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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
散月 文化芸術大会
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第81話 虚を衝く

 第三回評議会が終わり、月が替わって散月となった。色づいた葉が舞い散り、寒さを感じるようになってきた。制服も春秋に着る中間服から、冬仕様へと変わりつつある。


 サロン交流会を五日後に控え、交流するサロンを決める期限が差し迫ってきた。

 文化芸術大会で、最も大きな出し物をするための『講堂』を得られるのは、その年の現状のトップサロン。だがエリーヌ達華月会は、先の監禁事件で周囲の評判を落としてしまった。

 喫緊の課題は評判を上げること。評判を得るためには、大規模な出し物をしたい。しかしそのために評判がいると来た。


 となれば重要なのは、チームを組むサロンだ。

 エリーヌの元には、既にいくつか申請が来ている。しかし、エリーヌを支持する、同派閥のサロンばかりだ。

 これでは、評判を得るための重要な一手にはなり得ない。

 サロン集会でも妙案は出ず、ついには申請期限まであと四日となった。

 出された申請を承認することで、交流会の相手は決まる。申請を出してくれているサロンの為にも、明日までには意見を固めなければならない。


「よっ」


 うんうんと悩んでいると、エリーヌの部屋に、集会を終えて帰ってきたクロエがやって来た。


「あら、お帰りなさい。今日は遅かったわね」

「意見がまとまらなくてな」


 彼女はそう言って、いつもの席にエリーヌと向かい合う形で座った。


「もしかして、交流会の相手?」

「正解。お前の方は?」

「まだ決まってないわ」


 エリーヌは肩を竦めた。

 侃々諤々(かんかんがくがく)話し合ったが、良い成果は得られていない。

 思わず小さく溜息を吐いた。


「まあなんだ。こっちもちょっと議論の的ができたからな」

「議論の的?」


 首を傾げるエリーヌの前に、彼女は一枚の紙を机の上に置いた。


「これ、どう思う?」


 そう言ってクロエが見せてきたのは、交流会の申請書。

 恐らく、何枚かある申請書の内の一つだろう。

 

「……なるほど。そう来たのね」


 エリーヌはそこに書かれているサロンの名前を見て、思わず苦笑した。

 サロン名は――湖白会。


「通りで、返事が返って来ないわけだわ」


 エリーヌはそう言って、頬に片手を当てた。


 エリーヌ達華月会が組むべき相手として、最も有力であるという意見が挙がったのが、湖白会だった。

 彼女たちは鳥蝶会と並んでいた。鳥蝶会が力を失った今、エリーヌ達がチームを組むのに最も適していて、かつ無難なのは彼女達しかいない。

 彼女たちの人気と合わされば、風紀会を相手に講堂の使用権をほぼ確実に得られるであろう。

 そう思って申請を出したのだが、一向に返事がなかった。

 それもそのはず。彼女たちは別の相手と組みたがっていたのだ。


「華月会の評判が回復しきっていない今、これ見よがしに風紀会との協力を申し出、自分たちの評判を上げようという魂胆ね」

「そういうこった。あたし達と組めば、確実に『講堂』を手に入れられるからな」


 クロエはそう言って肩を竦めた。

 

 湖白会はもとより調和派だ。平民にも寄り添った考え方をする者達が集まっている。

 しかし彼女たちは、主要なイベントにおいて点を確保できていない。

 そんな彼女たちが唯一勝つ手段があるとすれば、華月会を捲るほどの評判を得ること。鳥蝶会と同じだ。

 だからこそ、華月会の評判が以前より落ちている今、そして風紀会と組む大義名分がある今が最大のチャンスだろう。


「風紀会としては、どうなの? 湖白会と組むことは、やぶさかでもないのかしら」


 エリーヌの問いに、クロエは腕を組む。


「風紀会のメンバーの意見としては、五分五分だ。賛成のやつもいれば、反対のやつもいる」


 彼女はそう言って、テーブルの中央に置かれたクッキーを手に取った。


「意外ね。湖白会は風紀会にとって、もっと好印象かと思っていたのだけれど」

「前にも言っただろ。あいつらの善意の大半は、人気取りのための上辺だけのもんだ。私達もそれを分かってる」


 彼女はそう言って、クッキーを口に放り込んだ。


「賛成の意見としてはまあ、確実に『講堂』を得られるからってのと、考え方がうちと似ているからってところだな」

「そうよね。反対意見は?」

「さっき言ったように、気に入らないってのが大きい。湖白会と組むくらいなら、別の平民派閥と組んだ方が良いってな」


 エリーヌは顎に手を当て考える。

 ここで風紀会と湖白会が組まれたら、相当な痛手だ。

 できれば避けたい。


「貴女はどう思ってるの?」

「反対だ」


 エリーヌの問いに、クロエは即答した。


「奴ら、先の監禁事件で、間違った噂を鳥蝶会と一緒になって積極的に流していやがった。大して真実を見ようともせずにな。それでもって、華月会を直接批判するわけでも、あたし達を直接擁護するわけでもなかった」


