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魔女にされている魔法使いと七人の子どもの姿な吸血鬼たち  作者: 色彩和


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第三章 断固拒否

 Ⅰ


 ソレイユは子どもたちを再度見送ったその日、知人が尋ねてきたことによって強制的に起こされた。眠たい目を無理やり開いている彼の顔は、普段噂されている魔女の姿とは似ても似つかなかっただろう。普段煌々としている太陽のような橙の瞳はどんよりと曇っており、知人を睨みつける視線は刺々しい。

 そんな視線を向けられている知人は、普段通りに茶化してくる。

「ちょっとー、ソレイユさーん? 僕の扱い雑じゃない? 何、その寝起き」

「うるさい。居留守使ったのに、何度も呼び鈴鳴らして挙句の果てに突撃してきて。修理費、置いていきな」

「うーわ、何と言う悪党のセリフ」

 ソレイユの機嫌が悪いのも無理はない。何せ、彼はほぼ徹夜の状態だ。その状態で、約束していない知人が訪れてきて起きざるを得なかったのである。

 加えて、ソレイユは睡眠を邪魔されると特に機嫌が悪くなる。ましてや、眠りについたのはつい先刻のことだ。

 自身が望んで起きていたのであればまだしも、今回は状況が違う。夜分遅くに来客があり、その相手を不本意ながらもしていたのだ。しかも、自分が予定していたわけでもない、予期せぬ見知らぬ相手だ。

 本当、何だってこんなに……。

 もともと引きこもりのソレイユだ。人付き合いは得意ではない。森の中を彷徨っている者たちにふらりと声をかけるのとはわけが違う。長いこと自宅で他人と会話をするだけでもひどく疲れると感じていたのだ。

 普段よりも幾分か疲れている雰囲気を感じ取ったのか、知人の魔法使い――シエルは不思議そうに問いかけてきた。先ほどの茶化している様子とは違い、本気で心配している声音だった。

「珍しいな、ソレイユ。何かあったのか? いつもの寝起きって感じじゃないし」

「だから、先から言っているでしょ」

「いや、何も聞いてないんだけど。人がお前の話を何も聞いていないみたいな雰囲気出すのはやめてくれ。僕、そんなに薄情な奴じゃないと思っているんだけど」

 シエルは綺麗なツッコミを披露してから、自分の家のように勝手にずかずかと入って行く。それから、普段訪れたようにリビングの定位置である椅子に座ると、フッと笑って机を優しく叩いた。

「ほら、このお兄さんに話してごらん。しっかりと話を聞いてあげるからさ」

「お兄さんじゃなくて、お爺さんの間違いだろう」

「それを言ったらお前もだからな、ソレイユ」

 ソレイユとシエルは同い年だ。シエルをお爺さん扱いするのであれば、ソレイユもそうなってもおかしくはない。

 二人は普段通りに軽口を叩き合って、ソレイユは一つ息をついてから眠たい目をこすり移動する。

 湯を沸かし、二人分のカップを取り出して飲み物を用意した。そして、その二つを手にして机に置くと、自分の愛用の椅子にゆったりと腰かける。普段よりも気だるげに腰かけるその姿は、一種の絵画のようであったが、それをシエルが茶化すことはなかった。

