第五章 近況報告
Ⅰ
「……ということがあったんだけどさ、どう思う?」
ソレイユは目の前にいる知人の魔法使い、シエルに暢気に話を振っていた。
振った話は数日前の件の子どもたちもとい青年たちとの一件のことである。
あれから、ソレイユはようやく自身の家へと念願の帰宅を果たした。だいぶ話が落ち着くまでに時間がかかったため、すぐに帰るつもりが数日の時間を要したのである。
対して、たまたまソレイユの家へと足を運んだシエルはそんなことを露知らず。訪れた瞬間に世間話をするかのように急に話を振られ、いろいろと複雑な感情を抱きながらも黙って話を聞き終えた。聞き終えると何度も口元がヒクついていた。それもそうだろう、予想だにしていなかった大きすぎる出来事をあっさりと目の前の友人から話されたのだから。何度も口を開いて、次いで音を発することなく閉じられてが繰り返されている。いまだに言葉が発することはなかった。
そんな知人の姿が餌を求める鯉のような姿にしか見えなかったソレイユは怪訝な表情を浮かべながらしばらく様子を観察していた。
そう、大丈夫か、こいつという顔をしたままである。
だが、ついにそれを口にした。
「……シエル、君、大丈夫かい?」
シエルはそれを皮切りに、バンと勢いよく机を叩いたと思ったらそのまま立ち上がる。だが、それでも言葉が飛んでくることはなかった。
ソレイユはぱちくりと目を瞬いた。急に立ち上がったことに驚いたのである。だが、何も言われないことから、ポツリと呟いた。
「ついに、壊れたのか……」
それから、知人に同情の目を向けた。
それを聞いたシエルはさすがに声を荒げた。
「んなアホな! というか、僕の反応のほうが普通だわ! ソレイユのアホ、何を暢気に語っているんだよ!」
「アホっていうほうがアホでしょ。少なくとも、シエルよりは頭が良いしね、私」
「痛いところを突くんじゃない!」
シエルの言葉にソレイユは冷静に返した。シエルはそれに強く言い返すものの、ソレイユは知らん顔。素知らぬ顔で痛くも痒くもないというように平然としていた。
シエルはぐぬぬぬ……と唸っていたが、やがて力を抜いた。それから、長いため息をつきながら席に座り直してソレイユへと文句を告げていく。
「本当、ソレイユさんよお……。なんで、ちょっと会っていない間に、そんな面倒なことになってんのよ……」
「私が悪いって言うのかい」
「そうじゃなくてさ……。いや、それもあるか」
「こら」
今度はソレイユがシエルの言葉に文句を告げる。その言い方は本気で怒っているものではなかった。だが、不服そうな表情はありありと隠されることなく表に出ている。
シエルは再度長く息をつくと、机に突っ伏した。それから、「あのなー……」と力なく言葉を発していく。
「まず、どういうことよ? ソレイユが嫁って」
「私が理解していると思うかい」
「だろうね」
シエルは難なく肯定した。ソレイユの返答を予想していたのだろう。平然としてさらに問いかける。
「しかも、自分が見知らぬ場所で目を覚ましたって? 蔓はどうしたのさ、蔓は」
シエルの言葉にソレイユは少しだけ考えたものの、すぐに口を開いた。
「あの時は本当に眠たかったからね。おそらくぐっすりでまったく気が付かなかったんだろうね」
ソレイユはそう言いながらシエルに指を差す。それは「それに関しては君にも責任があるんだけど」と言っているようだった。無言で指を差しているだけだが、何か言いたそうな視線がグサグサとシエルに突き刺さっていく。
シエルはため息交じりに「人に指を差さない」と指摘してから、ソレイユの言葉を渋々肯定した。
「確かに、あの時は睡眠の邪魔をしたと言われれば否定できないけど。だからって、あのソレイユさんですよ?」
「……君にさん付けで呼ばれるって、なんだか気持ち悪い」
「話を逸らすな、あとバッサリ言うな。僕自身だってそう思っているんだからな」
シエルはリズムよく言い返してからソレイユの調子を折る。ソレイユが何か言いたそうにしているのを察しているのか、自分が手綱を握ろうとしているようだった。それと同時に、話が進まなくなることが単純に嫌なのだろう。
ソレイユはとりあえず茶々を入れることをやめた。真剣に話をしようと試みる。
