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魔女にされている魔法使いと七人の子どもの姿な吸血鬼たち  作者: 色彩和


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第六章 再認識と決意

 Ⅰ


 ソレイユが依頼された魔法薬を完成させたのは、それから三日後のことだった。

 一晩寝かせたり、時間を置いて別の薬草を混ぜたりと工程がいくつかに分かれていたために多少の日数が必要だったのである。その間、出かけられるわけでもなく、ソレイユは魔法薬が完成するまでに家に籠りっぱなしだった。

 何せ、魔法薬なため工程をミスしたり、少しでも目を離せば何が起こるか分からない。それこそ、本来欲しい効能が出なかったり、逆に使用して不具合や体調不良が起こったりすることもある。

 作ることになればそれなりの責任が生じる。

 そのため、ソレイユは他のことには目もくれず、ただ依頼の魔法薬を手掛けることに没頭していたのである。

 そして、完成した翌日。今朝早くから連絡を飛ばせば、その日の昼過ぎに依頼人であるシエルが現れた。意気揚々とした声で来訪を告げる。

「ソレイユくーん、魔法薬をくーださいなー!」

「……さっさと持って帰ってくれる、気色悪い」

 ソレイユは玄関の扉を開きながら、冷めた目で知人を見た。

 たまに、知人のノリについていけないことがある。今がまさにその時だ。

 もっとも、ソレイユからしたらノリについていくつもりはさらさらないのだが。

 ソレイユが冷たく返せば、シエルは口を尖らせる。ソレイユの物言いがひどく気に入らなかったようだ。

「ぶー、ソレイユさん、毎回酷くね? 僕の扱い。僕のおかげで食っていけているようなもんでしょうに」

「その話し方をまずやめなよ、普段と違い過ぎて扱いに困るから。それに、私の薬の効能が良いから食べていけているだけさ。シエルは何もしていないだろう」

「僕が、仕事を、取ってきてんのっ!」

「ハイハイ」

 ソレイユは強く主張してくるシエルの言葉を簡単にあしらう。シエルがぐぬぬ……と唸っている中、ソレイユはぽつりと零した。

「……それに関しては、一応感謝しているよ」

 そう告げればきっちりと耳にしているシエルが口元に手を当てて、目に涙を浮かべ。

「ああ、これが聞きたくて毎回聞いちゃうんだよね……! ソレイユのデレなんて、なかなか拝めるものじゃねえし……!」

「本当に、性格悪い」

 シエルのご満悦な表情に、ソレイユは顔を歪める。毎度のことながらだんだんくどいと思い始めていた。何せ、この会話自体、一度や二度の数ではない。何度繰り返されたか分からないこの会話に、ソレイユは慣れつつもあったがどちらかと言えば怒りが湧き始めていた。

 だが、シエルはニヤリと笑う。

「まあ、ソレイユだから言うんだけどさ! お前以外、ノリに付き合ってくれる奴、そうそういないし」

「別に、私も付き合っているわけではないんだけどね」

 シエルの言葉を訂正しつつ、ソレイユは肩を竦める。それから、少しだけ口元を綻ばせて。

「……まあ、シエルとの会話は気楽で良いかな」

 本音を零せば、それもきちんと聞いているシエルだ。すぐにぱあっと顔を輝かせてから満面の笑みで感想を述べる。

「それ聞けて満足っ!」

 シエルはそう言いながら嬉しそうに花を飛ばしている。

 ソレイユはやれやれと緩く首を振ってから、シエルに魔法薬を手渡した。紙袋に包んだそれを、シエルはゆっくりと大事そうに包み込む。シエルが収納魔法で魔法薬をしまっている中、シエルは暢気に問いかけた。

「この後、どうすんの? 僕もとりあえず今預かっている仕事はないけど。このまま渡しに行くつもりではあるけどね」

 ソレイユは「ああ、」と頷いてからあっけらかんと告げた。

「これから、彼らの元に行こうと思っていてね」

 その瞬間、シエルが動きを止めた。壊れたブリキの人形のように、歪な音を立てながら首を動かして戸惑いの視線をソレイユに向ける。

「……ね、念のために聞くけど、どこに?」

「決まっているじゃない。あの子たちのところに」

 ソレイユはさらりと何気なく告げるものの、気が気でないのはシエルであった。ソレイユの回答を聞いて、顔をみるみる真っ青に変化させていく。先ほどまで喜色の色を浮かべていたはずなのに、この一瞬ですごい変わりようだ。