 ただ、ソレイユが語るのを待つだけだったのだ。

 ソレイユは一口カップに口をつけると、昨日の出来事――すでに今朝の出来事であったが、ゆっくりと物語を語るかのように語り出したのであった。




 Ⅱ


 ソレイユが今朝の出来事を時間をかけて語り終えると、シエルはバンと勢いよく机に手をついた。そして、立ち上がって顔面蒼白になっている。

 ソレイユはそれにぱちくりと目を瞬いて見せ、まったく驚いていない表情で告げた。今ので少しだけ眠気が吹き飛んだのは内緒である。

「うわ、びっくりした。急に何事」

「全然びっくりしていないだろうが――じゃなくてっ!」

 シエルは身を乗り出すと、ソレイユはぐっと顔を近づける。

 シエルは身を乗り出すと、ソレイユにぐっと顔を近づける。

 鼻がぐっとぶつかりそうな距離に、ソレイユはあからさまに顔を顰めた。

「やめてよ、私にそういう趣味はないよ、シエル。近すぎる」

「奇遇だな、僕にもそういう趣味はない。とりあえず、その気色の悪い言葉は金輪際吐かないで欲しいな」

「奇遇だね、私もそう思ったよ、見てこの鳥肌」

 軽口を叩きながら、ソレイユはカップに口をつける。そして、気を取り直して普段通り口を開いた。

「それで、何事だい」

「お前、本気で気が付いていないのか……? それとも、忘れているのか?」

「何が?」

 ソレイユは知人の問いかけに本気で聞き返していた。疑問に疑問で返す、心当たりがまったくなかったからだった。

 それを冗談ではないと判断したシエルは、目の前で頭を抱える。隠す様子のない大きなため息が、ソレイユの耳にしっかりと届いていた。

 ソレイユは眉を寄せる。納得いかないと不満な顔をしていれば、シエルから「いやいやいやいや……」と何度も繰り返して。それから、顔を上げながらはっきりと告げた。

「あのさ、ソレイユの元に来たって奴ら、噂になっている奴らじゃねえの……?」

「噂?」

 ソレイユは首を傾げる。その言葉にも何も思い出せなかった。

 シエルはクワッと顔を険しくする。

「お前、あれほど僕が忠告してやったのを忘れたとは言わせないぞ⁉」

「忠告……」

 ソレイユはその言葉にようやく引っ掛かりを覚えた。何か聞き覚えがある、そう思ったのである。

 記憶をゆったりと手繰り寄せてみた。そして、シエルの顔と一緒に、数週間前に耳にした噂を思い出した。

『夜な夜な現れる小さきもの……』

 その言葉を思い出して、ソレイユは小さく言葉を零した。

「……あ、」

 今思い出した、そう言わんばかりの声音に、シエルは再度頭を抱えた。それから、やれやれと首を振る。

「なーんで、忠告してんのに忘れるのかね、この魔女は」

「うるさい。というか。魔女って何さ。その子どもたちにも『魔女』って呼ばれていたし、どうなっているの、その噂。訂正しといて」

「いや、そりゃそうでしょ」

 シエルは頬杖をついて、ソレイユに人差し指を向けながら告げる。

「だって、ぱっと見、ただの美人だもん。たなびく銀髪、すらりとした身体、たまに見せる妖艶な笑み……。よっ、この初恋泥棒!」

「面倒な絡みはやめな、うっとうしい。私は魔女じゃなくて、魔法使いだ」

 ソレイユが不機嫌な声音で返すが、シエルは怖いもの知らず。さらに追い打ちをかけるように淡々と述べていく。

「一人称、私だし」

「声で分かるだろう」

「なーに言っているの、今時声なんて気にしないって。ハスキーな声をお持ちの女性もいるぐらいなんだから」

 シエルはソレイユの言葉を難なく次々と否定していく。

 そういうものか、とソレイユはふむと頷いた。それから、子どもたちに言われた言葉を思い出す。

「だからなのか、私が気色悪いと言われるのは。いや、でも女性と勘違いしているのであれば、そんなこと言われるのだろうか……。子どもはよく分からないな」

「何、何、さらに面白い話があるわけ⁉ それは聞きたい!」

 ソレイユの零した言葉に、勢いよく食いつくシエル。キラキラと空色の瞳を輝かせて、違う意味で身を乗り出してきた。

 ソレイユは口を尖らせる。

「面白くない」

「というか、よく襲われなかったよな、ソレイユ。逃げられた奴、そうそういないって話だったのに」

 シエルの言葉に、ソレイユは目を丸くした。それから、記憶をさらに手繰り寄せつつ考えてみる。

 そういえば、そんな話も聞いたことあるような、なかったような……?

