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縁側のひみつ茶屋  作者: Fos B


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【名前を取り戻す最初の一歩】

ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。

1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。

悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。

さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?



〜名前を奪われたお客様〜


いつからだろう。「ママ」と呼ばれるようになったのは。

私は母親だが、夫の母親になった覚えはない。「アンタの母親じゃない!」と何度言い返しても、彼は聞いてくれない。私を呼ぶときはいつも「ママ」、あるいは見下すような響きの「ガンタレ」。

私は母親である前に、妻である前に、ちゃんとした意思を持った人間だ。

怒りに任せて家を飛び出したとき、優しい風が私を包んだ。気づけば目の前には古民家が建っており、縁側でおばあちゃんがニコニコとこちらを手招きしている。

「まあまあ、慌ててどうしたの? 喉が渇いたでしょう。一杯お茶を飲みなさい」

不思議と警戒心は湧かなかった。お茶の香りに誘われて縁側に座り、一口飲むと、張り詰めていた心がほどけていく。誰かに丁寧にお茶を淹れてもらうなんて、いつぶりだろうか。

「おばあちゃん、私にはちゃんとした名前があるのに……『ママ』や『ガンタレ』なんて呼ばれ続けて、自分がだんだん消えていくみたいなんです」

私の言葉に、おばあちゃんは静かに庭の盆栽を指差した。

「あなたは、本当は広い山で育つはずの木なのに、誰かに無理やり小さな鉢に押し込められて、枝を剪定され続けている盆栽と同じだねぇ。『お前のためを思って形を整えてやっている』なんて言われるかもしれないが、あなたの根っこはもう、その狭い鉢の中では息苦しくて腐りかけている。あなたに必要なのは剪定ではなく、広い大地と、誰にも邪魔されないお日様なんだよ」

「でも、周りの人たちはみんな〇〇ママ、〇〇の奥さんと呼ばれて平気な顔をしている。私がおかしいんでしょうか?」

悲しみに震える私の手を、おばあちゃんは温かい手で包み込んでくれた。

「『ママ』や『ガンタレ』なんて呼び方は、あなたを支配したい相手が作った『呪いの名札』だよ。そんなもの、今日このお茶を飲んだら縁側に置いてお行き。あなたには、親からもらったあなた自身の名前があるだろう? それを心の中で何度も呼びなさい。それが、あなたが自分を取り戻すための最初の一歩だよ」

おばあちゃんの言葉に、力が湧いてくる。

「まだ完全に抗う自信はないけれど……心の中で『それ誰のこと?』って思いながら、自分の名前を大切にすることから始めてみます」

おばあちゃんが指差した森の先には、先ほど飛び出してきた場所が揺らいで見えていた。

「今度、少しずつ強くなった姿を報告に来ますね」

おばあちゃんは寂しそうに微笑んだ。

「ここは一期一会の場所。二度と来ることはできないのよ」

彼女は自分の着物と同じ模様の折り鶴を渡してくれた。

「この折り鶴を見てごらん。ここであなたが『呪いの名札』を浄化して、自由になったことを思い出して。そうすれば、もう怖いものはなくなるから」

私はおばあちゃんの手をしっかりと握り、「ありがとうございました」と告げた。

自分の名前を取り戻すため、私は真っすぐに森の道を進んでいった


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