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縁側のひみつ茶屋  作者: Fos B


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30/60

【心食い虫(こにくいむし)の親子】

ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。

1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。

悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。

さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?



〜後悔ばかりのお客様〜


話が通じない。噛み合わない。どうしようもない。そんな思いで頭の中がぐるぐるしていた。

私と彼女が出会ったのは、夫の転勤でこの地に来て、4月から娘が幼稚園に入った頃だった。まだ知り合いがいなくて、娘も私もそれぞれ一人ぼっち。そんな時、公園で声をかけてきたのが彼女とその娘だった。同じ幼稚園の同じクラスだった。

初めは少し警戒していたけれど、娘はその女の子に連れられて楽しそうに遊び始め、彼女もニコニコと話しかけてくれた。この辺りのことを教えてもらううちに、だんだんいい人だと思い込んでしまった。

そして、夏休み前の3連休のこと。お互いの夫は仕事が忙しく、子供たちをどこにも連れて行けないという話になり、「じゃあ、近くの温泉に1泊で泊まりに行きましょうよ」と彼女に誘われた。

私はまだこの地域のことに詳しくなかったので、彼女に言われるまま比較的高い宿を調べることになった。けれど、彼女は忙しいからとすべて私に手配を任せた挙句、提案するたびに「あれが違う」「これが違う」と文句を言う。それでも何とか彼女の満足がいく宿を予約した。

だが、出発当日から歯車は狂っていた。

待ち合わせ時間になっても彼女たちは来ない。電話をかけてもメッセージを送っても既読にならない。心配して焦っていると、彼女は悪びれもせず、謝りもしないでゆっくりと子供と一緒に現れた。「心配しすぎだよ、何かあるわけないじゃん」と笑われた。

道中もひどかった。彼女の娘はうちの子のお菓子や飲み物、おもちゃまで「ちょっと貸してよ」と強引に奪っていく。私は他人の子を手前勝手に叱れない性格なので、「もしかして、かなりストレスが溜まっているのでは……」と胸がザワザワし始めた。それでも、2人で楽しそうに話している姿を見て、「やっぱり連れてきてよかったんだ」と自分に言い聞かせていた。

宿の部屋を別々に取ろうとしたら、「それだと高いから一緒の部屋でいいじゃない」と言われ、同室になった。

良い宿だったので、無料で配られていた色とりどりのフェイスタオルが何種類かあった。すると彼女は、さっそく自分の娘に「どれがいい?」と一番に選ばせ、次に自分の分を選んでから、余ったものを「はい」と私たちに投げ渡した。うちの娘だってお気に入りの色を選びたかっただろうに……。

夕食の時もそうだった。スタッフがいる前で「あれでもない、これでもない」と文句ばかり言い、私は小声で「聞こえてるよ」と注意したが、「こういう意見が大切なのよ」と悪びれない。SNS用の写真を何枚もバチバチと撮り、なかなか食べようとしない。うちの子がお腹を空かせているのに「ちょっと待って、みんなの分も撮るから」と自分勝手ばかり。私たちが先に食べ始めると、ムッとした顔をした。

お風呂も、「私はSNSに投稿するから、うちの子も一緒に入れてきて」と、自分はさっさと部屋に戻ってしまい、私は子供2人の面倒を見ながら温泉に入る羽目になった。その子は「走っちゃダメ」と言っても聞き分けなく走り回り、うちの子を無理やり引っ張っていく。本当に散々だった。

部屋に帰ると、今度は彼女が「じゃあ私、一人でお風呂に行ってくるね」と出て行った。私はすでにぐったりで、彼女が帰ってくる前に娘と一緒に寝てしまった。すると戻ってきた彼女は、ドアをバタンと閉めて、「えー、一緒に飲むと思ったのに、年寄りみたいに早く寝るなんて!」と不機嫌そうに言い放った。

私はもう帰りたくて仕方がなかった。けれど、「娘の幼稚園が一緒だから、下手に波風を立てたら娘が居づらくなる」「あと24時間一緒にいれば終わるんだから」と、ひたすら我慢した。

そして翌朝、チェックアウトの前に荷物を整理していた時のこと。

お部屋の無料のお茶やアメニティ類は使わなかったので、「使わないならもったいないし、残りは捨てられちゃうから分けようね」と、彼女の分も半分にして渡そうとした。すると彼女は、信じられないような顔をしてこう言った。

「なんて浅ましいことをするの! 本当にあさましい、恥ずかしい! 普通、そんなの持って帰らないわよ。いくら無料だからって、本当にあさましい人ね!」

その言葉を聞いた瞬間、私のなにかがプツンと音を立てて切れそうになった。

「幼稚園が一緒だから」「娘の友達のためだから」と必死に飲み込んできたけれど、限界だった。

さらに、現地精算のクレジットカード払いの時も、「こういう時じゃないとポイントが貯まらないから私が払うわよ、現金ちょうだいね」と、手配をすべてやった私を無視して勝手に精算されてしまった。手配は全部私なのに……。