 すっかり忘れている話に、ついついはてと首を傾げてしまう。上を見上げながらうーんと悩んでいれば、シエルが呆れたと言わんばかりにひらひらと手を振った。

「はいはい、もう話を覚えていないのは分かったからさ」

「うるさい」

 ソレイユは何度目か分からない「うるさい」という文句を口にした。強めに放って、知人を黙らせる。

 結局、その話を聞いたことは思い出せなかったが、ソレイユはその前に出会った子どもたちのことを思い出していた。

 そして、悩んだ挙句に、ゆっくりとまた子どもたちに出会った頃のことからシエルに向けて語り出したのであった。



 Ⅲ


 ソレイユが話し終わると、シエルは何故か肩を震わせていた。口元に手を当てて何かを耐えているようだったが、やがて我慢できなくなったらしい。ゲラゲラと笑いだした。

 その姿にあまりにも腹が立ったソレイユは、怒気を込めた声で低く言葉を放つ。

「おい……」

 ゲラゲラと笑っていたシエルはなんのその、ただ腹を抱えて笑い、徐々に落ち着いてくると笑い泣きした涙を拭いつつ感想を述べる。

「いやはや、まさかあのソレイユが本当に初恋泥棒だったとは……! うわあ、他の魔法使いにも話してえ!」

「絶対にやめろ」

 ソレイユは眠気も復活してきて、乱暴な言葉を放った。本気で止めたいと思っている言葉であった。


 ソレイユは基本的に引きこもりの魔法使いであるため、知人は少ないし、魔法使いの会合もあるというのに、それ自体も基本的に欠席している。どうしても抜けられない、断れない会合のみ顔を出すようにしているのであった。

 そのソレイユのことを会合で話すのは、他でもないシエルだ。シエルは基本的に会合へと出席している。どうしても外せない用事以外は出席をしていた。皆勤賞を狙えるレベルである。

 ただ、それは半分ソレイユのためでもあった。

 基本的に出席しないソレイユは魔法使いとして優秀なわりに、魔法を使いたがらないという変わり者だ。薬草の知識も豊富で、採取にも長けているというのに、富や名声にも興味がない。どれだけ他の魔法使いより優れていようとも、新種の薬草を見つけようとも、名乗り出ないぐらいには興味がなかった。しかも、魔法使いだというのに魔法を使いたがらないことから、会合に出ても魔法の話の一つもしないのである。

 ただ、会合に出ても必要な会話が終わってしまえば、さっさと帰るか、壁際でじっとしているだけ。いつも興味なさそうに周囲に視線を送るだけであった。

 基本的に魔法使いが集まれば、自分が発見した魔法や成功した魔法の話を自らし始める。いかに自分が他より抜き出ているかをアピールするような場所なのだ。

 ソレイユはそういう話を振られても、それすらも「そう」と言うだけで相手にしない。相手からしたら、たまったものじゃない。感想も言われず、対抗すらしてこない。ただ、小さく相槌を打つだけの相手など、どうでも良いのだ。

 だからこそ、余計にソレイユの元には人が近づかなかった。

 だが、シエルは違う。

 ソレイユはシエルのことを知人だと思っているが、シエルはソレイユのことを友人だと思っていた。

 だからこそ、こうしてソレイユの元を訪れるし、話もしようとする。

 ソレイユは知らないが、会合ではソレイユの話を口にし、会合で耳にした話とともに、ソレイユのために取ってきた仕事を彼に振ってやる。

 ソレイユはありがた迷惑だと思っているが、彼がいるから生活できていると言った事実は否定できないだろう。何せ、シエルが取ってきた仕事の依頼料は全額ソレイユの元へと来るのだから。

 もっとも、ソレイユがそれを口にすることなど、絶対にありはしないが。


 シエルは一通り笑った後に、真剣な表情で告げた。

「……それにしても、気をつけろよ、ソレイユ」

「? 何がだい?」

 何を言われているのか理解できていないソレイユが問い返す。

 シエルはびしっと指をソレイユに突き付けた。

「もし……、もし、その子どもが本当に噂の奴らなら何かあるかもしれない。噂だって、何を理由にそいつらが夜な夜な襲い掛かっているのか分かっていないんだ。いくら顔見知りになったからと言って、油断はできないだろ。警戒しておくに越したことないんだからな」

 シエルがそう告げれば、ソレイユはため息交じりに突き付けられた指を戻しながらさらりと告げる。

「今さらでしょ、すでに家に招いているんだから」

「いや、それ自体も良くないって分かっている?」

 シエルのツッコミは華麗にスルーして、ソレイユは「それに、」と続ける。シエルが次の言葉を待つ中、ソレイユはふわりと楽しそうに笑って。

「面白かったよ、あの子どもたち」

 珍しくにこやかに告げたのである。

 その姿に、シエルは目を瞬いた。珍しい姿に驚きを隠せなかったのである。だが、それに触れることはなく、ただ口元を緩めてから気を取り直して用件を話し始めた。

「でさ、ソレイユ、一つ仕事を頼まれて欲しいんだけど! もちろん、報酬はソレイユに全額渡すからさ!」

「えー……、面倒くさ」

 シエルの言葉に、ソレイユは心底嫌そうな顔をした。隠す素振りもない彼の姿はもう見慣れたものだ。シエルは気にすることなく会話を続ける。

「生活費の足しにはなるだろ? ここでソレイユが恩を打っておくのも一つの手だぞ? な?」

「えー……」

 ソレイユは散々文句を言っていたが、シエルに丸め込まれて仕方がなく仕事を呑むことにした。引き受けた内容は薬草集めで、基本的に揃っているものの不足しているものがあることに気が付く。

