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【緑茶の香りと、小さな宝物】

ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。

1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。

悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。

さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?



〜子供を思うお客様〜


「ハイハイ」「べつに…」「ウン」「で?」「ムリ!!」

私がどんなに言葉を尽くして話しかけても、返ってくるのは息子が投げつけてくるこの短い言葉たちだけだ。まるで会話というラリーを、私一人で空振りしているような気分になる。

最近の息子は、いくら話しかけてもチラッとも見ずに通り過ぎ、完全無視。それなのに、お小遣いや欲しいものがある時だけは優しい声で近づいてくる。そんな打算的な態度だと分かっていながら、その声につい言いなりになってしまう自分がいやになる。

それなのに、私が少しでも息子の痛いところを突けば、言葉は100倍になって返ってくる。

「じゃあ学校に行かなくていいんだ。受験もしない、引きこもっていいんだね!」

あんなに小さかった頃、「ママ、ママ」とまとわりついて可愛かったのに。私の育て方がいけなかったの? 何がいけなかったの? 悲しさと、誰かにすがりたいという依頼心が爆発し、私はキッチンで呆然と立ち尽くしていた……はずだった。

気がつくと、頬をなでる優しい風を感じた。

周りを見渡すと、見たこともない場所だった。目の前には古民家があり、縁側でおばあちゃんがニコニコと座っている。

「ここはどこでしょうか……私、確か夕飯の準備を……」

戸惑う私に、おばあちゃんは優しく言った。

「まぁ、そうなのね。それは大変だったねぇ」

パニックになりかけたけれど、おばあちゃんのあまりの穏やかさに毒気を抜かれ、私は静かにその横に座った。出された緑茶の香りが鼻をかすめ、張り詰めていた心が少しずつほどけていく。

「おばあちゃん……あんなに可愛かった息子が、私のことを無視するの。思い通りにならないと脅してくるのよ。自分の人生なのに、なんで私を責めるの?」

涙ながらに吐き出すと、おばあちゃんは黙って池を指差した。そこには大きな亀と小さな亀が、ゆっくりと歩み寄っている。

「あらあら、大きな亀と小さな亀が歩み寄っているよ。親子なのかねぇ」

池のほとりで日向ぼっこをする亀たちを眺めているうちに、不思議と心がすっと静まった。

息子が初めて笑顔を向けてくれた時のこと。小さな手が私の手を握りしめてくれた時のあの感触と暖かさ。

――そうだ、私は息子のために夕飯を作らなきゃ。

お茶を一気に飲み干すと、森の先に見慣れた我が家のキッチンがぼんやりと浮かび上がった。

「おばあちゃん、ありがとうございます。お茶、とても美味しかったです。今度、手作りのケーキを持ってまた来ますね」

そう伝えると、おばあちゃんは寂しそうに微笑んだ。

「それはそれは嬉しいけれど、ここはね、一度しか来られない場所なんだよ。一期一会なんだから」

「そんな……また話を聞いてほしかったのに」

そう言う私に、おばあちゃんは着物と同じ柄の折り紙を差し出した。

「これを持ってお帰り。これを見るたび、今日の景色を思い出してね」

おばあちゃんの手は、驚くほど温かかった。私は深々とお礼をし、その温もりを胸に、夕飯を作るためキッチンへと戻っていった。

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