 ソレイユはガラリと変わった知人の雰囲気に不思議で仕方がない。首を傾げて答えを待っていれば、目の前でグワリとシエルが空に向かって力の限り叫んだ。

「ぎゃあああ、ソレイユが食われる!」

「こら」

 ソレイユはシエルの言葉をすぐに窘めた。

 シエルはよく騒ぐからか、声が通りやすい。今の叫びですら、森にいた鳥たちがざわめいて飛び立っている。

 シエルの様子を観察しているソレイユの顔は不満を訴えていた。シエルがいまだに何かをぶつぶつと唱えながら、時折ギャーギャーとひとりでに騒いでいるのを見てやれやれと肩を竦める。それから、暢気に知人に声をかけた。

「というか、食われるって何さ」

 そう告げたソレイユだったが、自分で思い返してみて心当たりがあった。すぐに訂正する。

「……ああ、食われるって血を吸われることか。確かに、そう考えれば食われることになるのかな」

「そういう意味じゃないんだわ、この恋愛初心者! 危機感を覚えろって僕は言っているんだよ!」

「出禁にするよ」

 シエルの言葉に、ソレイユはむっとして顔を顰める。最終手段、「出禁」を取り出したことによって、シエルは「それだけは……!」と告げたものの、すぐにハッと我に返って言い返す。

「おいおい、マジで行く気かよ! あいつらのところに。自分で敵陣に乗り込むようなものだろ!」

「私が赴かないと、何をするか分かったものじゃないからね」

 何せ、彼らは行動力の塊だしね……。

 彼らがソレイユの来訪がないと理解すれば、今度は強硬手段に出るだろうということは目に見えていた。

 前回の話だけで、頭脳派ではなく、脳筋だということをソレイユは理解している。

 それこそ、先日の会話の中で監禁の話だって出るぐらいだ。ソレイユが今後無視して来訪しなかったことにより、この場所に戻れなくなってしまったらそれこそ本末転倒だ。ソレイユとしても、ぜひとも避けたいことであった。

「……ソレイユ、大丈夫か?」

 シエルの言葉に、ソレイユは我に返った。思案している時間が長かったようだ、シエルが不安そうに顔を覗き込んできていた。

 思わず考え込んでいたのか……。

 ソレイユはその事実を理解して肩を竦める。

「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。ただ、私がこの場所に戻れなくなったら、君も困るでしょ、シエル」

 ソレイユが普段通りに話す中、シエルは肯定した。

「そりゃあな、魔法薬を作ってもらえなくなったら困るし。僕の信用問題にもかかわってくるからな」

「仕事の心配かい」

 ソレイユが冷静にツッコミを入れる中、シエルは「冗談はさておき、」と前置きを置く。それから、真剣な声音で口を開いた。

「お前とこうして話ができなくなったらそれこそ困るだろ。話どころか会えなくなったらそれこそ寂しいじゃねえか」

 シエルが真顔で告げるため、ソレイユは目をぱちくりと瞬いた。単純に驚いたのである。そんな真面目に返されるとは思わなかったのだ。ソレイユはやれやれと首を横に振る。

「……まったく、よくそんな恥ずかしいことをさらりと言えるもんだね」

「何を言うか。伝えずに後悔するなんて、僕はごめんだからな」

 ソレイユが流そうとしても、今回のシエルは至極真面目であった。真剣な声音で、真剣な表情で、真剣な視線で、全身を使って伝えてくる。

 ソレイユはそれを聞いて再認識した、シエルがこういう者だということを。

 友人のことを特に気にかけ、真剣に怒り、真剣に心配してくれる、そんな面倒見の良い者だということを。

 そして、自分の隣にいてくれようとしていることも。

 ソレイユはそれを知っているからこそ、きっぱりと自分の意思を告げる。

「そのためにも、私が行かなくちゃいけないんだよ」




 Ⅱ


 シエルはそれから口を酸っぱくして滾々とソレイユに言い聞かせた。

 ソレイユも最初こそ付き合って軽くあしらったり、「分かったよ」と返していたりしたものの、一向に話が終わる気配はない。最終的に同じような話をするシエルを「くどい」と一刀両断し、追い返すことにした。

