第85話 周到に飾る
文化芸術大会に向けて開かれる、第三回サロン交流会。
華月会は、今まで敵対していた風紀会と組むことに決定した。
他サロンから交流申請を断る際には、どこのサロンと組むことに決定したと知らせるのが礼儀になっている。
なので、華月会と風紀会で交流会が行われるということは、周知である。
当たり前だが、学校内では話題になっていた。
大会を期待する声や、敵対する二頭サロンが交流することに不安を覚える声、あるいは失望する声も上がった。
いろんな意見があることなど、前々から分かっていたことだ。
肯定的な意見を増やすためには、文化芸術大会を成功させねばならない。
その為には今日の交流会を、有意義なものにする必要がある。
「交流会会場はこちらです!」
「華月会の人は窓側の席に、風紀会の人は廊下側の席に座ってください!」
会場は風紀会の希望で、北第一教場に決まった。
『教室』よりも大きい『教場』で、かつ一番大きなところだ。
人数としてはさほど多くないが、妙な争いを避けるべく、適度に距離を取るようにという配慮である。
「中等部二年生の授業が長引いているようです。彼女たちが集まれば、全員です」
「ありがとう、ベネディクト」
ベネディクトが出席を確認後、エリーヌに報告をした。
席は境界線を持って埋まりつつある。
「では、クロエさん。交流会を始める前に、先んじてわたくし達だけで準備をしましょうか」
エリーヌが立つのは、教場の教卓の前。
「おう。そうしておくべきだな」
そして彼女の前で同じく教卓の前に立つのは、クロエ。
華月会代表、風紀会代表としての、正式な対面である。
二人は昨夜、今後の活動をより良いものにするため、つまり今日行われる交流会をなるべく穏便に済ますための策略を練った。
ついで、二人の関係性を、他者へ明らかにさせないための対策も。
結論として、何をするにしてもなし崩し的に行うのは危険という意見に至った。
関係を露呈させないためにも、まずは公の場で、今後何をするのか擦り合わせを行うべきである。
というわけで、交流会を始める少し前に、今後の為の準備をしようというわけだ。
「と、その前に一つ。……ソフィ」
「あ、はい!」
そう言ってクロエは、彼女の後ろに立っていたソフィを呼んだ。
呼ばれた彼女は歩みを進め、エリーヌの前に立つ。
「あの……エリーヌさん。この前は本当に、ありがとうございました」
エリーヌの前に立ったソフィはそう言って、頭を下げた。
「まあ。いけませんわ、頭を上げてください」
「いえ! これだけじゃ、感謝は尽きません」
「わたくしにも落ち度があっての事ですわ。感謝など」
ソフィの謙遜に、エリーヌもまた謙遜する。
彼女は、例の監禁事件での脅迫をエリーヌが解決してくれたことに対し、感謝を述べているのだ。
だが、起こしたのはエリーヌ側の人間で、いわばマッチポンプ。
過剰な感謝は申し訳がない。
「あれから、大事無いでしょうか」
下げられた頭を上げてもらうためにも、エリーヌはそう聞いた。
「はい。お客様が減ることもなく、むしろ増えたぐらいで……それに、あんな額の小切手までいただいて、申し訳ないくらいです。いつか必ずお返しします!」
「いえ。あれは慰謝料のようなものですから、お気になさらず」
エリーヌはそう言って柔らかく笑う。
あれから彼女の事はクロエ伝いに聞いていたが、本人から現状を聞けて、なお安心した。
「今回の交流会、ご一緒できて嬉しいです。私も精一杯お手伝いするので、よろしくお願いします」
「ええ。一緒に大会を良いものにしましょうね」
「はい!」
とても素直で、爽快な態度だ。彼女の優しい人柄が分かる。
彼女のエリーヌへの感謝が、本物だとはっきり分かる。
そんな感謝の意に水を差すようだが、これはおそらくクロエの采配だろう。
皆が見ている前で、かの事件の当事者であったソフィとエリーヌが仲良く話す。
事件について詳しく知らない者達の心証が、多少なりとも良くなったはずだ。
「じゃあソフィ、席に。始まるまでの間、周りの奴らの面倒を頼む」
「うん!」
クロエにそう言われ、ソフィはぺこりと頭を下げつつ、風紀会の皆が座っているところに戻って行った。
「じゃ、挨拶もほどほどにして、この会について話し合おう」
クロエはそう言って、ポケットから一枚の紙とペンを取り出し、教卓に置いた。
「くだらん詮索や、位置付け格付けは互いに止そう。無駄に時間を食うだけだ」
「ええ、もちろん。分かっておりますわ」
二人の関係から、本来はこんなことを確認し合う必要などないのだが、生憎とここに居るのは二人だけではない。
大事なことを前置く事を忘れず、本題に入る。
「先ず、ある程度スケジュールを定めておきたい。こっちは実行委員があるから、目安としてでも日程を決めておきたいんだ」
計画的に物事を進めるためには、計画を立てなければ始まらない。
しかし、そんなことをわざわざ大衆に決めてもらっていては始まらないので、エリーヌとクロエのみで決めておく。
「そうですね。意見が纏まらない場合もあるでしょうし、あらかじめタイムリミットを決めておくのは大事ですね」
「ああ。日程通りに進めるよう、そっちも周囲に配慮してくれ」
