【心に余裕を、親猫の背中】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜行き場のない怒りを抱えたお客様〜
俺は一生懸命、疲れるのを我慢して運転しているのに、なんで横で堂々と寝られるんだよ。バックミラーを見れば、子供たちもすやすや眠っている。休日に家族サービスを求められ、激混みの海へ連れ出され、渋滞の中を必死にハンドルを握っているのは俺だ。会社でも中間管理職として上と下の板挟みになり、自分のフォローなんて誰もしてくれない。
一体、俺は誰にこの怒りをぶつければいいんだ……!
頭がボーッとするほどの暑さと疲労、そして収まらないイライラを抱え、やっとの思いでサービスエリアの駐車場に車を滑り込ませた。その時だった。
気づけば、手に持っていたはずのハンドルがなく、私は古い縁側にぼーっと座っていた。
「へっ……?」
「あらあら、運転中にそんな顔をしていちゃ危ないわよ」
「運転中じゃない、ちゃんとパーキングに……って、ここはどこだ? 俺は幻でも見ているのか?」
「幻じゃないわよ。まぁ、お茶を1杯飲んで落ち着きなさいな」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろ、車には家族が――」
言いかけたところで、ふわりと温かい緑茶の香りが鼻をかすめた。その香りに包まれた瞬間、張り詰めていたトゲトゲしい怒りが、少しだけスッと引いていく。
「おばあちゃん……聞いてくださいよ」
俺は、喉まで出かかっていた愚痴と悔しさを、堰を切ったように吐き出した。
「会社でヘトヘトなのに、休みの日まで家族サービスで連回されて、俺ばかりが運転して……誰も俺を休ませてくれないんだ」
おばあちゃんは遮ることなく、「それは大変だったねぇ」「みんなあなたの運転に安心しきって、甘えているんだね」と、ただ優しくうなずきながら聞いてくれた。
「ほら、あそこをごらん」
おばあちゃんが指差した縁側の片隅には、親猫と子猫が日陰の涼しい場所で寄り添い、すやすやと眠っていた。
「あの子猫たちはね、安心して身を預けているだろう? 親猫っていうのは、いつだって守るために気を張っているものさ。でもね、親猫自身も休む場所が必要なんだよ」
猫の親子をぼんやり眺めていると、ささくれ立っていた心が、不思議と温かいもので満たされていくのを感じた。
お茶を飲み干すと、おばあちゃんは優しく微笑んだ。
「ほら、あそこに帰りの道が現れたよ。家族のもとに戻りなさい」
そして、自分の着物と同じ柄の小さな折り鶴をそっと手渡してくれた。
「ここは一期一会の場所だから二度と来られないけれど、イライラした時はこの猫の親子を思い出してごらん。あなたにも、ちゃんと休憩が必要なんだからね」
「おばあちゃん、ありがとう……」
俺は折り鶴をポケットにしまい、深々と頭を下げた。
少しだけ軽くなった足取りで、俺は家族の待つ車のほうへと歩き出した。




