【レンズの向こうの偏見】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
~私たちは、かわいそうじゃないと言えるお客様~
私たちは決してかわいそうなんかじゃない。なのに、なぜ世間はすぐにそういう筋書きに持っていきたがるのだろう。
確かに今は失業中だ。けれど、その間に職業訓練校に通って一生懸命勉強し、新しいスキルを身につけて「もっと上を目指そう」と前を向いている。年齢が45歳以上のコースだからって、決して悲惨なわけでも、社会の底辺なんかでもない。失業手当をもらいながらではあるけれど、次のステップに向かって必死にもがいて、泥臭く努力している最中だ。
それなのに、テレビの取材が来たとき、勝手な色眼鏡で私たちを「かわいそうな人たち」に仕立て上げた。
あれは数日前、訓練校にテレビ局の取材が来た時のこと。「45歳以上の再就職を目指すクラス」として、何人かの受講生がインタビューを受けた。
私が仲良くしている女性は、「今のうちにスキルを磨いて、前の職場よりもっと良い条件の仕事に就くの!」と、本当に生き生きとした笑顔で、前向きに答えていた。別のクラスの男性も、年齢の壁を越えて挑戦する意欲を堂々と語っていたはずだ。
それなのに——いざ放送されたニュースを見て、血の気が引いた。
その男性の映像は、なぜか薄暗い場所を歩く後ろ姿のようになっていて、まるで「仕事にあぶれて途方に暮れる弱者」のような悲壮感たっぷりの演出がされていた。私の知っているあの明るい女性の言葉も、切り貼りされて「先の見えない不安に怯える中高年」というナレーションにかき消されていた。
その女性は田舎の親戚や友人たちに、「テレビに出るから見てね!」と誇らしげに連絡していたのだ。あんな風に、まるで世の中の底辺を這いつくばっているかのような、哀れな被害者として切り取られていたら……彼女がどれほどショックを受けるか。想像するだけで、胸が痛くて怒りで震えた。
私たちは全員、職を失ったって、自分の力で人生を立て直そうと必死に生きている。仲間同士で励まし合い、新しい知識を吸収するたびに目を輝かせている。それなのに、メディアの勝手な思い込みや視聴率稼ぎのために、どうして「かわいそうなお涙頂戴の素材」にされなければならないんだろう?
「ふざけんじゃない……!」
怒りのあまり、自宅のリビングの椅子から勢いよく立ち上がった——その瞬間だった。
夜のはずのリビングの空気が、ふわりと温かい太陽の匂いに変わった。
——あれ? 私、どうしてしまったんだろう? 怒りすぎて、天国にでも来ちゃったの……?
混乱しながら顔を上げると、目の前にはどこか懐かしい古民家があり、縁側におばあちゃんが座ってニコニコと手招きしていた。
「おや、そんなに怒った顔をして。大丈夫、健康そのものだよ。ちょっとこっちに腰掛けて、温かいお茶を一杯飲んでいきなさいな。そうすれば、すぐに元の道に戻れるから」
怪しい。絶対怪しい、と思った。けれど、ふわりと鼻をかすめた緑茶の香ばしい匂いに負け、私はフラフラと縁側に引き寄せられ、おばあちゃんの隣に腰を下ろしてしまった。
ひと口飲むと、張り詰めていたトゲトゲしい心が、ふっと少しだけほぐれていくのを感じた。
「おばあちゃん、聞いてくださいよ……!」
私は我慢できずに、今日テレビで見た理不尽なニュースのことをすべてぶちまけた。
「私はいま失業中だけど、前を向いてスキルアップのために頑張っているんです。悲壮感なんて少しもないのに、勝手に『かわいそうな人たち』『社会の底辺』みたいに決めつけて……。あんな風に人の努力を泥沼に引きずり下ろすような真似をして、何が楽しいんですかね!」
私の言葉を聞き、おばあちゃんは静かにうなずいた。
「そうかい、それは本当に悔しかったねぇ。人間というのはね、自分たちの都合のいい『ドラマ』に見たいものしか見ない生き物なのさ。こちらがどんなに誠心誠意、自分の言葉で伝えても、色付きの眼鏡をかけた人たちの目には、自分たちが信じたい姿しか映らないものなんだよ」
その言葉に、私が「そんなの、あまりにもひどいじゃないですか!」と声を荒らげると、おばあちゃんは庭の一角をそっと指差した。
「ほら、あそこを見てごらん。庭のモミジの葉っぱさ。あの葉はもともと青々と誇らしく生きているのに、世間の人たちは『秋だから赤いはずだ』『いや、枯れているはずだ』って、勝手な色付き眼鏡を通して見るんだよ。でもね、葉っぱ本人は自分のリズムでしっかり光を浴びて生きている。他人がどんな勝手なフィルターで見ようとも、あなたの本当の価値や、流した汗が色あせるわけじゃないのさ」
おばあちゃんは私の目を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。
「他人が勝手に貼るレッテルや、面白おかしいシナリオになんてね、あなたの尊い心を明け渡してはいけないよ。あなたはあなたのペースで、自分のためにしっかり未来の種をまいている。その誇りさえ持っていればいいんだよ」
その温かい言葉に、胸につかえていた黒い澱がスッと消えていくのを感じた。
そうだ、他人がどう面白おかしく描こうと、私たちが教室で流した汗や、未来へ向かう足取りが本物であることに変わりはない。
心がすっきりと晴れ渡ると、おばあちゃんが庭の先を指差した。
「ほら、現実の世界へ戻る道が現れたよ」
指差した方を見ると、私を待っている日常へと続く穏やかな光の道が伸びていた。
「おばあちゃん、ありがとう。私、自分のためにしっかり勉強して、胸を張って就職を決めてみせるね!また会いに来て良い?」
私がそう言うと、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな、けれど眩しい笑顔を浮かべた。
「ここはね、一度きりの縁。一期一会の場所だから、もう二度とは来られないんだよ」
そして、自分の着物と同じ模様の折り鶴をそっと手渡してくれた。
「これを見て、今日ここで誓った気持ちを思い出して。他人の勝手な声になんて負けない、強いあなたでいるんだよ」
私は折り鶴をしっかりと握りしめ、二度と振り返らずに、自分の進むべき未来へと歩き出した。
もう、誰の勝手なシナリオにも惑わされない。私が描く私の人生を、胸を張って歩いていくんだから。




