【浄化する手と濁った心】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜汚れを元に戻すお客様〜
今、私は上から目線で理不尽に怒鳴られている。「私たちの税金で食わせてもらっているんだから、黙って片付けろ」と。
私は公共施設の清掃員だ。使う人が気持ちよく過ごせるよう、日々洗剤の成分まで学び、工夫を凝らして清掃している。清掃は技術であり、誇りある仕事だと信じているのに、投げかけられる蔑む視線と罵声に、もう限界だった。
掃除道具入れの倉庫から飛び出した先には、芳香剤ではない、どこか懐かしい花の香りが満ちていた。目の前に現れた古民家の縁側で、おばあちゃんが手招きをしている。
「仕事の途中? 喉が渇いたでしょう。お茶でも一杯飲んだら?」
「戻らなきゃ……クビになる」と焦る私に、おばあちゃんは言った。「お茶を飲んでいる間に道は現れるわよ」
促されるまま、筒から流れる冷たく澄んだ山水で手と顔を洗うと、張り詰めていた心がすっと洗われた。おばあちゃんが淹れてくれた緑茶の香りが、さらに私の荒んだ心を鎮めていく。
「おばあちゃん、私はただ、誰かが汚した場所を元通りにしたいだけなのに、どうして蔑まれるの?」
おばあちゃんは、いつのまにかふりだした、空から降り注ぐ雨を指差して言った。
「あなたは、大地を洗う『雨』そのものだよ。汚れた地面を洗うとき、雨は『汚い』なんて言わないだろう? ただ淡々と流して、次の花が咲く準備をしているだけさ。あなたをバカにする人は、その雨の恵みも知らずに自分の出したゴミの中で溺れている、哀れな虫のようなものだよ」
「……彼らを、無視してもいいの?」
「当然さ。あなたの清らかな誇りを、彼らの濁った心で汚してはいけない。あなたは浄化する手を持っているんだ。ゴミを撒き散らすだけの彼らと同じ土俵に降りて、あなたの心が濁る必要なんてないんだよ」
おばあちゃんは、自分の着物と同じ模様の折り鶴をそっと渡してくれた。
「ここは一期一会の場所。二度と来れないよ。でもね、この鶴を見るたびに思い出しなさい。あなたは世界を洗う雨なんだということを。それさえ忘れなければ、どんな罵声もあんたを汚すことはできないよ」
おばあちゃんの温かい手が、私の心を溶かしていく。
「ありがとうございました」
私は背筋を伸ばし、泥にまみれた罵声が待つ現実へと向かった。もう、彼らの言葉に私の心が濁ることはない。私はただ、自分の誇りを守るために、淡々と世界を綺麗にしていくだけだ。




