第二章 兄と仲間襲来
Ⅰ
ソレイユが子どもたちを見送手数日後、その日は特にやることもなく早めに休むことにした。
とは言っても、ベッドの中でゴロゴロと寝転がりながら魔導書やら物語やらを次から次へと読みふけって眠気が訪れるのを待っていただけであったが。
早めに休もうと思ったのは本当であった。だが、ソレイユがこうして時間を潰すかのように書物を読みふけっていたのには理由がある。
ふむと頷いたソレイユは一度書物から視線を外して見慣れた天井に向かって誰にともなく告げる。
「……今日はなんだか落ち着かないね」
理由は特にない。思い当たる節すらもなかった。
確かに生じるのは、理由もない胸騒ぎ。
外ではソレイユの気持ちを代弁するかのように木々が激しくざわめいている。
本日は風が強い。ざわめくその声は時折鎮まるも、また大きな声で不安を煽ってくる。
どうにも落ち着かず、そろそろゴロゴロと寝転がっているのにも限界が来ていた。
温かいものでも入れようか。この状態ならもう少し寝付けないかもしれない、そう考えた瞬間だった――。
――ベッドの横にある窓が大きな音を立てて割れたのは。
ソレイユは咄嗟のことで動けずに、呆然と固まって輝く破片を見つめていた。その破片と一緒に、何かが迷い込んでくる。
窓を割った犯人は、風ではなかった。
気が付いた時には、ソレイユの腹部にしっかりとした重みがあった。仰向けで寝ていたことによって、侵入者に馬乗りにされたらしい。首元には相手の手のひらがあり、力を込められていた。このまま締めることができる、そう主張したいのか少しばかりきつめに抑えられている。
だが、ソレイユは焦らなかった。
自分の上に乗っているのが、ローブをまとった子どもだったからだ。
数日前に出会った子どもたちよりも幾分か年上に見える。瞳はワインのように赤く染まっており、しっかりとソレイユを捉えていた。
ソレイユはその瞳と対峙する。呆気にとられたものの、静かに少年を見上げていた。
数日前に出会った少年たちとは違う。初めて見る子どもであった。
ソレイユはただ見つめるだけだった。何を発するわけでもなく、ただじっと。
すると、その沈黙を破るかのように、子どもが低く静かに問いかける。
「……お前が、魔女か」
まだ続いているんかーい。
ソレイユは心の中でツッコミをしていた。
不本意ながらもいまだに「魔女」扱いされているらしい。人の噂も七十五日、などと言うがそうすぐには払拭されないのか、はたまた真実が出回っていないのか。いずれにせよ、ソレイユは不本意ながらもその扱いを素直に受け止めることとし、ただ静かに返答した。
「君は一体誰なんだい、少年?」
「少年じゃねえ! そんなことはどうでも良い、弟にわざわざ手を出しやがって……。覚悟はできているんだろうな?」
はて、ソレイユは何のことだろうと本気で考えた。
心当たりがまったくない。弟に手を出すとは一体全体どういうことなのだろうか。
それにしても、弟……。
ソレイユの中でその言葉が妙に引っかかった。記憶を手繰り寄せて、そうしてあることを思い出す。
「ああ、もしかしてあの弟くんたちのお兄さんかい?」
ソレイユの脳裏に蘇るのは、数日前に保護した同じくローブ姿の三人の子どもの姿。彼らは兄のために、薬草を探して森に迷い込み、ハイウルフと遭遇していた。そこをソレイユが割って入り、要望通りの薬草を渡して見送ったのである。
ソレイユが問いかければ、馬乗りになった少年はクワッと牙を剥いて。
「お前にお義兄さんと呼ばれる筋合はねえっ!」
先ほどよりも強く吠えた。
ソレイユはおおっと呆気にとられる。
おっと、話が通じない……?