 シエルは去るまで、いや去っても大声でソレイユに対して何やら叫んでいたが、だんだんとその背中が小さくなるにつれて声も聞こえなくなった。

 ようやく姿が見えなくなり、静かな森に戻ったところで、ソレイユは深々と息を吐く。

「やれやれ、子どもではないと言っているのに」

 まあ、それすらもシエルが心配してくれているということかな……。

 ソレイユはシエルが完全に去ったのを見て、前向きに捉えた後に動き出した。当初の予定通り、彼らの元に行くつもりだからだった。

 特に何も持っていく必要はないだろう、一度はそう考えたものの、再度考え直して暇潰しと何かあった時用にと魔導書の一冊ぐらいは所持していくことにした。

 先日の一件で、基本的に彼らのところでも魔法が使えることは習得済みだ。魔導書があれば、さらに使える魔法も増えてくる。用心するなら持って行っても損はないだろう。

 もし、彼らに勝てないとしたら、吸血鬼が所持している身体能力だろう。彼らは人並外れた力を所持しているという。力も人並みではない。腕力だけで言えば、ソレイユに勝ち目はないとみて良さそうだ。むしろ、殴られそうになったらひとたまりもないだろう。

 だが――。

 無理やり、血を吸おうなんて、するだろうか……。

 ソレイユはふむと考える。

 ソレイユの中で、彼らは力技を無理やり使うことはしないだろうと謎の確信があった。それこそ、羽交い絞めにしてまで血を吸うことが想像できないのである。

 確固たる証拠があるわけではない。だが、こうして何度か出会っている中で、ソレイユに対して彼らが力技を取ったことはなかった。

 いや、一つだけあったか……。

 ソレイユは考え直す。勝手に自宅から連れ出されたことだけは力技過ぎた。

 それだけは除いておくにしても、である。

 それでも、ソレイユから無理やり血を吸おうとしたり、彼らの家もとい屋敷から出さないとは言わなかった。それこそ、ソレイユを捕らえようとする素振りすらなかったのである。もっとも、監禁の話が出たことはあったけれども。

 そう考えると、少しだけでも彼らを信用できるということには、ならないのだろうか。

「……どこまで信用して良いかは、いまだに分からないけれど」

 ソレイユはポツリと一人呟く。

 それと同時に脳裏に蘇るのは、過(・)去(・)の(・)記(・)憶(・)。遠く、冷たく、今まで思い出すこともなかった記憶だった。最近ではシエルとしかかかわっていなかったからか、思い出すことはなかった。だが、新たにかかわる者が出現したからか、急に思い出してしまった。

 その一瞬の出来事だというのに、思い返したことによって嫌気が差す。

「わざわざ思い出すこともないでしょうに」

 ソレイユは自分のことながら呆れてしまった。今ですらその過去の記憶に苦しめられている事実に、情けなく思えてしまう。

 緩く首を横に振り、頭から振り落としてから過去に蓋をする。


 ……もし、彼らが同じことをするというのなら、似たようなことをしたとするのなら――。


 その時は、距離を置けば良い。

 無理に人付き合いをする必要はない。

 無暗に心を許して、自分が傷つくようなことは避けたい。


 希望を、持ちたくはない――。


 だから、私は今のままで良い。


 ソレイユは誰に言うでもなく、言い聞かせるように告げる。

「過干渉なんて、柄でもないからね」

 ソレイユは気を取り直して魔導書を選別し始めた。ソレイユの元には基本的な魔法道具が一式揃っている。しかも、引きこもりの筆頭だ。暇潰しになるような魔導書ならいくらでもあった。小説でも良かったのだが、万が一のこともある。魔導書を持っていく方が無難だろう。

 ソレイユは一冊だけにするつもりが、結局三冊ほどの魔導書を選択した。それから、その本たちを魔法で収納する。その魔法は空間に物を収納することができるもので、先ほどシエルが使用していた魔法と同様のものだった。いくらでも収納できるからもっと魔導書を持って行っても良いのだが、さらに選択するのも時間がかかるし、何より魔法を極力使いたくないソレイユだ。収納魔法ですら、魔力を最小限で済むのであればそれで良いと考えてしまう。

 魔法は極力使いたくない。使いたくはないが、確かに便利なものだった。何せ、今ですら普通の人なら鞄を取り出したり、荷台を使ったりして物を運ぶ方法を考えなくてはいけない。

