【想いに壁はない】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜ちょっと意外なお客様〜
私はもう、すっかりおばあちゃん犬になってしまった。
小さい頃からずっとあの子を見守ってきたの。昔は毎日一緒に遊んだけれど、最近の私は体力が落ちて、横になっている時間が長くなった。そうすると、あの子が近寄ってきて優しく撫でてくれる。本当に気持ちがいいわ。あの子はとても優しい子なの。
それなのに、その子とお母さんが激しく争ってしまった。あんなにひどい喧嘩、もう聞いていられなかった。最後にその子が家を飛び出して行ってから、もう何日も帰ってこない。
「行かないで」と一言だけ吠えたけれど、あの子は私の方を見向きもしなかった。お母さんも優しいし、あの子だって本当は優しいのに。ただ、ほんの少しすれ違っただけなのに。
悲しくて、胸が苦しくて、もうこのまま私は動けなくなってしまうのかしら。もう二度と、あの子に会えないの?
そう思っていた時だった。都会のマンションのケージの中にいたはずの私が、ふと気がつくと、見たこともない場所にいた。周りは自然がいっぱいで、地面はアスファルトではなく柔らかな土の感触。私は生まれた時から都会暮らしだったから、少しびっくりしてしまった。
目の前の古民家の縁側に、知らないおばあちゃんが座っている。おばあちゃんはニコニコと私に声をかけた。
「珍しいお客様が来たわね。モフモフさんは初めてだわ」
私は縁側に上がりたかったけれど、足が弱くてどうしても登れなかった。するとおばあちゃんは、わざわざ縁側から降りてきて、そっと私を抱き上げてくれた。その腕はとても温かかった。
「怖がることはないわよ。ここは安心できる場所だからね」
おばあちゃんは、「緑茶は飲めないわね」と笑うと、鉄瓶から白湯を器に注ぎ、少し冷ましてから差し出してくれた。
私が不安を吐き出すように「クーン」と鳴くと、おばあちゃんは私の頭を撫でてくれた。
「そう。そんなことがあったのね。それは悲しいわねぇ」
おばあちゃんが庭の木を指差した。
「あの木を見てごらん。二本の枝がくっつきそうでくっつかなくて、でも、お互いぶつかり合うこともなく、寄り添って立っているね」
風に吹かれて揺れる木々を見ながら、おばあちゃんの手のぬくもりに、私は目を細めた。
「みんなお互いを思いやっているのに、ちょっとすれ違っただけなのね。大丈夫、きっと伝わるよ」
喉が渇いていたので、冷めた白湯を全部飲み干した。すると、おばあちゃんが森の先を指差した。
「ほら、あそこを見てごらん。道が現れたよ」
おばあちゃんは、私をゆっくりと縁側から降ろしてくれた。
「ここは一期一会。もう二度と来られない場所なんだよ。でも、この景色をいつでも思い出せるように……」
そう言って、リボンにつるした、おばあちゃんの着物と同じ模様の折り鶴を、私の首に優しくかけてくれた。
私はとぼとぼと、何度も振り返りながら、自分の家へと続く道を進んでいった。