何やら盛大な誤解が生じているらしい。あの弟たちは何をこの兄に吹き込んだのだろうか。
ソレイユは困ったと一つ息をつく。
話が通じないと次に進むことはできない。それに、あの三人の弟たちの兄であるというのならば、「お兄さん」で間違いはないはずだ。
だというのに、である。
何故、「お兄さん」で怒られらのだろうか……。
間違ったことは言っていないはずだ。それに、ソレイユは彼らの名前を知らない。それ以外に呼び方があるだろうか。「少年」でも怒られ、「お兄さん」でも怒られるとしたら、あと思いつく呼び方としては一つだろう。
……クソガキ?
さすがにないだろうとソレイユは結論付けた。
結局、不思議で仕方がないのではあるが、ソレイユは首を傾げるだけに留めることにした。
それから、目の前にいるあの三人の兄だという人物に声をかける。
「おや、手を出したつもりはなかったんだけどね。ただ、保護しただけさ。そういえば、君の怪我はもう良いのかい?」
「お前が知らなくても良いことだ」
目の前の少年は、どうにもソレイユを信用していないどころか、敵認定しているらしい。
しかし、ソレイユは慌てることなく、肩を竦めて残念そうに告げるだけだった。
「そうか、それは残念。私が薬草を分けてあげたというのにね」
ソレイユが意地悪く告げれば、少年はぐっと言葉に詰まる。
沈黙が再度二人を包み込んだその時、打ち破ったのは不謹慎な玄関のベルの音であった。
Ⅱ
こんな時間に、来客……?
ソレイユは不思議だった。壁に掛けられている時計に視線を走らせれば、すでに日付を超えて午前二時を指そうとしている。この時間の来客なんて、非常識と言われても仕方がないものだ。
ましてや、ソレイユに心当たりもない。来客なら大抵知人の魔法使いが昼頃訪れるぐらいだ。この時間に来るなど、礼儀知らずにもほどがあるだろう。
だが、居留守を使うわけにもいかない。部屋の中が明かりで満たされている中、不在だと言い張ることには無理があるだろう。
ソレイユがふむと頷いて考えていれば、馬乗りになったままの少年が騒ぎ始める。
「おい、お前、この状況が分かって……!」
忘れ去られたと思ったのだろう。何やら苛立っている様子だったが、ソレイユはそれどころではなく。
「はいはい、少し静かにしておくれ」
簡単にあしらうと、動かせる手の指をぱちんと鳴らす。
すると、どこからともなく植物の蔓が伸びてきた。そして、少年にまとわりついていく。呆気に取られている少年はあっさりと四肢を捕らえられ、胴体までも拘束される。
その間にソレイユは悠々とベッドから起き上がり、ぐっと背伸びをした。そして、何事もなかったかのようにさっさと部屋を後にする。
少年が背後で騒いでいる。ギャーギャーと何か文句を言いながら、激しく動いて蔓から逃れようと必死だった。
ソレイユはふむと頷いて少年の元に戻ってくると、少年の口元に自身の人差し指をそっと添えて「しーっ」と囁いた。
それだけで少年が顔を赤くし、言葉に詰まる。
ソレイユはふふっと微笑むと静かに告げる。
「悪いけど、お客さんのようだからね。対応させてもらうよ。しばらくそこで大人しくしていなさい」
「はあっ⁉」
我に返った少年が大声で反応する。
ソレイユはひらひらと手を振って今度こそ踵を返した。そして、次いでとばかりに告げる。
「まあ、悪さはしないから。少しの間、魔法で捕まえさせてもらっただけだよ」
「はあっ⁉ おい、放せって! つーか、勝手なことばかり言ってんな!」
「おや、ダメだよ」
ソレイユは扉の取っ手に手をかけて首だけを振り向かせる。そして、ぱちんと片目を瞑って楽しそうに告げた。
「悪い子にはお仕置き、でしょう?」
ソレイユはふふっと笑って去っていく。扉を開けてそのまま騒がしい部屋を後にした。
ソレイユの自室は二階にある。階段を下りている間にも、再度呼び鈴が鳴らされた。聞こえていないと思われたのだろう。その後は結構な頻度で呼び鈴を押されているようだった。
それでもソレイユは焦ることなく、ただゆったりと歩くだけだった。普段通りに歩いて、玄関へと近づいていく。聞こえているのかも分からないが、一応声をかけた。
「はいはい、少し待っていておくれ」
ソレイユがようやく玄関に辿り着くと、相手を確認することもなく扉を開いた。不用心ではあるが、何かあったとしても何とかなるだろう、ソレイユにはその自信があった。
「はいはい……、っと?」
ソレイユが扉を開いて前を向けば、そこには誰もいなくて。不思議に思ってきょろきょろとしてみれば、下から声が聞こえてくるではないか。ソレイユはその声に導かれ、下へと視線を向けてみた。
そこには、ローブで包まれた小さな三人の子どもの姿があった。
どこか既視感を覚える中、目の前にいた一人の子どもがにこりと笑った。ローブの中から見えるのは赤い瞳と、満面の笑み。その笑みは無邪気に笑っているだけのようであった。
「夜分遅くにすまんのう。少し話がしたくて訪れたのじゃが」
「訪問販売ならお断りしているよ」
ソレイユが間髪入れずに淡々と返せば、目の前の一人は豪快に笑った。どこか老人を思い浮かべるような笑い方だった。
「違う、違う! ジジイたちはお主に礼を言いに来たのじゃ!」
「お礼……?」
その前に、ジジイ……?
