【空からの落とし物】
※このお話には鳥の「落とし物」に関する表現が出てきます。苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜空からの落とし物に泣いたお客様〜
まただ……なんでまたなんだ……。
まるで狙いすましたように、どうしていつも私の頭や肩に落としていくのよ。上の空を飛んでいる鳥たちは、私の頭を的にして落とし物をするゲームでもやっているに違いない……!
私はなぜか、人生のあちこちでカラスやムクドリなどの「鳥の落とし物」を頭や肩に直撃されることが多い。
初めては高校生の時だ。親戚の家へ親と一緒に大勢で歩いていたとき、私は黒いシャツを着ていた。肩に冷たい感触を覚えて見上げると、電線の上からカラスが私をじっと見下ろしていた。たまたま近くに衣料品店があったから着替えられたけれど、それ以来、親戚の集まりがあるたびにその話を持ち出され、今でもすごく嫌な気持ちになる。
その次は大学生の時。友達グループと大勢で歩いていたのに、頭の上をムクドリの集団がバサバサと飛び去ったかと思うと、白いTシャツを着ていた私の肩から背中にかけて紫色の上質な落とし物をされていた。周りのみんなに「早く洗ってきたほうがいいよ」と言われて慌てて洗いに行ったが、紫色のシミはきれいに落ちなかった。
さらに、子どもを妊娠中だった時のこと。毎日日課の散歩で違うルートの坂を登っていたら、ちょうどカラスの巣作りシーズンだったらしく、カラスに頭をつかれそうになってヒーヒー言いながら必死で逃げた。前から歩いてきた作業着の男性に「カラスが!」と助けを求めようとしたが、男性は微妙な顔をして私の肩を指さした。……またしても、カラスの落とし物をされていたのだ。
そして、子どもと一緒に散歩をしている時も。気がついたら、私の背中に今度は真っ赤な落とし物がついていた。幸い、子どもには一滴も落ちていなかったからよかったけれど……。
そして、今日もだ。
自宅とお隣さんの家の間に電線があり、ちょうどその下でお隣さんと世間話をしていたまさにその時、「カーッ!」という鳴き声とともに、私の頭の上に直接特大な落とし物が落ちてきた。お隣さんは全く無事で、狙われたのは私だけだった。
すぐに家へ駆け込んでシャワーを浴びて髪を洗い直したけれど、なんで私ばっかり……。絶対、空の上の鳥たちは私を標的にしてゲームをしているに違いない。それか、何か悪いものに取り憑かれているんじゃないか……そう思うと情けなくて、涙が止まらなくなってしまった。
その時だった。
ふわりと、少し涼しくて爽やかな風が頬をなでた。
はっとして周りを見渡すと、いつの間にか目の前には小さな古民家が建っており、縁側にはおばあちゃんがニコニコと座っていた。
「おや、いらっしゃい。なんだかとても疲れた顔をしているねぇ。まぁ、こっちに来て、あったかいお茶でも飲んでいきなさいな」
私は、こんな知らない場所に突然現れた知らないおばあちゃんが怪しすぎて、「お茶なんか飲めるわけないでしょ……!」と警戒した。すると、おばあちゃんはクスクスと笑ってこう言ったのだ。
「こんなおばあちゃんが、わざわざ悪さをするほど暇には見えないだろう? それに、あなたはあちこちで色々やられて大変そうじゃないか」
その言葉の妙な納得感と、縁側から漂ってきた上質な緑茶の良い香りに誘われて、私はフラフラと縁側に腰掛けてしまった。
おばあちゃんが出してくれたお茶をひと口飲んだその瞬間、遠くから「カーッ」とカラスの鳴き声が聞こえた。それを聞いた途端、私のなかに溜まっていたものが堰を切ったように溢れ出し、おばあちゃんに今日のこと、そしてこれまでの不条理な出来事をすべてぶちまけた。
「それは本当に大変だったねぇ。すごい不愉快な思いをしたでしょう。周りの人にはなかなか分かってもらえなくて、悔しかったねぇ」
おばあちゃんが優しく相槌を打ってくれると、私はなおさら涙が出てきた。
「大勢で一緒に歩いているのに、私だけがピンポイントで狙われているとしか思えないんです! なんでこんな目に合わなきゃいけないの……私の運が悪いの? それとも、何か変なものに取り憑かれているんでしょうか……!」
私が悔し涙を拭うと、おばあちゃんは穏やかに首を横に振った。
「そんなことないよ。きっとね、あなたが地上で他の誰よりも生命力に溢れて、一生懸命に輝いているから、鳥たちもついつい引き寄せられちゃうんじゃないかねぇ。上から見ていて、ちょっとちょっかいを出したくなっちゃうのかもね」
「そんなわけないじゃないですか……!」私は声を荒げた。「みんな私の気持ちも分かってくれない! いつも鳥に落とし物をされて、嫌な気持ちになって、服も何もかも台無しになって、周りのみんなの笑い物にされて……私ばかり、どうしてこんな目に合わなきゃいけないんですか……!」
すると、おばあちゃんは私の頭をそっと優しく撫でた。
「そうかいそうかい、怖かったね、悔しかったねぇ。周りの人たちは面白がって笑うかもしれないけれどね、鳥というのはただ通り過ぎるだけじゃない。本当に『いい実をつけそうな木』や、『命のエネルギーに満ちあふれた場所』を見つける天才なのさ」
おばあちゃんは庭に立つ見事な大木をそっと指差した。
「上空から見下ろしたとき、毎日家族のために一生懸命に動き回り、瑞々しい生命力を放っているあなたの姿は、まるで『一番美味しそうな実がなっている特別な大木』のように見えているんだよ。だから鳥たちはね、ついその木の上にとまって休みたくなったり、うれしくなって羽ばたいていったりするうちに、うっかり落とし物をしていっちゃうんだろうねぇ」
おばあちゃんの手が、私の冷えた手を温かく包み込んでくれた。
「あなたは呪われているわけでも、運が悪いわけでもない。鳥たちさえも引き寄せてしまうほど、あなたの背中には豊かなエネルギーと、一生懸命生きる美しさが満ちあふれているんだよ。これからは落とし物をされたら、『あぁ、今日も私ってそれだけイキイキ輝いてるってことね』って、少しだけ笑って上を向いてごらん」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥に張り詰めていた悔しさと情けなさが、ふっと温かい涙と一緒に溶けていくのを感じた。
そっか……私は呪われてなんかいなかったんだ。ただ、毎日を一生懸命に生きすぎていただけなんだ……。
心がすっきりと軽くなると、おばあちゃんが庭の先を指差した。
「ほら、うちへ帰る道が現れたよ」
見ると、私を待っている我が家へと続く、あたたかな光の道がしっかりと伸びていた。
「おばあちゃん、ありがとう……私、もう周りの目は気にしない。これからはちょっと空を見上げて、気をつけて歩くね。今度、またここに来てもいい?」
私がそう言うと、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな、けれど太陽のようにまぶしい笑みを浮かべた。
「ここはね、一度きりの縁、一期一会の場所だから、もう二度とは来られないんだよ」
そして、おばあちゃんの着物と同じ模様の折り鶴をそっと手渡してくれた。
「またくじけそうになった時は、この折り鶴を見て元気を出すんだよ」
おばあちゃんの手は、驚くほど温かかった。
「おばあちゃん、本当にありがとう。行ってくるね!」
私は深く頭を下げて、元の世界へと続く道を踏み出した。
もう大丈夫。私は私のペースで、空を見上げて力強く歩いていける。




