【自分の羽で、じょうずに飛ぶ日まで】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜小さな胸の大きな決心をした、年長さんのお客様〜
私、もう怒ったんだから……!
どうして幼稚園の先生は、私をのけ者にするんだろう。私だってお家にピアノがないから弾いてみたいのに、先生はその子につきっきりで教えてあげていて……。私も教えてほしくて近づいたのに、「今この子に教えてるんだから、あなたは向こうで遊んでいなさい」って言われちゃった。その子はピアノを習っているし、お家にもピアノがあるんだもん。私だってお家にはないんだから、先生に教えてほしいのに……! なんで教えてくれないのよ……。
それに、お弁当の時間のときもそう。私が持っていった乳酸飲料を、隣の子のコップに勝手に入れられちゃって……。先生に「それ私のだよ!」って言ったら、「今日は我慢しなさい」って言われたの。
お家に帰ってきて、さっき夕飯のときに思い出してお母さんに言ったら、「何で早く言わないの! その場で言いなさいよ。せっかく持っていったものを他の子にあげるなんて、先生から何の報告もなかったわよ!」ってお母さんも怒り出ちゃった。楽しみにしていた乳酸飲料を飲めなかったのは私なのに……。お母さんも私を怒らないで、先生に怒ってよ……!
それに、この間は工作の時間だったの。線を引いたところを切って、組み立てたらヘリコプターになる工作だったんだけど、私、なかなか上手にできなくて……。終わったあとに「外で遊んでいいよ」って言われたけど、私は最後まで残っちゃった。
やっとできたと思ったら、ヘリコプターのプロペラが逆についてて、先生に「これでいいわ」って言われちゃったの。他の男の子みたいに、せっかく作ったから紐を通してぶら下げて遊びたかったのに、「それは外に持って行っちゃダメよ」って言われちゃった。
その前の日の折り紙で鶴を折るのも、できなくて泣いちゃった。結局時間が足りなくてできなくて、お迎えのときにお母さんが「どうして泣いたの?」って聞くから「うん」って答えたら、「どうして?」って言われたから「鶴が折れなかったの」って言ったら、お家に帰ってから「なんで鶴ぐらいすぐ折れないの!」って、折れるまで何回も練習させられた。鶴は折れるようになったけど……なんだか悲しかった。
きっと、みんな私のことが嫌いなんだ。みんな私のこと、可愛くないんだ。
もういいや! どっかに行ってやる! って思って自分の部屋のドアを開けたの。
……そっとドアを開けたはずなのに、そこは自分の家の廊下じゃなくて、古い大きなおうちだった。縁側には、ニコニコ笑うおばあちゃんが座っている。
「あれ? まだ外に出てないのに、私、いつ外に出たんだろう……?」
私がそう言うと、おばあちゃんが優しく言った。
「こっちに来て、一緒にお茶でも飲みなさいな」
「……ここは夢なんだね? 夢だから、お茶を飲んでもいいんだね。私、廊下で寝ちゃったのかな?」
「ううん、あなた寝てないわよ。さぁ、一杯お茶を飲みなさい。飲んでいるうちに、おうちに帰る道がわかるからね」
おばあちゃんがいる縁側に上がろうとしたけれど、ちょっと足が届かなくて、おばあちゃんがひょいと抱き上げて座らせてくれた。ちっちゃいおばあちゃんなのに、すごく力持ちなんだなぁ。
おばあちゃんがくれたぬるいほうじ茶は、ひと口飲むとすごく美味しくて、ささくれ立っていた気持ちが少しだけおさまった。
「ねぇ、おばあちゃん……。みんな私に意地悪するの。幼稚園の先生だって、お家にピアノもないし習ってない私に教えてくれたっていいじゃない! あのお友達はお家にもピアノがあるんだから、先生がわざわざ構わなくたっていいのに……!」
「それはちょっと悲しかったねぇ。自分もやりたかったのに、理由も聞かずにやらせてもらえなかったんだもんね」
「そうなの! それに私、工作があまり得意じゃないからできないのに、いつも最後まで教室に残されちゃうの。それに、お母さんだって『ちゃんと作りなさい』って怒るんだもん……」
「それは悔しかったねぇ。いつも全力で一生懸命作っているのにねぇ」
「だからもう、お家に帰りたくない! 幼稚園にも行きたくないの! 誰も私の気持ちなんてわかってくれないんだもん……!」
すると、おばあちゃんは庭の空をそっと指差した。
「あそこを見てごらん。鳥がいるよ」
私が空を見上げると、一羽の鳥が気持ちよさそうに飛んでいた。
「鳥さんはね、大きな空の好きなところへ、自分の得意な翼を使って、ゆうゆうと自由に飛び回っているんだよ。でもね、鳥さんは地上を歩くのはちょっぴり苦手なの。だけど、空の上では自由にできるんだ。だからね、あなたも自分の得意なこと、好きなことを、一生懸命自由にやればいいんだよ。好きなことで『一番』になったりすれば、きっと誰も何も言わなくなるからね」
私は、温かいほうじ茶をゆっくり飲み干した。
そうすると、おばあちゃんが「ほら、お部屋に帰る道ができたよ」と教えてくれた。
でも、私は首を横に振った。
「おばあちゃん……私、あんなおうちにも、幼稚園にも帰りたくないよ。ここにずっといたいの……!」
すると、おばあちゃんは優しく微笑んだ。
「ここは一度来ると、二度とは来られないところなのよ。あなたはね、自分が一番自由に、好きなことをできる場所に行ったほうがいいわよ」
私は、こくんと大きくうなずいた。
おばあちゃんは、自分の着物と同じ模様の小さな折り鶴をそっとくれた。
「この折り鶴を見れば、ここが夢じゃなかったことがわかるし、あなたが『自分の得意なことを頑張ってしよう』って思ったことも、いつでも思い出せるからね」
私はおばあちゃんに「おばあちゃん、ありがとね! バイバイ!」と元気よく手を振って、自分の部屋へと戻っていった。
まだまだ幼稚園の先生もお母さんも許せない気持ちはあるけれど……。
これからは、自分の得意なことを自分で見つけて、一生懸命頑張ってみようと思う。