目の前には子どもだと思われる小さな三人。小さな老人もいることにはいるが、表情や声の感じからはどう考えても子どもを想像する。ジジイと呼ばれるような年齢には見えなかった。
ソレイユは不思議に思いながらも外の様子へと視線を向ける。いまだに風は強く、木々たちのざわめきが止むことはなさそうであった。
「今日は風が強いからね。仕方がない、中に入りなさい」
「助かるのう」
三人は迷わずにソレイユの家の中へと足を踏み入れた。
この間とは違って、彼らは迷うことなくローブのフードを外す。
だが、この間の三人の弟たちと変わらない赤い瞳。全員がその瞳でソレイユを見上げていた。
目の前でにこやかに笑う子どもの髪は、白髪だった。先ほど話していた者で、にこやかにソレイユに話しかける。
「ジジイはパッセというのじゃ! 急にすまなかったのう!」
「ジジイ、には見えないけど親近感が湧くね。私も長いこと生きているから、おそらくその枠に入るだろうね。私はソレイユという」
「魔女も長生きなのじゃな。ジジイたちと変わらぬな!」
「魔女」の言葉にまた引っかかりを覚えるも、ソレイユはそれ以上に気になる言葉に疑問が生じた。
「え、君たちは人間じゃないのかい?」
彼は長生きだと言った、そして自分たちと変わらないとも言ったのである。それは、人間よりも遥かに長く生きているということを指している。つまり、見た目は子どもでも、中身は本当に老人であるという可能性が高まったということだ。
素直に問いかけたソレイユに、パッセと名乗った子どもは笑う。
「なあに、秘密じゃ!」
それって、違うと認めているようなものでは……? ……まあ、良いか。
ソレイユはそれ以上首を突っ込むことをやめた。過干渉はしない、それがソレイユの生き様である。
パッセたちを客間に案内して座るように促せば、パッセは座りながらソレイユへと問いかけた。
「そういやあのう、先に一人来ておらぬか? その者もジジイたちの仲間でのう」
ソレイユはその言葉に首を傾げた。
「一人? ……あ」
ソレイユはすっかりと忘れていた。パッセの言葉に、急につい十数分前の出来事を思い出す。
そう、自身の寝室で一人いまだに捕らえていることを、だ。
それまでパッセ以外の子どもを観察しており、黒髪と金髪か、なんて暢気に考えていたものだから、急に現実に引き戻された気がして、思わず苦笑してしまう。
パッセのインパクトが強すぎて、忘れていたな……。
ソレイユは肩を竦めて答えようと口を開いた。
「その少年なら――」
そこまで告げたところで、二階からドタバタと激しい音がして。何かを壊すような物音に、全員が上を見上げた。バタバタと遠くで音がしていたと思ったら、勢いよく転がり落ちるかのように階段を駆け下りてくる。音がどんどん大きくなっていった。
そして、息切れをした少年が姿を現した。肩で息を吸うほどに激しく呼吸を繰り返している。どうやら、力一杯暴れていたようだ。力技で蔓を引きちぎったと見て良いだろう。
だが、そのことがソレイユに疑問を生じさせた。
おや……。
ソレイユが疑問に思ったのも無理はない。いくら子どもだからと手加減していたとしても、さすがに引きちぎるのは無理がある、そう考えていたからだ。
特に、人間の子どもであればなおさら――。
ソレイユはふむと考え込む。
もしや、本当に人間ではないのだろうか……。
何らおかしくない話だ。この世界で生きている種族は多い。人間を始め、数々の種族が生活している。
それこそ、ソレイユを始めとした魔法使いだってその一部でしかない。
ソレイユは内心驚きつつも、表情には出すことなく振舞った。にこりと笑って抜け出してきた少年に問いかける。彼はいまだにフードを被ったままであった。
「おや、よく抜け出してきたね。良い仕置きにはなったかな?」
「おっ前、ふざけんなよっ……!」
ギロリと少年が睨みつけてきても、ソレイユは飄々と返す。
