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縁側のひみつ茶屋  作者: Fos B


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【本人が忘れてしまっても思いはずっと続いていく】

ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。

1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。

悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。

さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら? 



〜何もかも忘れてしまうお客様〜


もう、ただただ呆然とするしかなかった。まさか自分がどうして。今、絶望感とただ虚しさとがぐるぐると頭を巡り、どうしたらいいかわからない状態になっていた。

最近、物忘れがひどくて、一瞬記憶が飛ぶこともある。でも、自分では普通に過ごしているつもりだった。それなのに、時々抑えきれないイライラが急に襲ってきたりして、前より言葉遣いが意図せず乱暴になったりした。ちょっと様子がおかしい私に、娘が「一緒に病院に行こう」と言って、今日、アルツハイマーだと診断された。

その診断にとてもショックを受けた。私はこれからどうしたらいいんだろう、どうすべきなんだろう、何もわからない。今までの生まれてきた時からの記憶がなくなってしまうのだろうか。今までの喜びも悲しみも、全部忘れちゃうのだろうか。私は潔癖症くらいきれい好きだったのに、それもなくなってしまうのだろうか。娘にも、息子にも、旦那にも迷惑をかけてしまうのだろうか。みんなのことを、私は忘れちゃうのだろうか……。絶望しかなかった。

そんな時だった………

ふと、心地よい風が私を撫でた。周りを見回すと、目の前に古民家があり、縁側におばあちゃんがニコニコと座っていた。

「よくいらっしゃったわね。こっちに来て、お茶を1杯飲んで行かないかい?」

「私、どこに来ちゃったんでしょうか……。こんなに急速に病状が進行したのかしら。幻を見るなんて」

「あなたはまだまだ大丈夫よ。さあ、こっちへいらっしゃい」

私は言われるがままに縁側に座った。そして、とても良い香りのする緑茶をひと口飲んだ。緑茶の甘さと香りが口と鼻に広がって、とても安心して落ち着いた気持ちになった。そして、今日の出来事を、おばあちゃんにぼそぼそと喋りだした。

「私、どうしたらいいのかしら。何もかも忘れるなんて……。今こうしておばあちゃんと喋っていることも、忘れてしまうのよ。今までの何十年もの思い出がなくなってしまうなんて……」

「そうさね。それは辛かったねぇ」

「娘なんて、私が泣くより前に泣き出しちゃって……。娘にも息子にも悲しい思いをさせ、旦那にも迷惑をかけると思うと……」

「あなたがね、一番辛いんだから。あなたの優しさは素晴らしいことだけど、自分のことを一番に考えてもいいと思うのよ」

そう言われて、私は大声で泣き出してしまった。今までの我慢が堰を切ったように、一気に溢れ出してしまったのだ。恐怖と絶望と悲しみと、いろんな思いがごちゃごちゃになっていた。

「私、長く働いていて、仕事を辞めたばっかりだったんですよ。これから旅行でもしながらのんびりと暮らそうなぁって思っていたのに……。今までいろいろ苦労があったけど、やっと、やっと……」

おばあちゃんは何も言わずに、ずっと私の背中を優しく撫でてくれていた。そして、こう言ってくれた。

「あそこにある花たちを見てごらん。あの花たちはね、1年草で1年で枯れてしまうけれど、種を落としてまた次の年には前の年以上に、どんどんどんどん花が増えていくのよ。何も慰めることはできないけれど、あの花たちのように、あなたの思いもどんどんどんどん娘さんや息子を通じて広がって、残っていくんじゃないかねぇ」

「そうか……。私は存在自体がなくなるわけじゃなくて、私の思いは息子や娘を通じてずっと残っていくのかな。そう思うと、少しは元気が出てきますね」

私がそう言うと、おばあちゃんは優しく微笑んだ。

「あなたの道が現れたよ。もう家族のところに帰れるからね。この場所は一期一会で、もう会うことはできないけれど、これを持っていっておくれ。あなたはここのことを忘れてしまっても、この折り鶴は、あなたのこともここの場所のことも覚えているからね」

そう言って、おばあちゃんは自分の着物と同じ柄の折り鶴を、私にそっと手渡してくれた。

私は、あとどのくらい色々なものを覚えていられるかなぁと思いながらも――「たくさんのことを忘れないうちに、また思い出を何回でも思い出そう」と思いながら、縁側の道を歩いて行った。

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