ロビーに座って待っていると、「ちょっと待って、またSNSに投稿しなきゃいけないから、先に娘を連れて行ってくれない? 私あとから追いかけるから」とまた勝手なことを言い出した。

その時、ふと隣に座る娘の顔を見た。ずっとあの子に振り回されて、笑顔が消えていた。

——この子は、お友達と一緒に遊んでいたんじゃない。ただ、いいように引っ張り回されていただけなんだ。

そう気づいた瞬間、私の背中からスッと冷たいものが引いていき、強い怒りと決意が湧き上がった。

「用事があるから、先に子どもと2人で帰る!」

私はそう言い放ち、ホテルを飛び出して駅へと向かったはずだった。

気がつくと、温泉街の喧騒から離れ、鳥のさえずる温かな木漏れ日の差す場所に、娘と2人手をつないで立っていた。

「……ここ、どこ?」

不安そうに見上げる娘を、私はぎゅっと抱きしめた。

「あらあら、親子2人でこんなところに歩いて来るなんて珍しいねぇ。こっちへいらっしゃい。温かいお茶を一杯淹れてあげるよ。疲れているみたいだね、2人とも」

優しい声に振り返ると、そこには古民家の縁側に腰掛けたおばあちゃんがいた。

あまりの優しさにほっとした私たちは、フラフラとその縁側に引き寄せられ、並んで腰を下ろした。

おばあちゃんは娘にはぬるめのお茶を、私には熱々のお茶を差し出してくれた。ちょっと警戒して私が先にひと口飲むと、おばあちゃんは「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、こんなおばあちゃんに何ができるわけないじゃない」とニコリと笑った。それもそうかと思い、2人でお茶をいただくと、張り詰めていた胸のつかえが少しずつ溶けていくようだった。

私はおばあちゃんに、これまでのことをすべてぶちまけた。

「最初はお友達だと思って、一生懸命合わせていたんです。3ヶ月間、毎日のように公園で遊んで、娘のためだと思って……でも、あんな人だとは思わなかった。私のことも、娘のことも、ただ自分の都合のいいように利用しているだけだったんです……」

娘も、ポツリと小さな声で言った。

「ママ、わたし……あの子と遊ぶの、本当は嫌だったの。いつも私を無理やり引っ張り回して、私のものを勝手に欲しがって奪うんだもん。あの子のママに『取られた』って言っても、『子供同士で解決しなさい』って言って全然聞いてくれないの……」

それを聞いたおばあちゃんは、穏やかな目で森の方を指差した。「あそこを見てごらん。ガジュマルだ。あの木は、鳥とかに自分の種を運ばせて、木の上とかに種を落として、その木の上で養分にその木をして自分のものにして元の木を枯らしてしまうのさ」と言った。この森には、不釣り合いなほど大きなガジュマルの木だった。

「あんな人たちのことはね、気にするんじゃないよ。

人を『浅ましい』となじる人間こそ、心の底がすっからかんに空っぽなのさ。自分が貧しくて浅ましいから、人にそんな言葉をぶつけて自分のほうが上に立ちたいだけなんだよ。

あなたは、決して浅ましくなんかない。ものを大切にする優しい心を持っていて、それを形にしようとしただけだ。空っぽな人間に何を言われてもね、心を傷つけられる必要なんかないんだよ。

そしてお嬢ちゃんもそう。自分を押し付けて振り回すような相手からはね、逃げたっていいんだ。嫌なものは『嫌だ』って拒否していいんだよ。あなたたちは何も悪くないんだからね」

おばあちゃんの言葉を背中で聞きながら、私はハッとした。

ああいう人たちとは、最初から分かり合えるはずがなかったんだ。他人の気持ちを考えず、自分の世界だけで生きている「自分劇場」の住人なのだから。次元が違う人たちのために、私や大事な娘がすり減る必要なんてない。

娘も「私、今度から嫌なことははっきり『嫌』って言う!」と、小さく拳を握りしめていた。

すると、おばあちゃんが庭の先をそっと指差した。

「ほら、道が現れたよ。お帰りなさい、自分の居るべき場所へね」

指差した方を見ると、駅へと続く穏やかな道がうっすらと見えていた。

「おばあちゃん、また娘と一緒にここに遊びに来てもいい?」

そう聞くと、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな、でも温かい笑みを浮かべた。

「ここは一期一会の場所。二度と来れないんだよ」

寂しくなった私たちに、おばあちゃんは自分の着物と同じ柄の小さな折り鶴をそれぞれに手渡してくれた。

「これをポケットに入れておきなさい。今日、自分たちの心をちゃんと自分で守ったこと、この縁側のことも、いつでも思い出せるお守りだよ。そうすれば、これから先も自分のことは自分でしっかり守れるからね」

私たちは折り鶴を大事に握りしめ、おばあちゃんに深く頭を下げて、駅へと続く道を踏み出した。

もう、誰かに振り回されたりしない。私たちが守るべきものは、自分自身と、この愛しい娘の笑顔なのだから。


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