「ふざけてなんかいないさ。命を狙われるならそれ相応のことは覚悟しておかないと。それに、子どもが悪いことをしたらお仕置きするのも大人の重要な仕事でもあるからね」
ソレイユが楽しそうに返せば、言い返そうとする少年。だが、それを遮ったのは今まで黙って聞いていたパッセであった。
「なんじゃ、プランタン。お主、命の恩人の命を狙ったというのか!」
パッセが驚いて目を見開く。楽しそうだった声を、少しばかり怒気を含めた声へと豹変させ、強めの口調へと変化させた。
プランタンと呼ばれた少年は言葉を詰まらせ、バツが悪そうに視線を逸らす。
パッセはそれを肯定と受け取り、そのまま叱る姿勢へと移った。
「お主の弟たちを救ってくれた礼を言いに来たのじゃろうが! しかも、お主のためにと薬草を譲ってくれたというのに、何と罰当たりな。恩を仇で返すつもりか!」
「っ……、け、けど、パッセ……」
「けどもへちまもないわ、このバカもんが!」
パッセが一喝すると、プランタンは身体を小さくさせた。あれだけソレイユに強気でいた少年は、どうやらこのジジイだという者には頭が上がらないらしい。
興味深い、そう思っているソレイユに、パッセが非を詫びた。
「ほんにすまぬ。そのようなことをしておったとは……。言い訳もできぬ」
パッセが深々と頭を下げるのを、ソレイユは手で制した。そして、ひらひらと手を振る。
「気にしていないよ。何か誤解があったようだしね。あ、でも、窓の修理費だけ貰っても良いかい? もう木端微塵で」
「何と、器物破損まで⁉ プランタン、お主という奴は!」
パッセは相当お怒りだ。プランタンの身体がどんどん小さくなっていくように錯覚する。
ソレイユは肩を竦めて一つ息をついた。そして、気を取り直して口を開く。
「さて、冗談はさておき、」
「冗談⁉ どこが冗談だったのじゃ⁉」
「修理費。窓を壊されたのは本当のことだけど、子どもからお金を巻き上げるようなことはしないよ。というか、それよりも」
「それよりも⁉ 今の話を置いて、それよりも⁉」
パッセが律儀にソレイユの言葉に反応を示してくれるのは十分楽しいのだが、ソレイユはそれよりも本当に気になることがあった。
修理費なんて大したことない。それこそ、魔法を使って直せば良い。体力を使うし、使わなくて良いのであれば魔法なんて使いたくないが、今はそんなことどうでも良かった。
「そろそろ、本題に入らせてくれるかい?」
ソレイユがそう言えば、全員の顔に緊張感が走ったのであった。
Ⅳ
ソレイユは人数分の飲み物を用意してから、ゆったりと自席に座る。そして、腕を組んで静かに問いかけた。
「さて、こんな夜分遅くに来るってことは、それ相応の話があるってことなんだよね?」
ソレイユは愛用の椅子に深く腰掛けて全身を見据える。ローブを被ったままの頭、白髪、黒髪、金髪と色とりどりの姿が目に映る。
目が疲れるな……。
場違いなことを考えながら、ソレイユは返事を待った。
ソレイユは確信していた。これは短い話ではないのだろう、と。何か大きな、重要な話なのだろう、と。
そうでなければこんな夜分遅い時間帯にわざわざ他人の家に押し入るだろうか、と。
ソレイユは腕を組んで目の前の子どもたちから話をされるまでじっと待った。何せ、ソレイユからしたら彼らに話はないのだ。話があるのは子どもたち側、ならばとっとと話を聞いてお帰り願いたいではないか。
過干渉しないようにしているのに、面倒ごとに巻き込まれている気がするな……。
まだ、魔女扱いだし、と少しばかり根に持ちながらもソレイユはただ待った。促すこともなく、急かすわけでもなく、ただじっと。彼らが話したくなるのを待ったのである。
子どもからしたら話しやすいのかは知らないが、とにかく彼らの言葉で話をしてもらおうと考えていた。
それに、とソレイユは思う。
まだ、口を開いていない子どもがいる……。
