【レールを離れたカエルのゆくえ】
《お知らせです。今日、8月1日は私が小説を書き始めて1ヵ月記念。勝手にお祝いでもう1話お昼に投稿しました。これからもよろしくお願いします》
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜夢を途中で絶たれてしまったお客様〜
なんでどうしてこんな風になるんだ。せっかく夢が叶って毎日充実していたのに。なんで人間を大切にしない社会なんだ。自分は小さな頃から電車が大好きだった。時間さえあれば駅のホームに入場券を買って電車を眺めに行っていた。そして、あの電車内に流れる車掌さんの車内アナウンスの独特な響きが大好きで、駅に着くと、車掌さんが押すボタン1つでみんなが乗り降りし、鳴らすホームのベルで、みんなが慌てたり一喜一憂している姿を見て、「大人になったら電車の車掌さんになるんだ」と心に決めていた。
そして念願の車掌になり、毎日同じレールの上を決められた速度、決められた時間、決められた景色の中で過ごして、車窓から後ろへ続いていく風景を見て過ごしていた。それなのに、自動化が進んだということで、首にはならないが「これからは駅のホームで案内や仕事をしろ」と言うことになった。人混みを車内から遠くから見るのは好きだったが、自分が実際その人混みの中で何かをするなんて考えられない。決められたレールの上を決められた時間、決められた景色の中で進んでいくのが好きだったのに、なんで人間を大切にしないんだ。なんで機械が勝手に進むんだ。自分たちだって正確に安全に、心を込めて仕事をしていたじゃないか。
そんな思いが渦巻いてイライラしながら、駅の事務所を飛び出したはずだった。
今までいた駅の人混みとは違う、風が吹き抜ける場所が急に現れた。きょろきょろしていると、目の前に古民家があり、ニコニコと笑うおばあちゃんが手招きをしていた。
「あらあら、お仕事の終わったお兄さん。よかったらここでいっぱいお茶を飲んでいきなさい」
と誘われた。見知らぬおばおばあちゃんにお茶に誘われても普通は飲まないだろうと思った。ここがどこか知りたのと、これから家に帰らないと明日も勤務があるからとおばあちゃんに言うと、「お茶を1杯飲んでいる間に、道はすぐ現れるわよ」とおばあちゃんが言うので、それもそうかと思い、縁側に座った。
お茶を1口飲むと少し心がほぐれて、イライラが少しだけ静まり、冷静におばあちゃんに話ができた。
「聞いてくださいよ。何でもかんでも自動化、自動化って言って、人間の心ある仕事が次々と奪われているんです。何のために小さい頃から夢に向かって努力してきたのかも、誰も理解してくれないんです……」
と言うと、おばあちゃんが庭の隅にある井戸を指差して、
「ほら、そこを見てごらん。カエルが井戸を覗き込んでいるよ」
と言うのでそちらを見ると、一匹のカエルが井戸の中にピョンと飛び込んでいった。
そうするとおばあちゃんは「あらあら。せっかく広い外の世界に出られたのに、また暗い井戸の中に入っちゃったわね」と言った。
「井戸の中は暗くて狭いのに、あんなところに飛び込んで大丈夫なんですか? それに、あんな深い井戸、どうやって登ってきたんだろう……」
自分が不思議そうに言うと、おばあちゃんがこう言った。
「カエルも、外の世界を見てみたかったのかもしれないねぇ。でも、いざ広い海や外の世界を知ってみたら、怖くなってしまったのかもね。あるいは、ずっと育った井戸の中のほうが、勝手が分かって安心だったのかしら」
自分はおばあちゃんが何を言っているんだろうと思いながらも、なぜかその言葉が胸に引っかかった。
「ずっと子供の頃から車掌になるのが夢で、やっと慣れて……毎日同じレール、同じ時間、同じ風景を見て、変化のない日々がただ安心できてよかったのに。自動化されたからって、今更人混みの中のホーム案内なんてとてもできやしない。ましてや、人と直接コミュニケーションを取るのはあまり得意じゃないのに、俺にどうしろって言うんだ……!」
また少し、感情が高ぶってしまった。
するとおばあちゃんは、優しくこう言った。
「人はねぇ、ずっと同じレールの上だけで過ごしていると、たとえ窮屈でも、その中こそが絶対の安全地帯だと思い込んでしまうのよ。もしかしたらその中は、本当はいつか外に出なきゃいけない場所だったかもしれないのにね。……ねえ、レールを外れることは、そんなに怖いことかい? たまには決まった道から外れて、思い切り自分の足で歩いてみるのも、案外楽しいかもしれないよ」
その言葉を聞いて、自分はお茶を一気に飲み干した。
胸のつかえがスッと軽くなったような気がした。
そうするとおばあちゃんが庭先を指差し、「おや、道が現れたわよ」と言った。
自分はおばあちゃんに「どうもありがとうございました」と深く頭を下げた。
するとおばあちゃんが「ここは一度出ると、二度と帰って来れない、一期一会の場所なの」と言いながら、自分の着物の模様と同じ、きれいな折り鶴を渡してくれた。
「これを見て、今日この風景を思い出して。そうすれば、新しい場所でもきっと踏ん張れると思うわよ」
自分はその折り鶴を大切にポケットにしまうと、もう振り返らずに、道の先に見えている駅の事務所へと歩いて行った。




