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追放された魔獣調教師、最強美少女魔獣を限界突破させてレースで無双する  作者: 綾瀬 灯


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13/20

第11話「氷解の好敵手と凱旋の宴」

王立セントラルスタジアムを包み込んだ十万人の大歓声は、レースが終わってからも一向に鳴り止む気配がなかった。


巨大な魔力掲示板に表示された『イグニス・フレア』の優勝を知らせる文字と、過去のG1レコードを大幅に塗り替えたという信じられないタイム。それは、この国の魔獣競技の歴史が完全に覆った瞬間の証明だった。


「イグニス!」


俺はたまらずフェンスを飛び越え、ターフの上へと駆け出していた。


先頭でゴールテープを切り、ゆっくりとしたペースに落としてコースを戻ってくる黒い流星。イグニスは俺の姿を見つけるなり、弾かれたようにこちらへと向かって走り出した。


「ノアっ!!」


凄まじい勢いで飛び込んできた彼女の体を俺は全身で受け止める。ズドンッという衝撃と共に、限界まで高められた彼女の体温と、圧縮されていた黒焔の余熱が俺の体を包み込んだ。汗だくになった彼女の小さな背中を、俺は何度も何度も力強く叩いた。


「やったな! 完璧だった! G1制覇だ、イグニス!!」


「へへっ……! 言っただろ、どんな氷だってわたしの炎でブっちぎってやるって。わたしが一番だ!!」


イグニスは満面の笑みを浮かべ、背中の尻尾をプロペラのように振り回している。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいたが、それは苦しみや悲しみから来るものではない。己のすべてを出し切り、大好きな走ることで頂点に立ったという、純粋な歓喜の涙だった。


俺たちがターフの真ん中で喜びを爆発させていると、ふと、背後から静かな足音が近づいてくるのに気づいた。振り返ると、そこにはユリウス公爵と彼の相棒である銀氷狼のグレイシアの姿があった。


グレイシアの様子はレース前とは明らかに違っていた。常に氷のように冷徹で一切の感情を見せなかったあの瞳には、初めて疲労と敗北への戸惑いが浮かんでいた。ハァハァと荒い息を吐き、自慢の銀色の毛並みも汗と溶けた氷で濡れそぼっている。それは、彼らが自身の計算と限界を超えて、本気でイグニスに勝とうと足掻いた何よりの証拠だった。


「……見事だった、ノア殿」


ユリウスは静かに立ち止まり、俺に向かって深々と頭を下げた。


大貴族であり、天才と謳われる彼が、無名のテイマーに対して見せたその真摯な敬意に、スタジアムの一部がどよめいた。


「私の『絶対管理』による計算は、君たちの走りの前に完全に崩れ去った。あの氷のターフの上で、まさか摩擦をゼロにして滑空するなどという非合理的な走法を見せつけられるとはな……完敗だ」


「非合理的じゃないさ。俺とイグニスが、あいつ自身のポテンシャルを信じて一緒に探し出した、最もあいつらしい最適解だ」


俺の言葉にユリウスはわずかに目を細め、自らの傍らで息を切らすグレイシアへと視線を落とした。


「最適解……か。私は魔獣から感情を削ぎ落とすことこそが究極の完成形だと信じていた。だがレースの終盤、私のグレイシアは君の魔獣が放つ圧倒的な熱に当てられ、初めて計算外の動揺を見せた。そして同時に私自身も、君たちの型破りな走りにいつの間にか魅入られてしまっていた」


ユリウスの氷のように冷たかった青い瞳に、わずかながら人間らしい柔らかな光が宿っているのが見えた。


「機械のように完璧な走りよりも、互いを信じ合い、限界を超えようとする熱い走りの方が圧倒的に速くて美しい。それを教えてくれた君たちに感謝する」


「ユリウス公爵……」


「これからは私も、君の『真・育成』から学ばせてもらおう。このグレイシアと共にもう一度ゼロからな。次に対戦する時は、決して今日のように簡単にはいかないと思いたまえ」


ユリウスの言葉を聞き、イグニスが俺の背中からひょっこりと顔を出した。彼女は息を切らすグレイシアに向かって、ニシシと笑いながら右手を突き出した。


「お前、すっごく速かったぞ! 氷の風もめっちゃ冷たくて、途中でくしゃみが出そうになった! またいつでも勝負してやるからもっと強くなってこいよな!」


グレイシアは戸惑ったようにユリウスを見上げた後、ゆっくりとイグニスに近づき、その小さな手に冷たい鼻先をすりんと擦り付けた。それは種族も主義も違う二体の魔獣の間に、確かなライバルとしての絆が芽生えた瞬間だった。


熱狂の王立ダービーから数時間後──表彰式と無数の取材を嵐のように乗り切った俺たちは逃げるようにして王都の中心部を抜け出し、夕暮れの郊外へと帰路についていた。


「あーっもう、あのチカチカする魔法のカメラとかマイクとか、鬱陶しくてしょうがなかったぞ! わたしは早くお肉が食べたいのに!」


「ははっ、G1のチャンピオンともなれば仕方ないさ。でも、これで文句を言う奴はもう誰もいない。俺たちのやり方が正しかったと世界中に証明できたんだからな」


馬車に揺られながら、俺は懐でずっしりと重みを主張する優勝賞金の革袋と、栄誉ある王立の盾を撫でた。俺たちが手作りの厩舎に辿り着くと、そこにはいつものように温かい静寂が待っていた。