何せ、困っているのは本当のことだ。自分でもいまだに理解できていない、ソレイユはそう思っている。世間話のつもりで語ったものの、今シエルが親身になって話を聞こうとしてくれている姿勢は理解していた。だからこそ、ソレイユもきちんと話をしようと思ったわけである。
シエルはソレイユが黙ったのを見て、気を取り直して話を進めた。
「……ソレイユは基本的に睡眠を邪魔されることが嫌いだろう。それこそ、些細な音や気配ですら見逃さない。それでも、その子どもたちの元で目が覚めるまで気が付かなかった理由は何だって言うんだ」
「……シエルが帰ってから、戸締りはしたつもりだったんだけどね」
ソレイユは肩を竦めて話し始める。
その様子に、シエルはまさかと口元に手を当てた。まさか魔法が使えない状態にされていたのではないか、そう考えたのである。顔が自然と青ざめたことを、シエル自身理解していた。
だが、ソレイユの口から放たれた真実は呆気ないもので。
「どうやら、二階の自室の窓だけ閉め忘れたようでね。そのまま倒れるように眠ったから確認もしていなかったんだけど」
「しょうもな」
シエルは呆れた表情でズバリと返した。
ソレイユが口を尖らせる中、シエルは「なんだよ、」と不服そうに零した。
「てっきり魔法が使えない状況だったとか言うのかと思ったのに。心配して損した」
「それはないでしょ。彼らが魔法使いなら可能性としてはあるけど、だって彼らは――」
ソレイユは一度言葉を区切ってから、さらりと衝撃の事実を告げたのである。
「――彼ら、吸血鬼らしいから」
シエルはそれを聞きながら紅茶を口に含んでいた。そのため、勢いよく紅茶を吹き出してしまう。
ソレイユは間一髪でそれを避けてから軽蔑する視線でシエルを見た。
「うわ、汚い」
「おっ、っ、ま……!」
堪えきれずにシエルは勢いよく咳き込んだ。言葉にしようとしたのが良くなかったのだろう。何度も咳き込んで、時間をかけて落ち着いてきたところでゆっくりと紅茶を口に含み、今度子を飲み切ることに成功した。それから、ソレイユに掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出した。
「はあ⁉ 吸血鬼⁉」
「そう、吸血鬼。ついでに、彼らが噂の小さきものたちだということも言質取ったよ」
ソレイユは何てことないかのように告げてから、紅茶を入れ直そうと立ち上がる。ついでに「ちょっと、ちゃんと拭いてよね」とシエルに文句を告げた。
シエルは魔法でさっさと机を綺麗にすると、「いやいやいやいや、」と早口で捲し立てる。
「お前、何がどうしてそうなったの⁉」
「だから、話したじゃないか」
「お前の話は絶対途中で終わっているんだよ! 拉致されて嫁にされそうになったところまでしか聞いていないぞ! ついでに金髪の王子がお前を口説いてきたってことぐらいだろ、聞いたの!」
「いろいろと間違っていそうで間違っていないところが腹立つね」
ソレイユはシエルの話を聞きながら感想を述べる。シエルの話はだいたい合っているものの、微妙に違っている。拉致されたのかは彼らからしたら違うらしいし、金髪の青年は確かにいたが王子ではなかった。だが、いちいち否定するのも時間がかかるし、何よりそれに付き合う体力がいる。
ソレイユは今の会話をそれ以上ぶり返すことはなく、そのまま記憶を手繰り寄せて思い出しながら話し始める。
「そうだね……。確かあの後、全員を無理やり正座させて……」
「そこまでは聞いた。その先が聞きたいんだ」
「口うるさい知人だね」
ソレイユはやれやれと首を横に振ってから、再度記憶を手繰り寄せる。そして、数日前の出来事をシエルへと語り始めたのであった。
Ⅱ
――時は、数日前に遡る。
それはソレイユが七人の青年たちと向かい合って尋ねたことから始まった。
「……君たちが、噂になっている『夜な夜な現れては襲い掛かる小さきものたち』、なのかい?」
ソレイユの問いかけに、七人は正座したまま顔を見合わせた。それぞれが何か言いたそうな表情をしている中、パッセがふむと頷く。
「まさか、そのような噂になっておったとはのう……。ジジイらの食事がどうやら誤解を招いているようじゃ」
「……誤解?」
ソレイユは首を傾げる。どうやら、彼らが噂の者たちであることは間違いなさそうだが、何やら訳ありのようだった。
それよりも、とソレイユは思う。
今、食事って言ったかい?