 彼女は不満を露にした表情で語った。

 前回の事件。鳥蝶会が華月会を陥れるために流した噂を聞いて、湖白会としてはチャンスだと思っただろう。

 当然だ。彼女たちは、鳥蝶会と同じ立場であったのだから。


「そんな腑抜けた奴らに、この期に及んでチャンスなんかくれてやりたくないってのが、あたしの考えだ」


 素直なクロエの意見に、思わずエリーヌは笑みを零した。

 代表の彼女が良い顔をしていないというのは、湖白会と争う立場にいるエリーヌにとって、安心できる要素だ。

 何より、彼女の真っ直ぐな正義感が清々しい。


「それに、あたしらと組みたがるってことは、奴らも評判を上げることを目的としてんだろ? なら、食われる可能性もある。あたしたちには、実行委員の仕事もあるしな」

「そうね。貴女達の評判を利用して、自らが前に出るのが真の目的でしょうから」


 風紀会と協力をする。しかし、風紀会を立てる気までは、彼女達にはないだろう。

 首席という名のトップを狙うならば、最終的には、風紀会も押しのける必要があるからだ。

 あわよくば利用したい、というのが本音だろう。


「で、どうする?」


 そう試すように言ってきたクロエの顔は、どこかにやけた笑いが張り付いていた。


「まあ。なあに、その顔は」

「いや、分かってるだろ。どうするのが"最善"か」


 今までとは立場が一転、この窓辺の席で相対するクロエの顔が余裕の表情を浮かべる。

 対してエリーヌは苦笑いだ。

 クロエが何を言いたいのか、何を最善としているのか。エリーヌも気づいている。


「――わたくし達が貴女と組む、と?」

「それしかないんじゃねえの?」


 ニマリと笑うクロエに対し、エリーヌは溜息を吐く。

 恐らくいつもと違って、決定権を持っていることがうれしいのだろう。

 してやられた気分だ。


「……もう。貴女の言う通りよ。湖白会から返事がない今、わたくし達が講堂の使用権を得るには、湖白会の裏をかいて貴女達と組むのが最善」


 そう言いつつも、エリーヌは難しい表情をする。


「でも、大義名分はない……貴女達と組むのに、この前の事件とは変わって、今度は華月会の全員に納得してもらう必要があるわ」


 要するに、説得材料がないのだ。

 風紀会と組むなど、まず間違いなく反対される。

 加えて、風紀会側にもクロエに説得してもらう必要がある。


 そして何より、少々協力のし過ぎだ。前回の事件、前々回の競技大会前の宣言、星下寄宿の野外学習の件。

 戦う相手としては、寄り添い合い過ぎている。

 エリーヌとクロエの関係が、いよいよ周りに勘付かれてもおかしくない程に。


「なら、これはどうだ? 『前回の事件の借りを返す』って名目は」


 クロエがそう提案してきた。


「あたしたち単体で確実に講堂を取れるかは怪しい。でも、できれば確実に取りたい。それが私たちの中でも目下問題にしてる部分だ。気に入らねぇ湖白会の申請を捨てきれない理由の一つ」


 真面目な表情に戻り、クロエは指を一本立ててそう言う。


「加えて、私達は実行委員でもある。ある程度デカい催し物をするなら、組むサロンもそれなりにデカくないと難しい」


 二本目の指を立て、今度はそう言った。


「そんな中で、お前達が『前回の借りを返したい、大規模な催し物をする準備がある』ってんなら、湖白会とトントンだ。それなら私の説得でどうにかなるだろ?」


 そう言って、再び彼女は飄々とした笑みを浮かべた。


「そうね。こちらとしても、メリットはあることだから、説得材料はある……」


 そう言いつつも、エリーヌはやはり難しい表情をした。

 どうしても、協力のし過ぎが頭をよぎる。


「前からお前が言ってることあるだろ?」

「なにかしら」


 唐突な言葉に、エリーヌは首を傾げる。


「『正々堂々と勝負するなら風紀会(あたし)と』って」


 確かに、前々から言っていることだ。

 クロエだけでなく、イヴェットにも言った。


「あたしも同意見だ。戦うなら華月会(おまえ)とがいい。今まで大した結果を残してない、人気だけの奴なんかと並ぶくらいならな」


 今にも噛みつきそうな狼の表情で宣った彼女に、エリーヌはまた笑みを零した。


「ふふっ。嬉しいわ、忠犬さん」

「あ?」


 いつもの調子に戻ってそう言うと、クロエは引き攣った笑みを浮かべた。


「言っとくけど、申請するのはそっちだからな! あたしらは承認する側だ!」

「ふふふっ。ええ、ええ。分かっているわ、狼さん」

「けっ……食えないやつ」


 一泡吹かせられると喜んでいたクロエだが、再びいつもの二人に戻ってしまった。

 そんな関係を外に漏らさぬよう、再び協力関係を結ぶ必要がある。


「貴女がそこまで言うのなら、頑張って説得してみましょうか」


 エリーヌはそう言って、華月会を説得するための言葉を探すのだった。

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