 だが、魔法使いは違う。物を収納できる魔法がある。それを使えば鞄を持たなくて良いし、手ぶらで動ける。荷物が多くて悩むこともない。

 楽だとよく理解している。

 だからこそ、使いたくない気持ちはあるものの、仕方なく使うのだ。

「……贅沢な、悩みだね」

 ソレイユは自嘲気味に笑った。その言葉に否定する者も、同意する者もいない。

 ソレイユは静かな家の中、戸締りを確認すると、家を後にするのであった。




 Ⅲ


 ソレイユは森の中を迷うことなく歩いた。ゆっくりと散策をするつもりで、目的の地へと向かって進んでいく。

 彼らの屋敷、もとい住処はソレイユたちが住んでいる場所の地下であった。暗い理由も納得がいく。

 さらに驚くべきは、その出入り口の場所であった。なんと、ソレイユが住んでいる森の外れ、洞窟の中にあったのである。しかも、ソレイユの根城であり、出歩く範囲の少し外れたところにあったのである。

 ソレイユもそこまでは行ったことがなかった。飛行魔法を使わなかったというのもあるが、そこまで歩くことを日頃では面倒だと考えていたからだった。

 しかも、その方面にある薬草は数が少ない。数が少ない場所に行くよりも、多く生えている場所に行ったほうが薬草を大量に確保できる。

 ソレイユは魔法薬を作ることが多いため、薬草は基本的に大量に所持していた。それこそ、シエルのお墨付きである。数多の種類を手元に保管し、一つ一つの薬草の数は魔法薬をいくつか作っても余裕で余るほどに大事に保管してある。物によっては保管していると効能が落ちたり、日数が持たないものもあったりするため、そういう物に限っては薬を作る直前に採取するようにしていた。

 それにしても、と思う。

 最初に森の出口まで案内したけど、その後はどう戻ったのだろう……。

 ソレイユは急に不思議に思った。

 ソレイユが兄弟と初めて出会った時、確かに森の出口まで案内した。その時は彼らが吸血鬼だとは思いもしなかったし、何より子どもだと疑いもしなかった。だからこそ、人間の子どもと同様だろうと、そのまま森の出口に案内したのだ。

 彼らもそのまま森の出口を通って帰っていったはずだった。その背中を確かにソレイユは見送ったのである。

 考えられるとしたら、二つ。ソレイユが帰ってから元来た道を戻ったか、もしくは遠回りをして戻っていったか。

 ソレイユがいなくても、確かに彼らは何とかできるだろう。普通の子どもではなく、元は吸血鬼でしかも子どもではないのだから。

 そこまで考えてさらに疑問が生じる。

 彼らは、一体いくつなのだろうか……。

 ソレイユはまだ彼らのことをよく知らなかった。

 分かっていることは数少ない。


 彼らの正体が、吸血鬼であるということ。

 彼らに名前をつけたのが、パッセであるということ。

 外に出る時は子どもの姿ではないといけないということ。

 愛する者ができれば、その者からしか血を吸わないということ。

 そして、噂になっている「小さき者たち」が彼らだったということ――。


 パッセが彼らに名前をつけた、ということはパッセが一番年上なことは間違いないだろう。自身のことを「ジジイ」と呼ぶくらいだ。もしかしたら、ソレイユよりも長生きしているのかもしれない。

 なら、他の者たちはどうなのだろうか。

 ソレイユはふむと考える。

 兄弟は四人。プランタン、エテ、オートムヌ、イヴェール。

 そして、パッセ、アクチュエル、アヴニールの三人。

 プランタンは兄弟の中でも一番上だ。彼がパッセよりも年上というのは考えにくい。

 私の家でも、プランタンには頭が上がらない様子だったしね……。

 それに、気になるのは名前だ。春夏秋冬と過去、現在、未来。

 何か意味があるのだろうということだけは見当がつく。ただ、どういう意味があるのかはなかなか判明できなかった。

 いくら考えたところで、私が分かることなんて何もないんだろうけど……。

 そう考えていれば、目の前から足音が近づいてきていることを理解した。木々を突っ切ってくる音も同時にしている。ただ、急いでいるわけではないようで、歩いているだけのように思えた。

 ソレイユは少しばかり警戒したものの、遠目で見た姿が見慣れたものであることを理解した。大きな獣の姿は、少し前に出会った姿と変わりない。変わるとしたら、唸り声が聞こえないことだろうか。