「分かりました」
大会当日まで、残り二週間と少し。
それまでに催し物の内容を決め、役割分担をし、準備を整えなければならない。
「差し当たって、今日の交流会では催し物の内容を決めたい。今週が予算案の提出期限だからな」
「なら、今日に限らず、今週いっぱいはこの教場で、合同でサロン集会をしましょう。今日は催し物を、明日は役割分担を決定。明後日あたりに、必要な道具等予算にかかるものをリストアップ、というのはどうでしょう」
「そうだな。来週には、本格的に準備に入りたい」
そう言って、クロエは紙に決めるべき事項とその期限を、余白を開けつつ箇条書きに記した。
「で、司会進行はどうする?」
クロエが真っ直ぐとこちらを見て、そう聞いてきた。
答えによっては、角が立つ質問だ。
「今回は、主にクロエさんが司会をしてください。わたくしよりも、声が通るでしょう?」
「私が主導になっちまうぞ」
「もちろん、わたくしも諸所で声を出しますが、副議長という形で構いません。申請したのは、こちらですから」
「なるほどな。ま、塩梅は任せる」
争いは起こさせない。それは先ほど声に出して、両者ともに確認をした。
二人のどちらが上に立つ立たないの話はしない。
あくまでバランスよく、どちらも前に出る必要がある。
とはいえ、協力を頼んだのは華月会。ある程度の風紀会優先は必要だ。
「ねえ、全員揃ったみたいよ」
会場前で名簿を確認しに行っていたアンナが、そう言って帰ってきた。
「分かった、そろそろ始めよう。アンナ、お前は議事録を頼む」
「では、板書はベネディクトにしてもらいましょう」
「畏まりました」
代表者とそのお付きは各々役割分担を終え、位置に着く。
いよいよその時がやって来た。
「静粛に!」
クロエの声が響く。
「これより、第三回サロン交流会を始める」
彼女の宣言により、交流会は始まった。
緊張の面持ちで座る者。期待の眼差しを向ける者。警戒心を露にする者。
多種多様な感情を持って、ここに居る者達は教壇に立つクロエを見た。
「予定通りに開会できたことに対し、まずは礼を言う。みんな、良く集まってくれた」
「わたくしからも。皆、本当にありがとう」
内心否定的なものも居ただろう。それでも約束を違わず皆が集まってくれた。
代表者として、大衆に礼は尽くすべきである、という考えは二人共すぐに一致した。
そしてそれを、両者に平等に与えるという姿勢が必要であるということも。
「分かっているとは思うが、今回は対する意見を持つ者達が集まり、文化芸術大会を行うことになった」
司会がクロエであることは、あえて明言しない。
空気の読み合いと見せかけつつ、決まりきった台本に沿い、話は進む。
「先んじて明確にしておく。これは、『協力』だ」
クロエのよく通る声が、教室内に響き渡った。
「本年度は、この聖リリウム女学園が創立されて、20周年となる祝いの年、記念すべき年だ。となれば、フロスティア大学校として開催されるこの大会で、主役になるべきは、我々リリウムの生徒!」
彼女の力強い言葉が、この教場に集まっている全員の耳に届く。
「そしてこれは、学園全体の総意だ! 異論がある者は居るか!?」
その問いに対し、手を挙げる者はいないだろう。
この力強い意見に対し、外よりも内輪の争いが大事だ、などと消極的な意見は出せまい。
だからこそこれを、あえて『総意』だと称し、意見が一致していると表す。
演説としては初歩的だが、重要なテクニックだ。
「であればこそ、平時なら意見を違う者達も、手を取り合うべきだ。互いの持つ者を差し出し合い糧とする、『協力』が必須だ」
彼女はそう言って、教壇を降り、教卓の前へと歩みを進める。
「その協力を、私は、『お願い』申し上げる」
クロエが体を向けたのは、窓側の席。
普段彼女と意見を違える者達が座る席。
その向きのまま、彼女は胸に手を当て、騎士式の礼をする。
その姿を見て、エリーヌは思わず口角を上げる。
淑女のカーテシーではないのは、わざとだろう。
彼女は己の見せ方を分かっている。
事実、口元に手を当て、見惚れる華月会の生徒が数名いる。
(負けてられないわね)
エリーヌもまた、歩みを進め、廊下側の席の前に立つ。
「異なる意見を持つことは時に、互いに新たな発見をもたらし、発想の資源となりましょう」
真っ直ぐな力強さがクロエの強みならば、美辞麗句を並べ着飾るのが、エリーヌの強み。
「花の種も服の色も、一つ二つではありません。多様であればこそ、鮮やかに彩ることができます。まさしく、文化芸術大会の本質ではないでしょうか」
事を動かすにはまず、事を綺麗に述べる。
綺麗事こそ、世を動かす第一歩だと、エリーヌは考える。
「意見を変える必要はありません。ただひと時、どうか皆様のお力添えをお願いいたします」
そう言って、エリーヌはスカートを摘まみ、洗礼されたカーテシーを見せる。
これが、自らの魅せ方だと言うように。
そして、この場で同じ時間を過ごしている者達は、その熱量に当てられる。
「パチパチパチ」
誰かが拍手をする。
その響きは段々と大きくなり――
『パチパチパチ』
全会一致の拍手となった。




