第83話 説得
「それで、エリーヌ様。この件について、皆にはどのように説明いたしましょうか」
一限の授業が終わった後、次の教室に移動しながら、エリーヌとベネディクトは話し合っていた。
サロン交流会の申請。それを、風紀会にしようという案について。
しかしそれを実行するためには、華月会のメンバーから賛成を貰わなければならない。
敵対しているはずの風紀会と組む。皆手放しで喜んだりはしないだろう。
エリーヌの意思のみで強行突破すれば、また以前のようにエリーヌの失脚を狙うものが派閥内部、ひいては華月会の中に現れるかもしれない。
手近な者達の信頼を失うかもしれない。
そうならぬよう、慎重に動く必要がある。
「いくつか言葉は用意しているわ。……けれど」
「けれど?」
エリーヌの逆接の言葉に、ベネディクトは首を傾げる。
「先程ベネディクトは、わたくしの意思を聞いて、わたくしの案を飲んでくれたでしょう?」
「はい」
様々な反論を並べつつも、ベネディクトは風紀会特務という案について、最終的に頷いてくれた。
「なら、やはり重要なのは、わたくし自身の意思。まずは素直に話をしましょう。わたくしが、どうしたいのか」
「それが良いかと思います」
説得力を増すために理屈や言い訳を捏ねるよりも、己の考えをそのままはっきりと言った方が、印象は良いはずだ。
納得してもらうためには、時に感情論も必要だろう。
しかし、それだけというわけにはいかない。
「あとは、この交流会における湖白会の動向。加えて、風紀会と組むことのメリットをもう一つ」
「メリット、ですか」
「ええ」
湖白会を出し抜くためには、風紀会と組むのが合理的。
しかしそれだけでは、風紀会と組むことのデメリットとは釣り合いきれないだろう。
なので、別の視点でメリットを話す。
「今年度はリリウム創立20周年。生徒会は恐らく、今まで以上に気合を入れて集客を試みるでしょう」
文化芸術大会では、毎年度リリウムとロザで見えない火花を散らして競っている。
今年度はリリウムにおける特別な年。記念すべきものにするために、生徒会は奮闘するだろう。
「であれば競うべきは風紀会ではなくて、ロザ学園。争う二大巨頭のサロンが手を組めば、どうなるか。あるいは講堂の使用権以上のものを生徒会に要求できるかもしれないわ」
エリーヌは口元に人差し指を立てつつ、ウインクをしてそう言った。
「なるほど! それは盲点でした。皆を説得するだけでなく、風紀会に交流会申請をする際にも、使えそうです」
「そのつもりよ」
対抗すべき風紀会と手を組む。そう思っている内は、反対意見が出るだろう。
だが矛先を向ける相手を変えたらどうだろうか。
ロザと対抗するために、二大派閥が手を組む。湖白会を出し抜くためだけの消極的な策ではなく、大会をより良いものにするための積極的な策。
そう伝えることができれば、熱意を持って賛成してくれる者も現れるだろう。
「まずはこれらの事を、アンリエットとマリアンヌに伝えてみましょう。彼女たちの反応を見てから、他の者達にも提案しましょう」
教室に入り席について、エリーヌはベネディクトにそう言った。
「交流会の申請期限を考えると、今日中に申請を出さなくてはなりませんね」
「そうね。少し急いで事を進めましょう」
そう言って、二人は授業が始まるまで、皆にどう説明するかを考えた。
***
時は過ぎて、お昼時。
今日は早めに食堂へ向かい、人気の少ない隅の席を陣取って、エリーヌ達は昼食を取った。
そして食事を終えた後、エリーヌとベネディクトは、アンリエットとマリアンヌに、例の交流会についての策を話した。
授業の合間、どう説得するかをベネディクトと綿密に話し合い、その流れの通りに提案をした。
「なるほど。風紀会と、ですか……」
二人は真剣に話を聞いたのち、各々考え込んだ。
「湖白会の動向を鑑みれば、妙案かと思います」