「おや」

 ソレイユは理解すると同時に、雰囲気を和らげた。警戒心を解き、彼らがこちらに来るのをただ待つ。駆け寄っては逆に相手が警戒するだろう。敵意がないことを伝えるためにも、ただ足を止めて彼らが姿を現すのをじっと待つことにしたのである。

 ソレイユの目の前に現れた獣は、今は落ち着いているようであった。ソレイユを見ても先日出会った時に諍いを避けたからか、気分が高揚することもなくただ見ているだけである。

 先日会ったことが功を成したようで、ソレイユもほっとした。唸り声を上げられることもなく、襲い掛かってくる様子もなく、どちらかと言えば受け入れてくれている彼らの姿に安心して声をかける。

「久しいね。元気だったかい?」

 ソレイユが遭遇したのは、先日出会ったハイウルフの親子であった。

 どうやら出かけている様子だ。巣穴からはだいぶ離れた距離にいる。

 ハイウルフは子どもが巣立つまで、特に巣穴を移動することはない。しっかりと自分の縄張りを決めて、そこを行動の拠点とする。基本的に子どもを連れて歩くことはないが、子どもがいるということは親が狩りを教えようとしているのかもしれなかった。

 ソレイユはハイウルフの子どもを見て眦を和らげる。

「そうかい、もうこんなに大きくなったのか」

 少し前に見かけた頃は、もっと小さかったように思えた。巣穴からひょこりと顔を出している姿が妙に可愛かったものだ。

 だが、目の前にいる子どもたちは見違えるほどに大きくなっている。ソレイユと目線が変わらなくなってきているのだ。

 一人前になれば、親のハイウルフ同様、ソレイユのことなんてあっさり追い抜かしてしまうだろう。まだ一人前ではないため幼さが残っているものの、それでも逞しくなっている。元気が有り余っているようではあるが、彼らも一人前になるために動き始めているのだ。

 子どもたちの成長している姿を見て、ソレイユは嬉しくなった。口元が綻び、彼らに歩み寄る。

「君も、あれから随分頑張ったようだね」

 ソレイユは親の首元をゆっくりと撫でる。親のハイウルフは警戒することなく、その手に擦り寄ってきた。特に機嫌が良いらしい。気分が高揚しないようにだけ注意しつつ、ソレイユは親の首元を優しく安心させるように触れていく。

 それを見ていたハイウルフの子どもたちがソレイユに近づいた。自分たちも撫でて、そう言っているかのようにソレイユにゆっくりと近づいて鼻先でふんふんと息をかけてきた。

 ソレイユは口元を緩めて、子どもたちにも手を伸ばす。親も唸り声をあげることなく、ただ見守っていた。ソレイユに擦り寄り、自分もと主張するかのようである。

 ソレイユの周りは毛玉だらけになっていた。ふわふわ、もふもふ、周囲が癒しの空間へと変化していく。

 どうやら、この間ソレイユが助けたことにより、ハイウルフの親子たちはソレイユに恩を感じているようだった。感謝の言葉を告げるかのように、ソレイユの傍にいることを望んでいるようにも見えたのである。