「あ、輝玉……」

 それはつい先ほど子どもたちに譲った輝かしい水晶が入った瓶であった。瓶ごと譲ってしまったため、今ソレイユの手元には一つも残っていないのである。

 シエルはそれを見て目を丸くする。

「めっずらしい。ソレイユが薬草を切らしているなんて。普段は手元に揃えているだろう、切らすことなんてほとんどないじゃないか」

「先に話しただろう、子どもたちについ先ほど譲ったんだよ。しかも、輝玉を、だ。熱が下がらない弟くんたちがいるからって。三人分いるみたいだったし、なかなか熱が下がらないって話だったからね。瓶ごと渡したんだよ」

 ソレイユはそうだった、と思い出したように告げた。

 シエルはふーんと興味なさそうに相槌を打ったものの、急に何かを思いついたようでハッとする。

「ばっか、ソレイユ! 何、敵に塩を送っているんだよ!」

「誰が馬鹿だって? 少なくとも、シエルよりは馬鹿じゃないんだけど」

「そこじゃねえからっ、食いつくとこっ!」

 シエルはソレイユの肩を掴んで、揺さぶる。

 ソレイユは眠気が勝ってきたからか、されるがままにぐわんぐわんと身体ごと揺らした。

「お前、そいつらが本当に噂の奴らだったらどうするわけっ⁉ 全快じゃん、体調治っちゃっているんじゃん、お前が太刀打ちできる相手なのっ⁉」

「ちょっと、そろそろやめてくれない、酔う……」

 ソレイユの言葉に、シエルは慌てて手を止める。

 ソレイユは唸っていたものの、徐々に落ち着いてきてようやく言葉を発した。

「あのね……。先も言ったけど、見た目はまんま子どもだったんだよ。しかも、私の足元ぐらいの身長だったわけだ。力は確かにありそうだったけど、それだけだよ」

「ソレイユの魔法の蔓を、引きちぎったんだろ?」

「みたいだね」

 ソレイユは部屋を修復する前の光景を思い出す。

 最初に出会った子どもたちの兄であるプランタンと呼ばれていた子ども。彼を魔法で出した蔓で捕えていたのは事実だった。そして、その蔓の力を一瞬でも緩めたつもりはなかった。

 だというのに、ソレイユがパッセたちを家に招き入れている間に、その子どもは蔓を引きちぎって降りてきていた。

 ソレイユが部屋の中に残されていた蔓を見ても、引きちぎったのだということは見て取れた。刃物を使った様子はなく、力の限り引っ張った様子だった。出血した様子もなく、ただ暴れたように見えたのである。

 怪我をしている様子もなかったし……、人間とはやはり思えないんだよね……。

 ソレイユはふむと頷いて、シエルに話しかける。

「ねえ、シエル。私の蔓を引きちぎれるとして、人間にそれは可能だと思えるかい?」

「思えない」

 シエルはバッサリと否定した。間髪入れない否定に、ソレイユが不思議そうにしていれば、シエルはクワッと顔を険しくした。

「お前さー、覚えていないかもしれないけど……」

「うん、覚えていない」

「すぐに否定するなっ!」

「すぐに否定する君に言われたくないよ」

 ああ言えばこう言うとはまさにこのこと。

 埒が明かないと判断したシエルは、ため息交じりに告げた。

「……以前、それこそ寝起きのソレイユを起こした時にその蔓に巻き取られたことがあるんだよ」

「そうだっけ?」

「話の腰を折るな。さっきから話が進まないだろ」

 シエルの言葉に不貞腐れながらもソレイユは黙ることにした。確かに、話はまったく進んでいない。ソレイユの問いかけには答えを貰ったものの、その理由をいまだにシエルの口から説明されていなかった。

 シエルは咳払いをすると、再度説明するために口を開いた。

「その時、僕が引きちぎろうとしても、びくともしなかった。魔法使いは人間と同じようなものだからね、力自体ほとんど変わらないし。僕が無理だったのに、並みの人間の、ましてや子どもが引きちぎるなんて無理がある」