ソレイユが尋ねたのは、噂のこと。「食事」なんて一言も口にしなかった。
だが、パッセは確かに言った、「食事」だと。しかも、自分たちの「食事が」と。
彼らは食事をするために、襲い掛かっていたとでも言うのか……。
ソレイユは再度問いかける。
「襲い掛かって、人の命を奪っていた、わけではないのかい?」
「なんじゃ、その噂! ジジイらがそんなことをするように見えるのか、嫁殿!」
「いや、ほぼ初対面なんだからそんなこと言われても分からないけど」
ソレイユはバッサリと返してから、彼らを見比べた。七人全員が驚きの表情を隠せていない。中には顔を青褪めさせている者までいる。
ということは、だ。
本当に、噂の通りじゃなくて、不可抗力だった……?
逃げきれた者は数少ないと聞く。だから、ソレイユの中では逃げきれなかった者が命を奪われたのだと思っていた。
これこそ、百聞は一見に如かずってことか……。
ソレイユは蔓の力を緩める。拘束を解いてから、静かに口を開く。
「……結局、君たちは何者なんだい?」
ソレイユはまだ彼らのことをほとんど何も知らない。彼らがどんな種族なのかも知らなかった。
もしかしたら、種族に何らかの関係がある、そう考えたソレイユはそう問いかけたのである。
パッセがぽんと手を打ちながら軽快に声を上げた。
「おお、大事なことを言っておらんかったの!」
パッセは立ち上がる。すると、残りの六人も立ち上がった。彼らはソレイユを見ていた。
パッセが代表して答える。
「ジジイらは吸血鬼なのじゃ!」
ソレイユはそれを聞いて目を見開く。それから、ふむと顎に手を添えた。
「吸血鬼……。噂では耳にしたことがあるけど、初めて出会ったよ。興味深いね」
ソレイユは七人を見渡した。
吸血鬼――。
別の種族から血を分けてもらうことで生きている種族。おもに人間から生き血を吸うと耳にするが、動物だろうと人間以外の種族だろうと生き血を分けてもらえれば困ることはないのだと言う。
しかし、人に襲い掛かるとは聞いたことがなかったけど……。
ソレイユが黙って考え込んでいれば、何かを察したのかパッセが口を開いた。
「何と言うことじゃ……。まともに話すと逃げられるから言葉ではなく行動に移していたのじゃが……。まさか、そのようなことになっていたとは」
「原因それでしょ、間違いなく」
ソレイユが間髪入れずに肯定する。
すると、オートムヌがきまりが悪そうに口を開いた。
「その、吸血鬼だって言うとすぐに逃げられちゃうんだ……。僕たちに殺されると思っているみたいで」
なるほど、とソレイユは納得する。
「まあ、血を吸うっていうことは皆知っているだろうからね。仕方がないのかもしれないけど」
実際、各種族のことはこの世界の人間なら多少の知識は得ている。出会ったことがなかったとしても、どの種族がどういう者なのか、何か特徴的なことがあるのか、そういった知識は一般知識として出回っているのだ。
当然、ソレイユたち魔法使いのことですら情報は出回っている。ただし、彼らと関わるかと言われれば、話が変わってくるというものであった。
ソレイユも長く生きているものの、吸血鬼とは初めて出会った。本当に血を吸う種族がいるのかと内心驚いている。
だが、それに続けられたパッセの言葉に、ソレイユは危機感を覚えた。
「じゃからな、何か血を貰えそうな者を見つけた瞬間、気絶させて少し分けて貰うようにしていてのう。ほとんど出会い頭でそうしていたから誤解を招いたのじゃな」
「それを分けて貰ったと言って良いのかい……?」
こ、行動力……。
ソレイユは彼らの行動に驚くが、よく考えれば自分だって知らぬ間にここまで連れて来られているのである。
急に頭が痛くなってきた。思わず頭を抱えてしまうソレイユである。
どうやら、目の前にいる彼らは頭より身体を使うタイプらしい。頭脳派ではなく、先に身体が動くタイプなのだろう。
となると、彼らが行動に移す前に先に手を打っておかないといけない場面も出てくるのかもしれないな……。