 ソレイユは思わずクスリと笑った。それから、親の首元に顔を埋める。

 柔らかく、心地の良い手触り、そして安心させてくれる温もり。

 ソレイユは彼らの様子を見て、そして彼らの温もりを感じて、やはりと思う。

 やはり、この場所が好きなんだろうね、私は……。

 ソレイユは温もりに目を閉じる。

 薬草が生え、動物や獣たちが自分たちの思うがままに生き、成長していく。

 穏やかなこの場所が、好きだと思った。

 この場所で過ごしている時間が、安寧だと思った。

 この場所にいたいと、強く思った。

「……やはり、戻ってきたいものだね」

 ソレイユが一人呟けば、子どもたちが何、何と尋ねてくるように距離を縮めてくる。ぐいぐいと遠慮のない押し問答に、ソレイユはつい笑みを零した。

 対して、親は何かを感じ取ったらしい。不安そうな眼差しでソレイユを見つめてくる。子どもを育てているからか、母性が溢れているのかもしれなかった。

 私も子どもたちと一緒か……。

 ソレイユはそれに対して苦笑が零れる。「子どもじゃない」、そうシエルにはよく言うわりに、まさか獣の母親に子ども扱いされてしまうとは、誰が想像するのだろうか。

 ソレイユは親の首元に再度顔を埋める。それから、優しく安心させるように撫でて口元を緩めた。

「……何もないよ、大丈夫。ただ、私の決意の話さ」




 Ⅳ


 それからソレイユはハイウルフの親子と十分戯れた後に別れた。ハイウルフの親子が仲良く駆けて行くのを見送って、先を急ぐ。

 だが、その後もソレイユはふらふらと寄り道を繰り返した。

 たまたま目に入った薬草が最近欲しかったものだということを思い出し、手にしたら収納魔法の空間に放り込んだ。その後も珍しい薬草や、切れかけている薬草、試してみたいものなどを見かけるたびに足を止めて道草を食う。

 そんなことをしている間に、今度は別の動物や獣たちに遭遇し、彼らとも対話をする。

 ソレイユは森に棲んで長い。動物や獣たちもそれを理解しているし、ソレイユと何度か遭遇しているからか警戒心もない。それこそ、罠にかかっていた動物たちを逃がしたこともあるソレイユだ、ハイウルフの親子のように駆け寄ってくる動物たちも多かった。

 ソレイユが家を後にしてからすでに何時間が経過したのだろうか。歩いて辿り着くだけならそう時間がかからないのだが、思った以上に寄り道をしてしまっている。

 きっとここにシエルがいたのなら、「そのままユーターンして帰れ」なんて告げるだろうが、あいにく彼はこの場にはいない。

 すでに夕方に差し掛かっている時間だが、ソレイユは道草を食いながらも、目的の地にへとようやく辿り着いた。

 森の奥深く、日中でも陽がほとんど差し込まないだろう場所に、その洞窟は口を開けて待っていた。人どころか動物たちもほとんど通らないだろうそこに、暗く深い闇を携えて洞窟は鎮座している。

 この空間から、確かに彼ら吸血鬼たちの元に繋がっているのである。

「さて、どうなることやら……」

 ソレイユが前回許可なく連れ込まれた際、結局家に戻ってきたのに日数がかかった。今回は自分が寄り道をしていたこともあって、辿り着くのが遅い時間となってしまったが、果たして夜には根城に帰ることができるのだろうか。

 さすがに、無理かな……。

 本当なら日帰りで帰りたいが、今回ばかりは自分にも非がある。まさかここまで辿り着くのが遅くなるとは思いもよらなかった。

 しかし、そのおかげで再認識したのである。

 絶対に、私の根城だけは死守する……!

 彼らが何と言おうと、ソレイユの中で自分の居場所はこの森だ。この森で、自分の根城こそが居場所なのである。

 そこだけは譲れない。

 それに、と思う。

 ソレイユは振り返った。すでに暗く闇に飲まれ始めている森を眺めて、先ほど出会ってきた動物や獣たちの姿を思い出す。

 そして、自分に言い聞かせるように言葉を零した。

「ああやって、彼らの成長を見届けることに優越感を感じていたなんて、ね……」

 ハイウルフの親子に出会ったことで、ようやく理解した。今まで何気なく過ごして、何気なく動物や獣たちと関わって、何気なく出歩いていただけだったというのに、彼らの成長している姿を見たり、彼ら親子が仲良くしているのを見て微笑ましく思ったりしているなんて、今までの自分だったら気が付くこともなかっただろう。

 きっかけがあったからこそ、こうして自分が見落としていたことに遅くとも気が付くことができた。

 ソレイユはそれを少しだけ誇りに思えたのである。

 さて、と洞窟に向き直ったソレイユは闇をじっと見つめる。その洞窟の先が繋がっているからか、ソレイユに向かって風が吹いてきた。

 先ほどまで緩んでいた気を引き締める。

 さて、吉と出るか、凶と出るか……。

 前回のように上手く切り抜けることができるなどと、強く言い切ることはできない。

 彼らが納得いくように、言い聞かせられる自身もない。

 それでも、今のソレイユに前に進む以外の選択肢はなかった。

 私が彼らにどう接することができるのか、そんなこと私自身が分かっていないが……。

「……まあ、何とかなるでしょ」

 ソレイユは自分に言い聞かせて足を踏み出す。そして、闇の中へと怖気づくことなく進んでいくのだった。

 彼が姿を消せば、その場所には静けさが残るだけであった。

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