【恋のブザービートは鳴らなくて】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
~恋のシュートを外したお客様~
「エッ、マジか……信じられないんだけど」
先輩、なんでなの? よりによって、あの女バスの先輩と一緒に仲良く歩いてるわけ?
ずっと憧れてた。キャプテンの先輩は本当にかっこよくて、そばにいたくて、あたしはマネージャーになったのに。先輩と話したくてもバスケ一筋だし、もともと女子が苦手なのか、男子ともそんなにベラベラ話すタイプじゃない。それなのに、なんであの女バスの先輩と……?
2人が一緒にいるところなんて見たことないし、クラスだって全然違うはずなのに。
すれ違いざまに挨拶して通り過ぎたあと、気になって何度も後ろを振り返っちゃった。変に思われるかと思ったけど、2人でニコニコ楽しそうに話していて、あたしになんて気づきもされなかった。先輩、あんなに口数多いところ初めて見たんですけど。
バス停に着くまでに、悔しくて涙が出てきちゃった。
先輩が引退するまで、受験が終わるまでって、気を遣って遠慮しないで告白すればよかった。あんな、女バスの中でも地味な先輩。あたしは授業中いつも眠そうにしてるって聞いた先輩が、部活では輝いていてそのギャップがよかったのよ……!
何のために、毎日むさくるしい男子たちの世話をして、汗だくでユニフォームを洗ってやったと思ってるわけ? ほんと最悪。マジでショック。もうマネージャーなんて絶対やめてやる!
イライラと絶望がピークに達したその時だった。
いつものアスファルトの道を歩いていたはずなのに、足元が急にふわりと土の感触に変わった。
「はっ? なにこれ、どういうこと……? 嘘、スマホつながらないじゃん、圏外!? ここどこよ……」
パニックになりかけた目の前に、なぜか古民家があった。縁側では、おばあちゃんがニコニコ笑いながら手招きしている。
「なんだこのおばあちゃん、なんか釈に障るな……」と思っていると、「おや、そんなところでどうしたの。こっちへ来てお茶でも飲みなさいな」と声をかけられた。
「いや、知らない人にお茶もらうとかありえないし。ていうかバス停どっちですか? もうすぐバス来ちゃうんですけど!」
焦る私におばあちゃんは、「まあ、焦らないで。お茶を一杯飲んでいきなさい。道はそのうちすぐ現れるからね」とマイペース。
「私、変な人に捕まったのかな……」とドン引きしていると、「こんなおばあちゃん、あなたに何か怪しいことなんてできるわけないだろ? 宇宙人でも異世界人でもないんだからさ」とおばあちゃんがユーモア混じりに笑ったので、思わずプッと吹き出してしまった。
言われるがまま縁側に腰を下ろすと、おばあちゃんが熱いお茶を差し出してくれた。
「私、こう見えてお茶好きなんだよね……」
お茶をひと口飲んだら、張り詰めていた緊張がふっと緩んで、遠くの山を眺めたら自然と溜め込んでいた言葉が溢れ出してきた。
「おばあちゃん……私、失恋しちゃったんだ。ずっと好きだった人なの。男子バスケ部のキャプテンで、汗臭いユニフォーム洗ったり、タオル用意したり、ルールも全然わかんないのに勉強して頑張ったのにさ……それなのに、いきなり別の女に持ってかれちゃったんだよ……」
おばあちゃんは「そうだったのかねぇ」とのんびりうなずいた。
「ねえ、おばあちゃんは他人事だと思って! 私、本気だったんだからね! 先輩に迷惑かけちゃいけないって、自分の気持ちを我慢して、告白するタイミングばかり伺ってたのに……バカみたいじゃん……!」
まくし立てる私に、おばあちゃんは庭の木立のほうを指差した。
「あそこに、じっと枝にとまったまま、一度も鳴かずにいる鳥がいるよ。本当はすごくきれいな声を持っているのに、周囲の様子ばかりうかがって、タイミングを逃してしまったんだね。恋も同じさね」
おばあちゃんが私をじっと見つめて言った。
「あなたはそれだけ、その先輩のことが好きで、大切だったんだね。嫌われたくない、迷惑をかけたくないって、優しく周りに気を遣うあまり、自分の気持ちを伝える前に他の人に先を越されてしまった。……悔しいし、痛かったねぇ」
その言葉に、胸の奥がつーんと熱くなった。
「でもね、この悔しさは無駄にならないよ。誰かをそれほど一途に想えるあなたの優しさは、ものすごく素敵なことだもの。今回はタイミングを逃しちゃったかもしれないけれど、若いんだから、これから何だって挑戦できる。自分の気持ちを素直に伝える強さを、この経験から学べばいいんだよ」
おばあちゃんにそう言ってもらったら、さっきまであふれていた涙がスーッと引っ込んで、不思議と心が軽くなった。
「そっか……。バスケしか見えてないような先輩なんて、こっちから願い下げだよね! 私のことを大事にしてくれる人、今度は自分でちゃんと言葉にして探してみる! 見つかったら、またおばあちゃんに報告しに来るね!」
私がそう言うと、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな、けれど温かい笑みを浮かべた。
「ここはね、一期一会の場所なんだよ。もう二度と来られないの」
そして、自分の着物と同じ模様の、折り鶴を手渡してくれた。
「これをポケットに入れておきなさい。今日、自分の心できちんと涙を流して前を向けたこと、この縁側のことをいつでも思い出せるお守りだよ」
おばあちゃんの手は、とても温かかった。
「おばあちゃん、ありがとう! 私、前を向いて歩いていくね」
私は深く頭を下げて、縁側を後にした。
もう振り返らない。明日から学校で先輩たちに会ったって、ただの通りすがりの人だ。
……あ、でも、マネージャーだけは本当に速攻で辞めてやるんだから!