ソレイユがそう考えていると、クイッと袖を引かれた。ソレイユがその先に視線を移してみれば、イヴェールが不安そうにソレイユの顔を覗き込んでいた。
「……怖いと、思う?」
そう尋ねてくる視線は不安でいっぱいだった。
ソレイユは一つ息をついて、空色の髪をゆっくりと撫でる。
「別に怖いとは思わないけどね。驚いただけだよ」
ソレイユが安心させるように撫でてやれば、イヴェールはほっとしたようで。そのままソレイユの手に擦り寄ってくる。猫のようだ、と思った。
ソレイユは視線をパッセへと戻す。
「それで? 今後もこうしていくつもりなのかい?」
「それに関しては嫁殿がジジイらの元に来れば解決じゃ!」
「次にその呼び方したら問答無用で無視するから」
ソレイユが冷たく言い返したところで、目の前からイヴェールの姿が消える。エテが引っ張っていったようだった。
次に現れたのはアヴニールである。
「吸血鬼には習性があってね、愛する者ができたらその人からしか血を吸わなくなるんだ。つまり、ソレイユが私たちの元にいることが決まれば、私たちはソレイユから血を分けて貰うことになるね。もし、ソレイユが私たちの中から一人を選んだとするなら、選ばれなかった者は外にまた血を吸いに行くことになるよ」
ソレイユはその話を聞いて眉を寄せた。何とも気分の良い話ではない。自分に責任がかかってきているように思えたのである。
それよりも、とソレイユは疑問を口にする。
「……それは私が貧血になるんじゃないのかい? 痛いのも疲れることも、私は嫌いなんだけど」
ソレイユがそう告げれば、アヴニールは綺麗な笑みを浮かべる。そして、ソレイユの顎を掬い取ると、ソレイユの首元に視線を落とした。
「安心して。すっごく気持ちよくしてあげるから。私に身を委ねて」
「安心できないし、まず拒否するよ」
ソレイユはアヴニールの顔を押し退けると、彼ら全体を見渡しながら今の話をまとめた。
「……つまり、今は誰も決まった相手がいないから、外に出て血を分けて貰っていたら知らぬ間に噂になってしまった、ということかな」
「そうなるのう」
パッセの肯定に、ソレイユはふむと頷く。
なるほどね……。それが掟の子どもの姿と相まって、噂になったということか。誤解と言えば確かに誤解なんだけど、状況を知らなかったらどうにも、ね……。
彼らは外に出る際に子どもの姿になることが掟だと言った。
さらに、彼らは愛する者がいなければ、別の者から血を貰う必要があるとも。
それらが重なって、付け加えれば彼らの行動力もあって、世界には勝手に噂が出来上がってしまったのだろう。しかも、彼らはどうやらソレイユ同様極力外には出ないようだ。外の世界の情報にはソレイユよりも疎そうである。
今まで知らなかったようだから、おそらくとソレイユは推測する。だが、それを口にすることはなかった。
違うことを尋ねてみることにする。
「一つ、確認するけど……。君たちが血を吸った相手は生きているんだね?」
「当たり前だろ。俺たちは人殺しじゃねえからな」
プランタンがハッと笑ってから返す。その様子がソレイユを馬鹿にしているようで、内心カチンときたがそれには何も言わなかった。
ソレイユが黙っているからか、アクチュエルがにこりと続ける。
「基本的に少し血を分けて貰ったらあとはその辺に転がしているよ。二、三日したら帰っていると思うな」
「そういうのは最後までちゃんと見届けてからにしなさい」
ソレイユはそれを聞いて納得した。軽く窘めてから、彼らの説明をまとめる。
そうか、血を吸われた者は気絶していたから家に帰るのが遅くなったのか……。けれど、最後まで見届けているわけではない。もしかしたら、その中には気絶している間に何かが起こって帰宅できなかったのかもしれない……。噂というものは当てにならないが、どうやら彼らにも問題はありそうだな……。
ソレイユは内心気分が重くなっていた。自分から聞いたものの、今さらながらに聞かなければ良かったと後悔する。
世の中、知らなくても良いことがあるというのは本当らしい。
とりあえず、家に戻ったら絶対にシエルに話すことを決めたソレイユは、こうして噂の正体を突き止めることに成功したのであった。