先ほどから話をするのは、数日前に出会った子どもたちの兄であるというプランタンと、にこやかに話す自称ジジイのパッセ。残る二人である黒髪と金髪の子どもはいまだに一言すら発していないのだ。
言葉を発せられないのか、言葉を発する必要がないのか……。はたまた私を警戒してのことなのか……。
いずれにせよ、真相が分からない今、ソレイユが彼らを警戒するに越したことはないだろう。敵対心があるのはプランタンと呼ばれた子どもだけのように見えるが、何せわざわざ夜分に尋ねてきているのだ。多少なりとも警戒するだろう。
……とは言っても、自分から招き入れているわけだし、何より相手を見ずに扉を開けているからね。これは知人に怒られるかもしれないな。
口が裂けても話すのはやめておこう、そう心に誓いつつ、子どもたちから話を聞いてから判断しようと考えた。ソレイユは思考を停止させ、ただ子どもたちを見渡す。
だが、ソレイユの考えは一瞬で崩れることとなった。
皆を代表してパッセが口を開く。
「うむ、実はのう、先も言ったが礼を言いに来たのじゃ。それと一つ頼みがあっての、プランタンの弟たちに薬草を分けてもらいたいのじゃ!」
にぱっと満面の笑みであっけらかんと告げるパッセに、ソレイユはズルッと椅子からずり落ちそうになった。全身から力が抜ける。張り詰めた糸が完全に切れたことを理解した。
ソレイユはやれやれと首を振る。頭を抱えながら、力なく聞き返した。
「……わざわざそのためにこんな夜中に?」
「そりゃあのう、一大事じゃからな」
パッセはうんうんと何度も頷いて見せる。
ソレイユはパッセの言葉に首を傾げた。弟たちに薬草を分けて欲しい、となれば理由はだいたい決まってくるが、一応確認する。
「おや、あの弟くんたちは病気か何かかい?」
「ふむ、おそらくじゃが外に出た時に気を張っていたのじゃろう。急に熱を出しおってな。しかも、なかなか下がらんのじゃ。お主の元から戻ってきて次の日に発熱しおってな、いまだに下がらん。さすがに可哀そうになってのう、これほど高熱が続けば気にもなるじゃろうて」
「それはまた……」
「しかし、それとこれとは話は別じゃ。あの弟たちを救ってくれたのはお主だと聞いての、薬草を分けてもらったのも聞いて、礼を言うのと一緒に再度頼みに来たというわけじゃ。本当に先日は助かった、ありがとうのう」
パッセの言葉に、黒髪と金髪もぺこりと頭を下げる。プランタンはどこか不満そうだったが、パッセにひと睨みされて渋々頭を下げていた。
ソレイユは「大したことはしていないよ」と返してから、少しだけ後悔した。
自分は何もしていなかったこともそうだが、あの弟たちはそれほどまでに何か思い詰めていたのだろうか。出会って数時間で分かることなど数少ないことは理解しているが、帰宅してから体調を崩したと聞かされてしまえば、もう少し何かできたのではないかと考えてしまうのだ。
それに、体調を崩すということは何かしら原因があるというわけで。ただ、ソレイユにはその原因に思い当たるものがなかった。
ハイウルフの攻撃を受けている様子もなかったし、私の家で何かあった様子もなかった。外で警戒していたというのは一つの理由かもしれないが、それ以上に原因があったのだろうか……。
ソレイユがふむと首を傾げていれば、パッセが慌てて弁明する。
「いや、ただ外に出た影響じゃろう。お主のせいではない。もともと、ジジイたちは外に出ることが少ないのじゃ」
パッセの言葉に、ソレイユは再度ズルッとこけそうになる。悶々と考えていた自分の時間を返して欲しい、そう思ってしまった。
ふと、ソレイユは疑問に思う。
「しかし、それならばわざわざこの時間じゃなくても良いんじゃないのかい?」
その言葉に、パッセは困ったように眉を下げた。そして、言い辛そうに言葉を紡ぐ。
「すまんのう、ジジイたちは夜にならぬとなかなか動けんのじゃ。あの弟たちもそうじゃよ、昼間はなかなか動けんのじゃ。ローブを被っていればなんとか、って感じじゃな」
夜行性……?
