第84話 万全を期す
帰宅後。
いつもの如く部屋に集まって、エリーヌとクロエは向かい合っていた。
エリーヌはクロエに、ベネディクトから華月会全員に至るまで、風紀会に申請することに対して賛成を貰ったことを報告した。
「なるほど、『20周年を大々的なものにするため』、か。良い文言だな」
「生徒会にも何か要求できるかもしれないでしょう? 貴女達サロンへの申請書にも書いておいたわ」
「ならあたしも、その言葉を使わせてもらうか」
馬鹿正直に『講堂の使用権を得るため』などと言って、交流申請はできない。
『この前の借りを返すため』、『華月会と風紀会が協力し、文化芸術大会を大々的なものにするため』というような言葉を奇麗して、申請書を風紀会に出しておいたのだ。
「じゃ、あとはあたしらが申請書を受理するだけだな」
「説得はできそう?」
「今日、それとなく布石を撒いておいた。明日の午前中には返事を出せるだろうよ」
「お願いね」
エリーヌはそう言って紅茶を口に含む。
久しぶりにおいしく紅茶を味わっているような気がする。
「あとは、他サロンへの説明ね。貴女もしておくべきだわ」
「それについても、今の理由で良いだろ。ロザへの対抗意識を煽って、他のサロンの士気も上げる。私らが組む言い訳にもなる。一石二鳥だ」
クロエの飄々とした笑みに、エリーヌもまた笑みを浮かべる。
思いの外うまく事が進んだ。
勿論、密かに反対の意を持っている者が反旗を翻すかもしれない。
しばらくは内輪の人間にも警戒する必要がある。
余談だが、集会の時にはもちろん、『この提案を風紀会が受け入れてくれるか?』という懸念が上がった。
エリーヌはクロエがそれを受け入れるために尽力してくれることを知っていて、受けいれられることを確信しているが、もちろん周囲には『それに関しては賭けだ』と答えておいた。
明日までに返事がないようなら、湖白会へ直接話をしに行くか、同派閥のサロンで妥協をするとも。
クロエの様子を見る限り、そんなことにはならないだろう。
「湖白会については大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。貴女達と組むということそのものが、湖白会への警告。裏切りを見逃すことはしない、というね」
「おお、怖い怖い」
「貴女が情報を流したのでしょう?」
種をまいたのはクロエだ。
情報源について、鋭いベネディクトから指摘があったが、適当に暈しておいた。
「さて。それでは差し当たって、交流会について考えないといけないわね」
「そうだな」
姿勢を正し、次の話題に入る。
これで、風紀会と組むことはほとんど確実となった。
次に訪れるのは、第三回サロン交流会だ。
今まで敵対していたサロン同士。考えられる問題は多数存在する。
だが、最も警戒すべきことが一つ。
「……まずあたしらが、ボロを出さないようにしないとな」
「そうね」
一番の問題。
それは、今まで極力話さないよう、接触しないようにしていた二人の恒常的な接近。
今までも何度かあったが、今回はそれとは比にならない回数と期間接触をする。
「貴女。学校のわたくしの前で、一人称を『あたし』にしないでね」
「そりゃ学校でも気にしてるから大丈夫だ。それよかお前、間違っても学校であたしの事犬扱いすんじゃねぇぞ」
「あら……? そんなこと、一度でもしたことがあったかしら」
「とぼけやがって……」
不服そうな表情のクロエに、エリーヌはくぐもった笑い声を洩らした。
「冗談はともかく、極力二人で話さないのが一番ね。たとえ二人っきりでも」
「そうだな。相談事なら、いつものメッセージ交換ですればいいし、何なら帰ってきてからでもできる」
今までもしてきたことだが、結局のところ一定の距離を保ち、接触を少なくするのが一番だ。
会話の機会が増えれば増えるほど、秘密が露呈する確率も上がる。
「どうする? 一番初めのサロン交流会の前みたく、話す内容を決めておくか?」
