供する。多くの人が体験できるものではないだろう。
ただ、『給仕をする』というイメージが付いているからか、華月会側からの反応は悪い。
「確かに去年の星月会の出し物は、とても人気でしたからね。面白い案だわ」
華月会からの不満の声が上がる前に、エリーヌが積極的に案を受け止める。
最終的には多数決で決めるのだ。案はその内容に関わらず、多ければ多いほどいい。
であれば今の内は、どんな意見でも肯定するべきだ。
黒板に『・カフェテリア』という文字が書き加えられる。
「他に何か案のある者は?」
クロエの問いに、今度は複数人から手が挙げられる。
「順番に聞こう。まずは……」
対するサロンが集まった会議は、順調な滑り出しを見せた。
***
その後も、講堂で行う催し物の案は多数出た。
過去に例のある『楽器演奏会』や『絵画展』の他、『迷路を作る』という、過去に例のない奇想天外な意見も出た。
やはり画期的な意見というのは鮮烈で、印象に残る。
いくつか懸念点はあるものの、面白い意見として周囲からは受け止められた。
そんな意見もあってか、また他に思いつく意見が減ったからか、他に手を挙げる者がいなくなった。
「そろそろ、決を取った方が良いかもしれませんね」
「そうだな。もういい時間だ」
教場に備え付けられた大きな砂時計の砂の残量を見て、二人はそう言い合った。
「ではそろそろ決を採りたいと思う。最後に何か案が思い浮かんだ者は居るか?」
クロエがそう声を掛けると、周囲はきょろきょろと辺りを見回した。
もう意見はないか、という空気が流れ始める。
「……はい」
そんな空気の中で、華月会の中から手が上がる。
並んだ席の中でも片隅に座っている、低学年の少女だ。
「どうぞ。遠慮なく言ってくれ」
今までは高等部生が中心に手を挙げていたので、中等部と思われる少女は遠慮気味だ。
勇気を出してくれたその少女に、クロエは柔らかく笑いかけつつ、指名をする。
その笑みを受けた少女は、少し顔を赤らめつつ、おずおずと立ち上がった。
「その……演劇、というのはどうでしょうか」
「ほう、演劇」
ありそうでなかった意見に、周囲は興味を持つ。
「講堂なら、鑑賞会や演説の為に、舞台がありますし。それに、代表者のお二人が主演を務めるとあらば、たくさんの人が見に来られるかと存じます……!」
「あ……私たちが?」
流れるように主演としての白羽の矢が立てられ、珍しく少し戸惑い気味にクロエが聞き返す。
しかしその発言により、周囲はやおら活気づく。
「エリーヌ様とクロエさんが主演……!」
「麗人二人が劇を!?」
「素敵!」
掻き立てられる想像に、周囲の熱はさらに上がる。
その熱量に、クロエは困惑の表情を隠しきれていない。
彼女の性格から察するに、「自分が主演で何が良いんだ……?」などと思っているのだろう。
それが分かっているエリーヌは、時折向けられるクロエからの助けを求める目を見て、必死に笑いを堪える。
「先輩!」
「な、なんだ? ベルト」
どよめく周囲の声を遮って、風紀会の一人が勢いよくクロエを呼んだ。
背丈や座っている場所から見るに、恐らく先ほどの少女と同じ学年ぐらいの中等部生だ。
「私、脚本書けます! 父に師事すれば、とても良いものができるかと!」
彼女は目をキラキラと輝かせ、勢いよくクロエに向かってそう言った。
「ああ、そうだな。ベルトのお父上は確か、ベルモンド……」
『ベルモンド・ルノー!?』
クロエが言い終わる前に、華月会の数名が驚きの声を上げる。
中には驚きのあまり立ち上がったものも居るほどだ。
そのあまりに力強い声に、言葉を遮られたクロエがビクリと肩を揺らしている。
「ま、まさか、あの脚本家"ベルモンド・ルノー"様の御息女で……!?」
その立ち上がった一人であるフロランスが、わなわなと震えながらベルトという少女にそう問う。
「『アベルの姫君たち』や、『ローズ園のセレナーデ』を手掛けた、あの、天才ロマンス劇作家の?」
「は、はい!」
ベルトはそのあまりの勢いに気圧されつつも、コクコクと首肯した。
『きゃあっ!』
彼女の肯定に、先ほどまでの騒がしさとは比にならない程、大きな歓喜の声が上がる。
その声というのが、華月会のメンバーほとんどから上がっているのだ。
恐らく、演劇という案を出した少女は、それを知っていたので考案したのだろう。
その勢いに風紀会の方は困惑している様子だ。中には、メンバーの一人が持て囃されて嬉しいのか、したり顔をしているものも居るが。
「ま、まさか彼に御息女が……それも、この学校にいたなんて!」
「エリーヌ様、この機を逃してはいけませんわ!」
「ふふっ、そうね」
役者が自分だと思うと彼女たち程の熱量は湧いてこないが、エリーヌも意見には同意である。
「……じゃあまあ、時間も押してるし、多数決を取ろう。皆一度、顔を伏せてくれ」
クロエは未だ騒がしいままの大衆にそう呼びかける。
集団の圧力に押されないための配慮だが、もはや意味は無いだろう。
「まずは、展覧会が良いと思う者、手を——」
そうして順番に挙手を求めるが、その手を数える必要はなかった。
全会一致で、催し物は『演劇』に決定した。