 シエルが語っているのは、すでに何十年も前のこと――。

 それこそ、その時もソレイユは眠りこけていた。ただ、その時はただ単にソレイユが夜更かしをして寝坊していただけだったのだが、呼び鈴の音だけでは起きなかったのである。

 出直すことを考えたものの、次はいつ来れるか分からなかったため、何が何でもその日にソレイユに会っておきたかった。そして、シエルはソレイユの家に乗り込んだのである。

 ソレイユは不用心なところが多く、その時は玄関の扉すら鍵をかけていなくて。シエルはそのまま玄関から直接入り、それからソレイユの部屋へと足を踏み入れた。

 そして、叩き起こそうとしたところで、蔓に捕まったのである――。


「うっわ、不法侵入。その時に通報しておけば良かった」

「鍵をかけていない、お前が悪い。あの蔓に二度と捕まりたくないから、最近は叩き起こすのやめているけど……」

「そう言って、今日だって叩き起こしたくせに」

「何言っているんだ、部屋には入らなかっただろ。扉をずっとノックし続けただけで」

「家に入っているだけですでにアウト」

「だったら、戸締りぐらいしろ」

 二人は次々に文句を言いながら、やがて不毛だと気が付いてどちらともなく会話を打ち切る。

 ただ、シエルは続けた。

「とにかく、どう考えても人間の子どもじゃないだろ。おかしくない話だけど、別の種族だと考えたほうが良い」

「そうだね。夜行性っぽいところがあるみたいだけど……」

「それ、先に言ってくれない? ソレイユさん。めっちゃ、ヒント出ているんだけど」

「シエルってさ、いちいち文句言わないと生きていけないの?」

「お前には言われたくねえわ!」

 散々軽口を叩いたシエルは仕事をソレイユに任せると、玄関を開ける。そして、再度忠告の言葉を口にした。

「とにもかくにも、ソレイユ、まじで気をつけろよ! 相手がどんな奴か分からない以上、警戒しておけ、良いな!」

「はいはい、分かったよ、お父さん」

「僕がお父さんだったら、お前もお父さんだからな」

「口うるさい旦那だね、さっさと行きな」

「やめろ、気色悪い」

「最近、そうやって言われてばかりでね。私もそろそろ落ち込むんだけど……」

「落ち込まない奴がよく言う」

 最後までふざけ合った二人は笑顔で別れた。シエルは「今度来る時までには頼むぜー」と言い残して、魔法を使って飛んでいく。

 その姿を見送ったソレイユは、やれやれと首を振った。あれだけ軽口を叩いて頭を使っていたが、すでに眠気が限界に達していた。今すぐにでもベッドに倒れこみたい、そう思っている。

「はあ、本当に眠い……。今朝から散々だな……。今日はもう眠ってしまおう」

 ソレイユはさっさと自室に上がることにした。知人の言いつけを守って、今回だけは玄関の鍵をしっかりとかけておいた。これ以上、眠りを妨げられては困るからである。

 おぼつかない足で二階まで上がり、自室に到着するとそのままベッドに寝転がる。力なく倒れこんでも、きちんと受け止めてくれるベッドはすぐにソレイユを眠りの世界へと誘おうとしてくる。

 あの子どもたち、本当に噂の「小さきもの」なのだろうか……。

 忘れていたけど、と付け加えたところで、ソレイユは完全に寝落ちした。


 そんな彼を――。




 Ⅳ


 ぱち、ソレイユは普段よりもすんなりと目を覚ました。あれだけ眠たかったというのに、驚くほどに頭がすっきりしている。

 どれほど眠っていたのだろう……。

 あまりにもすっきりしている頭に、寝過ぎたのだろうかと不安になる。すでに、何日も経過していたとなれば、さすがに自分でも慌てるだろう。

 とりあえず起きよう、そう思ってぐっと背伸びをした。

 そして、ふと急に見慣れない天井があることに気が付く。

 そういえば……。

 ソレイユはベッドに手をついた。そのベッドも普段と違って、やけに深く沈み眠りやすいと思った。気持ちの良いベッドに、目を向けて見慣れないものに変わっていると今さらながらに気が付く。ぴしりと固まって、普段のベッドにはない壁に震える手を置いた。

「え……、いつからベッドが棺桶に?」

 ソレイユが思考を停止させる中、部屋の中がやけに暗いことにも気がついた。部屋の中を灯しているのは、ソレイユが普段使っていない蠟燭だ。それによって部屋はぼんやりと明るいだけで、全体的に暗い印象が目立ってしまっている。