「でも、キリがないわ。その場その場で対応するしかないでしょう」
「演技力が試されるってか」
「そうね。でも、今までやってきたもの。なんとかなるわ」
かれこれクロエと結託してから半年以上が経った。
始めの頃とは違い、今は経験値がある。
それを生かすしかない。
「それと、これはお願いなのだけれど、出来れば『協力』『平等』という体制を崩さないでいてほしいの」
エリーヌはクロエに乞うようにそう言った。
「そりゃあ、なんだか過ぎたお願いじゃないか? 一応、こっちが申請されたってことに変わりはないが」
「協力体制に馴染めば、いずれ否応なく平等になるとわたくしは思っているわ。けれど走り出しで争ってしまうと、協力体制そのものが怪しくなって、皆疑心暗鬼のまま協力ができなくなってしまうと思うの」
エリーヌの言葉に、クロエは腕を組む。
協力してもらっておいて過ぎた願いだが、始めは重要だ。
今現在、華月会が風紀会に協力を申し入れたという関係だ。
つまり頼まれたのは風紀会。となれば、華月会はある程度風紀会を立てる必要がある。
だが、あまり大きく出られると、エリーヌとしては華月会の人間が風紀会に反感を持ちかねない。となれば、また周りを説得する必要がある。
風紀会全体を纏めてもらうには、風紀会の代表者であるクロエに、それらしい立ち振る舞いをしてもらう必要がある。
今後のスタンスが、この交流会におけるエリーヌとクロエの立ち位置によって変わると言っても過言ではない。
「それもそうだな……」
クロエは納得したように頷いた。
「要は序盤は争わないよう、周りにも気に掛けろってことだろ?」
「ええ。言い争いを起こさせないように、細心の注意を払って」
「分かった」
「もし議長などを決める必要があるのなら、その時は貴女に譲るわ」
お互いに注意すべきことは決まった。
「交流会の会場はどうしましょうか」
「板書をしたいから、今回は学習館じゃなくて教場が良いな」
「それじゃあ――」
二人は夕食の時間まで、交流会について長らく話し合った。
***
後日の昼休み。
「エリーヌ様、見てください!」
サロンへの投函物が入った小さなポストから、ベネディクトが一通の手紙を取り出し、それを見て目を輝かせた。
「風紀会から、申請の返事が返ってきました。『申請を受理し、交流会をこのにサロンで行うことを決定する』、と!」
開かれたのは、第三回サロン交流会の申請書。
差出人は風紀会。
クロエは上手く周囲を説得できたようだ。
「まあ。良かったわ、受け入れてもらえて」
「ええ。安心しました」
風紀会が受け入れてくれるかどうか。
全員がエリーヌの案に賛成してくれた今、華月会の人間にとってみれば、そこが一番の心配だった。
これで、湖白会に直接頭を下げに行く必要も、他のサロンと組み、講堂を得られるよう神に願う必要もなくなった。
ベネディクトが一安心といったように胸を撫で下ろしたので、エリーヌも同じく安堵の息を吐く。
「それじゃあ、申請が受理されたことですし、他サロンへお断りの返事を送りましょうか」
「はい。どのように説明しましょうか」
「『文化芸術大会を、20周年ということで盛大したい。協力を』と。きっと風紀会の方も、申請が来ていたサロンにそう送っている事でしょうから」
「それが一番良いでしょうね」
昨日、クロエと話し合ったことだ。
湖白会云々の話を外にするのは野暮だろう。
ならば、大義名分を語るしかない。
「ついでに、ロザへの対抗心を煽っておきましょうか」
「そうですね」
もしかしたら、他のサロンから反発を受けるかもしれない。
念には念を入れ、反発の矛先を提示しておく。
それでも納得しない者もいるだろう。
最も手っ取り早く、多くの生徒に自らを賛同してもらうには、この協力体制における催し物を成功させることが必須だ。
まずは、サロン交流会。
風紀会との、交流である。