「ヒヒーンッ!」


放牧地の柵から身を乗り出し、真っ白な天馬のシロが嬉しそうに嘶《いなな》いて出迎えてくれた。その脚取りはすっかり力強さを取り戻しており、俺たちの帰りを今か今かと待ちわびていたのがわかる。


「ただいま、シロ! 見てたか!? わたし、一番になったぞ!」


イグニスは馬車を飛び降りるなりシロに抱きつき、背中の盾を誇らしげに見せびらかした。シロも自分のことのように喜び、イグニスの頭を優しく舐めて祝福している。


「よし、それじゃあ今日は、この箱庭が始まって以来の最高に豪華な大宴会だ!」


俺は王都の市場で賞金に糸目をつけずに買い占めてきた食材の山を、厩舎の前にドサリと広げた。


「親父さんに頼み込んで用意してもらった、特上の『皇帝竜の骨付き霜降り肉』が十キロ! さらに、シロのために最高級の『黄金エンバク』と、王宮御用達の甘い果実の詰め合わせだ!」


「皇帝竜のお肉!? うおおおおっ!! ノア、最高だ!! 大好き!!」


イグニスの目が星のように輝き、口からは早くも大量のよだれが垂れている。俺はすぐさま厩舎の前の暖炉に火を入れ、巨大な鉄板で皇帝竜の肉を焼き始めた。凄まじい脂の甘い香りが周囲に弾け飛び、イグニスとシロが鉄板の周りをソワソワと歩き回る。


「はい、お待たせ。G1制覇本当におめでとう。好きなだけ食え!」


大皿に乗せられた肉の山を前に、イグニスはもはやナイフとフォークすら使わず、手づかみで野生の魔獣のように肉に食らいついた。


「あむっ! むぐ、がっちゅ……! んんんん〜〜〜っっ!!」


頬をパンパンに膨らませ、目を白黒させながら至福の表情を浮かべるイグニス。シロも隣で黄金エンバクをバクバクと食べながら、嬉しそうに尻尾を揺らしている。


その幸せそうな光景を見つめながら、俺は冷たい果実水をあおった。王都の喧騒を離れたこの静かな箱庭。


虐待され、殺されかけていたイグニスを連れ帰り、二人で泥だらけになりながらコースを作り、温泉を掘り、走る喜びを取り戻してきた日々。


そして、壊れかけていたシロを迎え入れ、少しずつ賑やかになっていったこの場所。


ユリウスのような大貴族の豪華な施設に比べれば、ここはちっぽけで泥臭い場所かもしれない。だが、ここには間違いなく世界中のどのクラブにも負けない愛と信頼があった。


そして俺たちの今日の勝利は、魔獣を道具として使い捨てるこれまでの競技界の常識を根底から破壊したのだ。明日からは、きっと多くのテイマーたちが俺たちの『真・育成』の理念を学び、魔獣との接し方を変えていくはずだ。もう、シロのような悲劇を生むクラブは淘汰されていくだろう。


「……ノア? どうしたんだ、そんな真剣な顔して。お肉が焦げちゃうぞ?」


顔中を脂だらけにしたイグニスが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。


「いや……この箱庭を作って、本当によかったなと思ってな」


「なんだよいまさら。そんなの当たり前だろ」


イグニスは骨付き肉を一本平らげると、ドンッと俺の隣に座り、油まみれの手で俺の肩をバシバシと叩いた。


「わたしは世界がどうなるとか、競技界の歴史がどうとか、そんな難しいことはよくわからない。でもな、一つだけ絶対にわかってることがあるぞ」


「なんだ?」


「わたしが一番速く走れるのは、ノアが一緒にいてくれるからだ。ノアが作ってくれたお肉を食べて、ノアが作ってくれた温泉に入って、ノアが行け! って言ってくれるからわたしは誰よりも飛べるんだ」


黄金の瞳が、焚き火の光を受けて真っ直ぐに俺を射抜く。そこには初めて出会った時の憎しみや怯えは欠片もなく、俺への絶対的な信頼だけが燃えるように輝いていた。


「だからこれからもずっと一緒に走ろうな、ノア。わたし、もっともっと速くなって世界中の奴らをぶっちぎってやるから!」


その言葉に俺は胸の奥が熱くなるのを感じながら、彼女の頭をくしゃくしゃに撫で回した。


「ああ、約束する。俺とお前の箱庭経営は、ここからが本当のスタートだからな」


夜空には満天の星が輝き、涼しい風が手作りの魔力芝を心地よく揺らしている。シロの穏やかな寝息と、イグニスの豪快な咀嚼音が響く小さな厩舎。


底辺から這い上がった無名のテイマーと世界最強の黒焔竜。二人の築き上げたこの温かい箱庭から、俺たちの新たな伝説が始まろうとしていた。

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