ソレイユは的外れなことを考えながら、それ以上追及することはやめた。
そして、一つ息をつくと四人を見渡しながら静かに告げる。
「少し待っていなさい」
ソレイユは重たい腰を上げると、薬草の棚へと足を運んだ。瓶を一つ一つ確認し、目的のものを手にすると客間に戻ってくる。そして、その瓶を彼らの前にコトリと置いた。
その瓶の中には綺麗な水晶がいくつか保管されていた。光が当たって、七色に輝いて見える。
四人が興味津々に瓶の中を覗き込んでいる。パッセはしばらく見ていたが、やがてソレイユに視線を戻して問いかけた。
「こやつは……?」
ソレイユは淡々と説明する。
「輝玉と呼ばれる実だよ。その名の通り、輝いている水晶のような実が気になることからその名が付けられた。風邪薬には持ってこいの薬草だよ」
輝玉。木に木の実のようにできる光り輝く実だ。光の反射によって、虹色に輝いて見えるのが特徴で、日光のよく当たる場所になりやすい。天候が崩れると隠れてしまうと言われているため、晴天の時に探す必要がある代物だった。
「これをすり潰して薬にして飲ませなさい。そうすれば、二、三日で完全に回復するだろう」
「……すり、つぶす?」
黒髪の子どもが初めて言葉を発した。どこかたどたどしい感じは、本当に子どものようだった。
ソレイユは頷いて肯定する。
「そう、リンの実みたいにね」
「り、んのみ……?」
黒髪の子どもが繰り返すのを、ソレイユは見届けながらふむと考え込んだ。そして、記憶を頼りに説明する。
「確か……、地方ではリンゴと呼ばれているらしいね。ほら、赤い果物」
「世間一般的にそっちだろっ!」
プランタンが吠えるようにしてツッコミを入れてくる。
だが、ソレイユは飄々としていた。
「おや、何を言っているの、魔法使いの中では一般的にそう呼ばれているんだよ」
ソレイユの言葉に、今度は子どもたちが目を丸くした。ソレイユはふふっと面白いとばかりに笑ってから説明をする。
「魔法使いたちは世間と切り離されているところがあってね。普段の食べ物ですら、自分たちが使う薬草のように呼ぶのさ。いつからそうしているのかはもう忘れてしまったけどね、魔法使いなりに一般人と区切っているのさ、悪用されないとも限らないからね。私たちに世間一般は通用しないようなものだよ」
ソレイユは綺麗な笑みを浮かべて言い聞かせる。何故か四人の子どもたちがその笑みを見て固まっていたのだが、ソレイユは疑問に思うことすらなかったのであった。
Ⅳ
そうして、当初の目的が果たされたことにより、ようやく子どもたちが帰る時間となった。
パッセがフードを被りながらにぱっと笑う。
「随分と長いこと世話になったのう! それに、また薬草も分けてもらった! お主には感謝しかないわい!」
「本当にね」
ソレイユは肩を竦めた。
かれこれ二時間、いやそれ以上に彼らは居座っていた。すでに空が明るくなり始めている。明け方にも近いこの時間、ソレイユはすでに眠気と戦っていた。
やれやれ、今日は一日眠るとしようか。さすがに年寄りには応えるね……。
その前に家の修復をしなくては、そう考えていたソレイユにパッセが問いかける。
「また来ても良いかのう。もう少し、お主とはゆっくり話したいものじゃ」
「次に来るなら大人と来なさい。子どもだけでここまで来るのは危ないからね。あとは時間を少し考えて欲しいと言ったところかな」