 棺桶から飛び出すようにして、窓へと駆け寄る。目の前に広がっていたのは、普段目にしている森ではなく、暗く黒い世界。

「な、に……、これ……」

 ソレイユが見たことのない世界だった。引きこもりも相まって、まったく知らない世界が広がっていたのである。窓から見える世界は作り物ではないのだろう、ただそんな世界があるなんて聞いたこともなかった。

 さすがに愕然としてしまう。

 それにしても、とソレイユは思う。

 私は確かにベッドで寝た、自分の部屋に上がって。なのに、こんなところにいるのは何故……。

 転移魔法でも使われたのだろうか、そう考えているソレイユはすでに混乱している。ぐっすりと眠っていたことにより、とりあえず頭は問題なく働いている。

 だが、状況が状況だ、魔法が優秀だと言われるソレイユもさすがにこの状況を冷静に受け止めることはできなかった。

 そんなソレイユをさらに混乱させるように、部屋を壊す勢いで何かが乱入してきた。扉を壊す勢いで開け放つと、いきなり現れた男は陽気に言い放つ。

「おお、起きたのか、嫁(・)殿!」

「……は?」

 ソレイユは聞き間違いかと思った。目の前の男が何を言ったのか、理解できていない。

 だが、聞き間違いでないのなら、目の前の男は「嫁」と言い放った。

 だれが……?

 混乱する頭で考える。冷静さを欠いているからか、先ほどよりも頭が回っていなかった。

 ソレイユは目の前にいる男を見つめた。どこか聞き覚えのある話し方だが、聞き慣れない声だし、何より目の前にいる白髪の青年には見覚えがなかった。

 固まっているソレイユを置いていくかのように、白髪の青年の後ろからさらに男が次々と姿を現してくる。

「何言っているの、僕のお嫁さんだけど」

「は? 聞き捨てならねえな」

「素直に慣れない悪ガキは黙っていなよ」

 口々に文句を言いながら次から次へと男が増えていく。気が付いたら、その人数は七人になっていた。

 ソレイユの目の前に、見慣れない七人の青年がずらりと並ぶ。しかも、皆顔が整っており、見目麗しい。年頃の女性がこの場にいたのなら、黄色い歓声を上げていることだろう。

 もっとも、ソレイユには何の魅力も感じないが。

 ソレイユは今の状況に少しばかり焦っていた。

 七人か……。何とか逃げることができるかな。

 魔法が使えることをこっそり確認しつつ、目の前の青年たちを見つめる。ただ、彼らから敵意は感じられなかった。

 敵意もないし、魔法使いでもない、ね……。

 彼らから魔力を感じなかった。魔法を使うために必要な力、魔法の源である。

 ソレイユやシエルが持っているように、魔法使いなら皆力を持っている。そして、その扱える魔力量は魔法使いの力量によって変わってくる。

 ソレイユもシエルも、使える魔力は一流の域に達する。それだけの実力者なら、魔力量を感じ取ることなど朝飯前だ。

 だから、ソレイユは彼らが魔法使いではないと理解していた。ならば、隙があれば魔法を使って逃げるチャンスも生まれてくるかもしれない、そう考えていたのである。

 だが、そんなソレイユに白髪の青年は軽快に声をかけてきた。ソレイユが思案している中、彼らは何かを会話していたようで、ソレイユの元に届いたのは結論だけであった。

「というわけじゃ、嫁殿! すぐに式を挙げようぞ!」

 ソレイユはきょとんとして。

「……は? 式? 何の?」

「何を言っておる、今会話しとったじゃろうに。ジジイらの中から誰か一人と結婚式じゃ! むろん、このジジイじゃろうけどな!」

 白髪の青年の言葉に、周囲にいた残りの青年たちが口々に文句を言う。

 対して、ソレイユは思考を停止させていた。

 目の前の白髪の男は何と言ったのだろうか。聞き間違いでなければ、「結婚式」だと言った。しかも、目の前にいる七人の中の誰かと、である。

 は……? 何で私が? いや、私はそもそも男なのだが……。

 言いたいことは山ほどある。それでも、ソレイユの頭はまだ通常通りに動いていない節があった。

 だが、とにかく言わなければいけないことが一つだけある。ソレイユは一つ息をつくと、自分の意思をしっかりと口にしたのであった。


「――謹んでお断りいたします。というか、断固拒否、これ一択でしょ」

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