【クスッと笑える心の余裕が大切】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜ちょっと恥ずかしい思いをしたお客様〜
なぜ私は、いつもこうやってやらかしてしまうのだろう。
サービスエリアで車を降りてトイレを済ませ、戻ろうとしたときのことだ。同じ白いワゴン車だったせいで、見知らぬ他人の車のドアノブをガチャガチャと引いてしまった。以前も、道路の脇で主人の車を待っていて、全く違う車に乗ろうとして慌てたことがある。
「またやっちゃった……」
周りの人が見ていたら、怪しい人間だと思われたに違いない。恥ずかしさと自分への情けなさで、頭がぐちゃぐちゃになり、炎天下の中でぼーっと立ち尽くしていた――そのはずだった。
気がつくと、目の前に古い古民家があり、おばあちゃんが縁側からニコニコと手招きをしていた。
「おや、炎天下で汗だくじゃないか。お茶を1杯飲んでゆっくりしなさい」
不思議と警戒心は湧かず、フラフラと縁側に近づいておばあちゃんから緑茶を受け取り、ひと口飲んだ。スーッと頭のぼーっとした感覚が引いていく。
「おばあちゃん……私、またやっちゃったんです」
私は、さっきの恥ずかしかった出来事をポツリポツリと話し始めた。
「注意力散漫なのかなって、自分が嫌になるんです。どうしたらいいんでしょう……」
おばあちゃんは優しくうなずきながら聞いてくれた。
「たまたま気が抜けたときに、そういうことをしてしまうもんだよ。注意力散漫なんかじゃない。心がそれだけ疲れていたんだねぇ」
その言葉に胸が少し温かくなった時、おばあちゃんが庭のほうを指差した。
「ほら、あそこの森をごらん。リスがキョロキョロと餌を探しているよ。……ああっ、キョロキョロしすぎて、手に持っていた餌をひとつ落としちゃったね」
おばあちゃんが指差した先を見ると、あまりにもコミカルで一生懸命なリスの動きに、私は思わず「ふふっ」と声を出して笑ってしまった。
「人間だって、疲れているときには自分をねぎらってほしいものさね」
おばあちゃんが優しく微笑む。リスの愛らしい姿を見ているうちに、さっきまでの自己嫌悪や恥ずかしさが、なんだかどうでもよくなるくらい溶けていった。
お茶をすべて飲み干すと、おばあちゃんは少し寂しそうな、けれど優しい顔で言った。
「ほら、あそこに道が現れたよ。そろそろ戻りなさい」
そして、自分の着物と同じ柄の小さな折り鶴をそっと手渡してくれた。
「ここは一期一会の場所だから二度と来られないけれど、また落ち込んだ時はこの折り鶴を見て、あのコミカルなリスを思い出してごらん。そうすれば、少し心に余裕ができるからね」
「おばあちゃん、ありがとう……」
私は折り鶴を大切にポケットにしまい、深々と頭を下げた。
暗いことばかり考えず、もう少し気楽にいこう。
私は少し軽くなった足取りで、自分の車の待つ駐車場のほうへと歩き出した。