ソレイユはやれやれと首を振る。だが、確かにパッセとの話は面白かった。どこか親近感が湧く話し方に、もう少し話してみたいと思ったのは事実であった。
すると、ソレイユの服の裾をクイッと小さく引っ張る手があった。ソレイユがその先に視線を向けてみれば、いまだに言葉を発していない金髪の子どもの姿があって。
おや……。
ソレイユは不思議に思う。かれこれ二時間以上の時間居座っていても、一度も言葉を発しなかった子どもだ。だが、今になって何かを伝えようとしているらしい。
ソレイユは話を聞こうとしゃがむ。服の裾が汚れようと気にしない。耳を子どもの口に寄せると、その子どもはポツリと告げた。
「……あなたは、今後も苦労するね」
ソレイユはその言葉に目を丸くする。妙に大人びた言い方だと思った。
それよりも、である。
今後も、ってどういうことだろう……。
聞いてみたいような、聞きたくないような。ソレイユはしばらく悩んだ挙句、それ以上聞かないことにした。金髪の子どもの頭を優しく撫でながら、クスリと笑ってお返しとばかりに耳元で囁いてやる。
「そうかい、肝に銘じておくことにするよ」
すると、目の前にいる金髪の子どもはたじたじになって、ソレイユから手を離したかと思ったら、自身のローブをぎゅっと握った。
その姿に首を傾げるも、すぐに低い声で呼ばれてそちらに振り向けば、プランタンと視線が絡み合う。
「……弟たちが治らなかったら、覚悟しておけよ」
「さてね、その心配はないんじゃない。きっと、治るよ」
ソレイユは自信満々に笑みを浮かべてから、プランタンの頬をするりと撫でる。
「それでも納得がいかなかったら、私の元においで。その時はたっぷりと相手をしてあげよう」
ソレイユの綺麗は微笑みが、プランタンへと向けられる。
すると、兄はかあっと顔を真っ赤にした。
ソレイユはその姿に、おやと笑って。
「君がリンの実みたいになっているけど、大丈夫かい?」
「……そ、そうやって、人を揶揄うんじゃねえ、バーカ!」
そう言ってプランタンは駆けだした。
その姿をソレイユは見送りながら納得する。
「おやおや、弟くんとよく似ているね」
「こら、待たぬか、プランタン! 礼を言ってから帰らぬか!」
「別に構わないよ。帰り道は大丈夫かい?」
ソレイユはパッセに問いかける。
パッセは元気よく答えた。
「うむ、大丈夫じゃ! 本当に世話になった、ありがとうのう。すまぬがこれで! また会おうぞ、ソレイユよ!」
パッセの言葉に、慌てて黒髪と金髪も駆けて去っていく。
風はすでに止んでいた。嵐とともに、子どもたちも去っていく。
ふと、ソレイユは疑問が生じた。先ほどのパッセの言葉である。
「……また?」
確かにパッセは告げた、また会おうと。
その前にもまた話に来てよいかとも言っていた。本当に来るつもりなのだろうか。
ソレイユはふむと考えて、すぐにその考えを打ち消した。
「そんなこと、そうそうないでしょ」
ソレイユはふあっと一つ欠伸をすると、家の中に入る。これから眠るのだ、もし知人の魔法使いが来たとしても居留守を使って追い返そうと誓う。
この時のソレイユは子どもの戯言だと相手にしていなかった。
だが、二度あることは三度あるというもの。
そして、金髪の子どもの意味深な言葉。
ソレイユは身をもって思い知ることになるのであった――。




