【ヘンちゃんたちと守る約束】
《お知らせです。今日、8月1日は私が小説を書き始めて1ヵ月記念、勝手にお祝いでもう1話お昼に投稿します。これからもよろしくお願いします》
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜猫を探してる小さなお客様〜
猫のへんちゃんがいなくなった。
へんちゃんは、近所をあちこち移動している野良の「ニャンタ」が、お腹の大きな「ミイケちゃん」を連れてきて、うちで生まれた3匹のうちの1匹だ。でも3匹ともニャンタには似ていない。お母さんがミイケちゃんに「いったい誰の子なの?」と聞くと、ミイケちゃんは「ニャーン」と鳴くだけだった。
ヘンちゃんはクリーム色のようなベージュで、とっても可愛い。変わった色だから、私がヘンちゃんと名付けた。他の2匹はお兄ちゃんと弟が可愛がっている。
小さいころ、私の横に来てヘソ天で寝ていて、一瞬だけ目を開けたから「もっと寝てていいよ」って撫でたら、またスッと眠った。本当に可愛い子猫ちゃんだった。
だけどある日、お父さんの方のおばあちゃんがやってきた。お父さんのお兄さんのところにいたけれど、お嫁さんと折り合いが悪くなり、急に勝手に出てきてしまったのだ。お父さんも強く言えず、お母さんも何も言えないから、家の中がギスギスし始めた。
そしたらおばあちゃんが、勝手に私たちの大事な猫ちゃんを捨ててしまった。
お兄ちゃんと弟は、おばあちゃんにゲームを買ってもらったら、猫ちゃんたちのことなんて何も言わなくなった。
「どうして勝手に捨てたの!? ここは私たちの家で、おばあちゃんの家じゃない! 勝手に後から来たくせに、なんで私たちの好きなものを捨てるのよ! おばあちゃんが出て行けばいいのに!」
私がそう叫ぶと、お父さんが怖い顔をして私を怒鳴りつけた。
お父さんだって、おばあちゃんが来ることが決まったとき、「迷惑だ、早く兄貴のところに帰ってくれ」ってぶつぶつ言ってたじゃない。それなのに、私には「反省するまで帰ってくるな」だって。お母さんもかばってくれなかった。
どうして、家族と同じくらい大切なヘンちゃんを勝手に捨てられるの? お兄ちゃんと弟はゲーム機の方が大切なの? どうしてお父さんもお母さんも、私を庇ってくれないの?
急にぽっと出たおばあちゃんの味方をするなんて。私が大切じゃないの? お母さんだって、おばあちゃんにいじめられているのに、お父さんはかばってあげない。お母さんはそれでいいの?
こんなギスギスした家なんかいらない。みんな大嫌い。人間じゃない、鬼婆だ! 鬼婆と鬼の仲間だ!
私はヘンちゃんたちを探しに外へ飛び出し、公園の入り口に入ったはずだった。
夕方のはずなのに、あたりには明るく温かな日差しが差している。ふと足元を見ると、「ニャー」とへんちゃんがまとわりついてきた。
「へんちゃん……! ここにいたの? すごく探したんだよ、寂しかった……!」
抱き上げて頬をスリスリすると、頭の上から「よかったねぇ」と優しい声がした。
見上げると、そこには古民家が建っており、縁側でおばあちゃんがニコニコとお茶を飲んでいる。
「こちらにおいで」と言われ、ヘンちゃんを抱いたまま縁側に座ると、「この猫ちゃんを拾ってくれたの?」と私はおばあちゃんに聞いた。
「そうだね」とおばあちゃんが答えた。そして、おばあちゃんは一杯の緑茶と、おいしそうな羊羹を差し出してくれた。
羊羹を一口食べ、フウフウしながら緑茶を飲むと、張り詰めていた胸のつかえが少しだけ溶けていく。
おばあちゃんが畑の方を指差して「あそこをごらん」と言った。そこを見ると、ニャンタとミイケちゃん、そしてヘンちゃんの兄弟猫たちが、楽しそうに蝶々を追いかけて遊んでいる。
「おばあちゃん、みんないたんだね……! よかった。あのまま家にいたら、鬼婆に何をされるかわからなかったから……ありがとう、おばあちゃん」
私は涙を拭きながら続けた。
「おばあちゃん、聞いてよ。鬼婆が突然勝手に家にやってきて、それまでみんな平和に暮らしてたのに、我が物顔でいばり出しちゃったの。お母さんはいじめられるし、お父さんは何も言わないし、誰も庇ってくれない。なんであんな勝手なことをさせるんだろう……」
おばあちゃんは畑のニャンタたちを指差して、静かに言った。
「いま,みんなであの場所で仲良くやっているけれどね。もしあそこに、とても凶暴な猿が1匹混ざってきたらどうするだろうね?」
「猿……?」
「猫たちは警戒して牽制するし、親猫は子猫を守ろうと必死になる。もしその猿が、狡猾に猫の好きそうなエサで釣って仲をかき回そうとしても、野生の勘があるから、警戒して絶対に食べない。みんなで協力して追い出すか、戦うものさ。だけど人間はね、平和な中に長くいるうちに野生の本能を忘れちまって、甘い方へ甘い方へと流されてしまうんだよ」
「まるでうちの家族みたいだね……」
私はつぶやいた。
「どうすればいいのかな。もう帰りたくない。縁側のおばあちゃんが、本当のおばあちゃんならよかったのに……」
「あらあら、ありがとうね」とおばあちゃんは優しく笑った。
「おばあちゃん、私、1人で立ち向かっても勝てないかもしれない。大人のお母さんだって耐えてるだけで勝てなかったんだもん。でも……どうしてもダメだったら、お母さんのおじいちゃんとおばあちゃんの家に、お母さんを連れて行く。私が説得してみせる。お父さんとお兄ちゃんと弟は、もう鬼のままかもしれないから、置いていく。お母さんの実家は、ここみたいな田舎で、猫ちゃんも何匹でも自由にさせてあげられるから」
そう言って、私は冷めかけたお茶を一気に飲み干した。
おばあちゃんが道の先を指差して言った。
「あそこをごらん、道が現れたよ」
おばあちゃんがニャンタたちに手招きをすると、猫たちもみんな集まってきた。
「おばあちゃん、今度また、みんなと一緒にここに遊びに来てもいい?」
そう聞くと、おばあちゃんは少し寂しそうな顔をした。
「ここは一期一会の場所。二度と来れないんだよ」
私は悲しくなって、ポロポロと涙をこぼした。
おばあちゃんはそっと私の涙を拭ってくれて、自分の着物と同じ模様の折り鶴をくれた。そして、ヘンちゃんたちの首元に、リボンの先から小さな折り鶴がついたものを結んでくれた。
「これはね、しばらくの間だけれど、鬼婆たちからヘンちゃんたちを守るお守りだよ。あなたが自分の道を見つけて行動するまで、ちゃんと守ってくれるからね。それに、寂しいときはこの折り鶴を見てごらん。ここの風景も、自分で困難を乗り越えたことも、いつでも思い出せるからね」
私はヘンちゃんたちを連れて、道の先にある夕方の公園を目指して歩き出した。
まだ、あの家に帰って鬼婆に立ち向かうのは怖い。だけど、もう怯えて逃げるだけじゃない。自分の大切なものを守るために、自分で決めて歩き出すんだ。