Ⅲ
――そして、現在。
「……それで?」
話を聞き終えたシエルは静かに問いかける。
ソレイユは何のことか理解できずに、逆に問いかけた。
「何が?」
「いや、どうやって帰ってきたのとか、結末はどうなったのかとかさ! いろいろあるだろ、まだ謎が!!」
シエルが半ば叫ぶように告げれば、ソレイユはハイハイとあしらう。
シエルはカチンと来たものの、それ以上何も言うことはなかった。ただ大人しいくソレイユの言葉を待つ。
ソレイユは紅茶を一口口にしてから、静かに語った。
「彼ら、どうやら地下に住んでいたみたいでね。最初は異世界にでも来たのかと警戒したんだけど、どうやら陽の光が苦手だから地下の陽が当たらない場所を選んだらしくてね。とりあえず、そこから出してもらって、ようやく帰って来れたよ。そこまで遠い距離でもなかったからね」
「そ、そうか……。で、結局、その……そいつらとの関係はどうしたんだ……?」
シエルの問いかけに、ソレイユはあっさりと短く返した。
「保留」
それを聞いたシエルはあんぐりと口を開いて固まる。
ソレイユは何てことないかのように一つだけ息をついた。
「簡単に諦めてくれなさそうだし、私のことも閉じ込めそうな勢いだったしね。脳筋のような感じだったし……。かと言って、私だって彼らをそういう意味で見ていないし、本当にほぼ出会ったばかりのようなものだから何も知らないしね。結論を急ぐと良くないって話に進んでしまってね。しばらく保留で彼らのことを知る時間を作るという体でどうにか落ち着いたよ」
ソレイユの言葉にシエルは何も言わなかったが、やがて脱力して再度机に突っ伏した。それから、力なく言葉を吐き出す。
「……まあ、何にせよ無事で良かったわ」
シエルはため息交じりに告げる。起き上がらない様子から、本当に力が抜けたようだった。
対して、ソレイユはぱちくりと目を瞬く。珍しいものを見るかのようにシエルを見つめた。
意外、だな……。
普段、ソレイユのことを頭が良いだのなんだのと言い、仕事を回してくる知人だ。そんなことを言ってくるとは思わなかったのである。
ソレイユはポツリと呟くようにして聞いてみる。
「……心配、してくれたのかい?」
すると、シエルはがばりと顔を上げた。身体ごと起き上がった彼は、勢いよく言い返す。
「当たり前だろ! 友人なんだから! 心配ぐらいさせろ!」
シエルは当たり前のように言い放った。恥じらいもなく、照れる様子もなく、ただはっきりと。
ソレイユが固まっている中、今度はシエルがソレイユに指を差しながら文句を言う。
「つーか、簡単に拉致されたとか告げんなよな! しかも、開口一番に! 心臓が止まるかと思っただろうが!」
「いや、大げさな」
「それぐらい心配したってことだわ!」
シエルは強く言葉を放ってから、しばらくぶつぶつと文句を言っていた。「ソレイユはそういうところ気が付かねえよな」、とか「頭が良いくせに」、とかそんなことが聞こえてきていた気がするが、今のソレイユの耳には届かない。
ソレイユはシエルの言葉に少しだけむず痒く感じていた。どこか嬉しいような、どこか気恥ずかしいような、何とも言えない感情に落ち着かなくなる。
しばらく呆然としていたものの、やがてソレイユは小さく告げた。
「……心配、かけたね」
「本当にな」
「……礼だけは、言っといてあげる」
ソレイユは小さくお礼を告げた。
素直じゃない物言いではあったが、シエルはそれを聞いて満面の笑みを浮かべる。それから、茶化すことなく元気に受け止めた。
「おう!」
シエルは応えてから「それで、」と話を続けた。
「まだソレイユは答えを出していないってことだよな? なーんか、聞く限り行動に移すタイプみたいだからさ、そいつら。とりあえず、気を付けておけよ。自分の身に何かあっても困るだろ?」
シエルの言葉に、ソレイユはやれやれと首を横に振る。そして、肩を竦めてから不思議そうに聞き返す。
「そうは言ってもね……。気を付けるって、何をだい?」