「ですが、風紀会ですよ? 我々から申請するだなんて……」
アンリエットは肯定の意を。マリアンヌは懸念点を上げた。
「それに関しては、致し方がないわ。向こうから我々に申し入れをしてくることはないでしょうし、借りがあるのも事実だもの」
「それは、エリーヌ様の尽力で、お返ししたと伺いましたが……」
「わたくし達の間では、ね。周囲には見えていないでしょうから」
ソフィの件を上手くやりくりしたのは、エリーヌだ。それを対価に、クロエには告発をしてもらった。
救出の際にも、エリーヌ達は助力をした。当事者間では、済んだこととしてこれ以上のことは互いに求めあっていない。
だが、そんなやり取りがあったことを、周囲は知らない。
だからこそ、未だに華月会への批判があるのだ。
風紀会相手に下手に出るような形になってしまうのは、仕方がない。
「しかしそうなると、大会の出し物においても、風紀会が主導権を握ってしまうのではないでしょうか。そうなれば、我々はただの踏み台です」
マリアンヌがそう指摘する。
「それに関しては、大丈夫よ。彼女たちは実行委員の仕事という、他にもすべきことがあるから。それにわたくしも、協同はすれど主導権をすべて譲る気はないわ」
エリーヌは自信ありげにそう言った。
この点においては、エリーヌの手腕が試されるだろう。
だが、エリーヌにはクロエと会話の機会がある。それに、彼女の性格を考えれば、エリーヌを差し置いて主導権を握ろう、なんてことはしないだろう。
しかしそれを彼女たちに説明することはできないので、エリーヌは自信として外に表しておくしかない。
「言われてみれば、そうでした。彼女たちには、実行委員があるのでしたね」
エリーヌの言葉に、マリアンヌも頷いた。
「であればむしろ、こちら側が主導権を握ることができるかもしれません」
「なるほど、そこまで考えていらしたとは……流石です、エリーヌ様」
二人からの称賛に、エリーヌは苦笑した。
どうやら、彼女たちにとっては、ロザと対抗することよりも、そちらの方が魅力的に思えたらしい。
「……あのクロエさんを相手に、それは難しいかと。重要なのは、我々が協力することで、生徒会から何か対価を得られるかもしれないという点です」
居丈高になりかけている二人を軌道修正させるように、ベネディクトがピシャリと言う。
「エリーヌ様の意思は、彼女と戦うこと。これらはその為に必要な過程です。二人はそんな提案に対し、賛同を示してくれますか?」
そして、再度確認するようにそう聞いた。
「はい」
「エリーヌ様の意思ならば、よろこんで」
***
アンリエットとマリアンヌの二人は、もとよりエリーヌの最終決定に従うつもりだったろう。つまり二人の説得は簡単だ。
あとは、華月会の他のメンバーだ。
二人ほどエリーヌに心酔しているメンバーは居ない。
であれば、他のメンバーには、より説得力を必要とする。
「ただいまより、サロン集会を始めます」
授業が終わり、いつものサロン集会が始まった。
「では予てからの議題であるサロン交流会について。エリーヌ様からお話がございますので、よくお聞きください」
司会のベネディクトから指名され、エリーヌは立ち上がる。
皆、何事かと注目する。
そうしてエリーヌは、風紀会と交流会をするという提案を皆に話した。
エリーヌの意思。そうすることのメリット。デメリットの解決策。
勿論手放しで賛成する者ばかりではなかった。
そういった者達からは、きちんと意見を貰い、それに対する反論や策を述べた。
一つ一つ丁寧に不安を潰していく。
全員に納得してもらうまで。
その結果。
「それでは、風紀会に交流会の申請をすることに賛成の者は拍手を!」
『パチパチパチ!』
見る限り、手を叩かずにいる者は居ない。
エリーヌは思わず、小さく安堵の息を洩らした。
なんとか、全会一致での賛成を得ることができたようだ。




