【空へ羽ばたいた君を待つ場所】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜チャッピーを探す小さなお客様〜
チャッピーはこの家が嫌だったの……? 僕のことが嫌いだったの……? どうして飛んでいっちゃったの、どうして、どうして、どうして……?
僕は、セキセイインコのチャッピーといつも一緒に家の中で遊んでいた。チャッピーは白地に黒い模様があって、水色のとってもかっこいい鳥だ。僕が小学校から帰ってくると、いつも待ち構えたようにカゴの入り口のところで待っている。それで僕がカゴを開けて洗濯バサミで出入り口を抑えると、外に出てきてリビングをあっちこっち飛び回って、気持ちよさそうに遊ぶんだ。ある程度遊ぶとお腹と喉が乾くのか、ちゃんと自分でカゴに戻ってくる。
さっき、お母さんがパートから帰ってきてリビングのドアを開けた。そしたら、遊んでいたチャッピーはリビングから廊下に飛んでいってしまった。僕が慌てて追いかけていくと、タイミングの悪いことに、お兄ちゃんがちょうど学校から帰ってきて玄関のドアを開けてしまったのだ。
そしたらチャッピーは玄関に向かってものすごい勢いで飛んでいって、そのまま外の世界に出ていってしまった。
僕は「チャッピー!」と叫んで追いかけた。後からお兄ちゃんとお母さんも追いかけてきたけれど、僕はそんなの気にしないで、チャッピーを見失わないようにひたすら走って追いかけた。「チャッピー、行かないで! 僕を置いていかないで……!」と泣きながら走ったけれど、チャッピーはそのまま遠くの空へ飛んでいってしまった。
「チャッピー、外の世界は危険なんだよ! カラスとかにやられちゃうよ! 安全なうちに戻っておいでよ……!」
僕は周りの目も気にしないで叫び続けた。その時、ふいに「チュンチュン……」とどこかから鳥の声が聞こえた。僕はキョロキョロと周りを見回した。
「……ここ、どこ?」
すると、目の前に古民家があり、縁側にはニコニコ顔のおばあちゃんが座っていた。
「いらっしゃい。息を切らして、喉が乾いたでしょう? こっちに来て、お茶を一杯飲みなさいな」
おばあちゃんは穏やかにそう言った。
「僕、今チャッピーを探すのに急いでるんだ! それに、お母さんや学校の先生から、知らない人から食べ物や飲み物をもらったらダメって言われてるから……」
僕が警戒すると、おばあちゃんは優しく笑った。
「ここにはあなたとおばあちゃんしかいないわ。誰も何も言わないよ。お茶を飲んでいるうちに、すぐに道は現れるからね」
ちょっと不安だったけれど、緑茶のとても良い香りに誘われて、僕は言われるがまま縁側に腰掛けた。おばあちゃんが出してくれた温めのお茶を一口飲むと、さっきまでの焦った気持ちが少しだけおさまった。
「おばあちゃん、僕ね……」
僕はチャッピーのことを話し出した。
「チャッピーは、僕が嫌いになったのかな? カラスとかに襲われたらどうしよう……?」
僕が不安で泣きそうになると、おばあちゃんは「そう、それは心配だねぇ」と相槌を打ち、あそこをご覧と庭の花壇を指さした。
「あそこに、ピンクの葉っぱの初雪カズラがあるだろう?」
「うん、綺麗だね」
「あの植物は、小さな鉢の中だけじゃ満足できなくて、外へ外へと横に広がっていくんだよ。チャッピーも、家の中だけじゃ狭いと感じて、広い外の世界を見てみたかったんじゃないかねぇ」
「でも、外には餌もないし、敵がたくさんいるんだよ! 危ないんだよ!」
僕が声を荒げると、おばあちゃんは静かに言った。
「じゃあ、あなたが学校にも遊びにも行けず、ずっと部屋に閉じ込められたらどうだい? 外の世界に出てみたくなくだろ? チャッピーも同じかもしれないよ。もしかしたら、そのまま広い空の冒険を楽しむかもしれないし、外の世界にびっくりして、すぐに戻ってくるかもしれないよ」
「でも、危ないし……」
「冒険には、いつだって危険がつきものだろう?」
おばあちゃんのその言葉が、不思議と僕の胸にまっすぐ入ってきた。
そして、僕は最後のお茶を飲み干した。
そうすると、おばあちゃんが森の方をそっと指差した。
「ほら、おうちへ帰る道ができたよ」
そちらを見ると、見慣れたアスファルトの道や、コンクリートの建物が見えた。さっき僕がチャッピーを追いかけて飛び出した場所だ。
「おばあちゃん、僕、チャッピーのことを気長に待つよ。もし戻りたくなったらいつでも迎え入れられるように、カゴの準備をしておくんだ。おばあちゃん、ありがとう。また遊びに来てもいい?」
僕がそう言うと、おばあちゃんは少しだけ寂しそうに、けれど優しく微笑んだ。
「ここは一期一会と言ってね。一度来ると、もう二度とは来られない場所なんだよ」
そして、おばあちゃんは自分の着物とお揃いの柄の折り鶴をそっと手渡してくれた。
「くじけそうになった時は、この折り鶴を見て、今日のこの風景を思い出してごらん。そうすれば、また力が湧いてくるからね」
僕は「うん、ありがとう、おばあちゃん!」と言って、自分の場所へと続く道に向かって歩き出した。
もう焦らない。気長に、チャッピーが帰ってくるのを待つんだ。そう心に誓って。