ソレイユが尋ねれば、シエルは何か言いたげな表情をしたが、言いにくそうに言葉を吐き出した。しどろもどろのその姿は、言葉を迷っているように見えた。
「そりゃあ……、ソレイユの身を、でしょうが」
「私かい」
「それ以外に誰がいるんだよ」
シエルは深くため息をついた。それが呆れられているようで、馬鹿にされているようで、ソレイユは内心腹が立った。眉を寄せるだけにとどめておく。
シエルはそんなこと露知らずにさらに続けた。
「鈍感そうだもんなー、ソレイユ。ま、とりあえす自分の家にいるなら安全だろ?」
シエルが何気なくそう言えば、ソレイユはふるふると首を横に振った。それから、残念と言わんばかりに肩を竦める。
嫌な予感がしたシエルの額から冷や汗が流れていった。
ソレイユは「実はね、」と切り出した。
「彼らは結局外に出るなら子どもの姿ではないといけない。それが彼らは嫌なようでね、だから私を彼らの屋敷に連れてきたかったようなんだ。それを私が拒否したから、ならばと私が彼らの元に足を運ばなくては行けなくなったんだよね。それを呑まないというのなら、監禁だの何だのと言い始めたから仕方がなくその条件を呑んだという次第さ」
ソレイユは淡々と他人事のように話していたが、それを聞いたシエルは再度口元をヒクつかせた。ソレイユよりもシエルのほうが危機感を覚えている。
シエルは息を吐き出してから、力の限り叫ぶのであった。
「どう考えても、危ねえ奴らじゃねえかっ!」
Ⅳ
シエルは帰る間際まで、ソレイユに口酸っぱくして忠告していた。
ソレイユはすでにげんなりとしている。
「いいか、ソレイユ。自分の貞操に危険を感じたらまじで躊躇なく魔法でぶっ飛ばせ。魔法が嫌いとか、使いたくないとか言っている場合じゃねえぞ。判断を見誤るなよ。それか蹴飛ばしても良い。力の限り思いっきり、ホームランでも出すつもりで振り抜け、良いな」
「何、急に。どうでも良いけど、そろそろ帰りなよ。いつまで居座る気? というか、ホームランって何?」
文句を言うソレイユの肩をしっかりと掴んで、目線を合わせながらシエルは真剣に告げる。それはもう何度も言うから、ソレイユの耳に胼胝ができるぐらいに言葉を告げていった。
「二人きりには絶対になるなよ。個室にも入るな。嫌なことは嫌だと拒絶しろ、突き放せ。良いな⁉」
「いつから父親キャラになったわけ? 私は幼子じゃないし、そもそも君にそこまで心配される覚えはないよ。それに、どうとでもなるさ、そこまで何もできない子どもじゃないんだから」
「お前はっ、恋愛、初心者、だろうがっ!!!」
「そんなことを大声で騒ぐんじゃない。私の沽券に障る」
ソレイユは何度言っても言うことを聞かずに自分の言いたいことばかり告げるシエルを、ついに家から追い出した。背中をとんと突き飛ばし、「さっさと帰りな」と飛行魔法をかけてやる。
シエルは一度バランスを崩したが、姿勢を整えながらいまだに何かを叫ぶように告げていた。
ソレイユのことを心配してのことだろうが、いい加減にうっとうしく感じてしまう。ソレイユはハイハイとあしらうかのようにひらひらと手を振って見送った。
ようやく知人の背中が見えなくなった頃、ソレイユは背を向けて家の中へと入った。玄関を閉めて、さて、と考え始める。
どれぐらいの頻度で彼らの元に行けば良いのかな……。
あまり行かないと、それこそまた突撃されたり、拉致されたりする可能性もある。せっかく家に帰ってくることは掴み取ったのだ、次に拉致されて監禁などされたらたまったものじゃない。
それにしても、とソレイユは思う。
どこまで、本気なのかな……。
彼らの本気度はよく分からない。本当に自分のことを好いているのかすら怪しい。からかっているだけという可能性も否めなかった。
……まあ、次に行けばまた何か分かるか。
ソレイユはそう思うと、とりあえずはと仕事に取り掛かる。ちゃっかりとシエルから頼まれた仕事が追加されたがために、それを片したいと考えたのだ。
兎にも角にも、ソレイユはさっさと仕事を終わらせて、青年たちの元へと向かうつもりで動き出したのであった。




