【絡みつくアイビーの呪縛】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲み干す間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜狙われたお客様〜
「はい、今日でもう来なくていいですよ。来月の分まではお給料を出しますから」
人混みの多い店内で、ランチの最中に突然そう言われた。前の職場でパワハラやモラハラを受け、自信を失くしていた私を拾ってくれた彼女。彼女の言動はいつも謎で、資格を取れと言ったり指示はコロコロ変わったりしたけれど、私は恩返しがしたくて必死にしがみついていた。
「どうして……私は指示通りに資格を取り、努力してきたはずです」
食い下がると、彼女は冷たく言い放った。
「話が合わないようだから、やっぱりあなたはこの仕事に向いていないわ。手続きは簡単だから、あとはLINEで済ませましょう」
そう言って彼女は去っていった。悔しさ、悲しさ、そして人前でクビを言い渡された恥ずかしさ。気持ちがぐちゃぐちゃになり、震える手で店のドアを押し開けたはずだったのに、気づけば目の前に古民家が建っていた。
縁側でおばあちゃんがニコニコと笑っている。
「いらっしゃい、よく来たわね。食事の後はさっぱりとお茶を飲みなさい」
促されるまま隣に座り、お茶を一口飲むと、張り詰めていた心が少しだけ緩んだ。
「おばあちゃん、信じていた人に裏切られたんです……私、幻覚でも見ているのかしら?」
涙が止まらない私に、おばあちゃんは庭の東屋の柱に絡まるアイビーを指差した。
「あの葉っぱはね、一見きれいで柱に寄り添っているように見えるけれど、力が強くて柱を壊してしまう勢いがあるのよ。切っても切ってもまた生えてくる。そして、断ち切られたほうも、そこから根を張って生きようとする……まるで今のあなたたちのようだねぇ」
「……何が私をこんな目に遭わせるの? 彼女の言動はいつも矛盾していて、私が悪いのかと追い詰められるんです」
おばあちゃんは優しく背中を叩いてくれた。
「彼らがやっているのは、ただの依存と生存戦略よ。あなたの価値とは無関係。あの人たちは、優しい心を持つあなたのような人をどうやって支配下に置いて、思い通りにコントロールするかを喜びにしてるの。ちょっとでも意思に背こうとすれば、そうやって切り捨てる。ああ、この人は一生こうやって自分の弱さを隠しながら、他者を支配して生きるしかないんだな、と思えば哀れみしか湧かないわね」
おばあちゃんは手の中に飴を握らせてくれた。
「あなたは、誰かを踏みつけなくても生きていける、とてもまともで人間らしい人よ。自信がないのは、あなたが壊れたからではなく、まだ自分を取り戻す途中にいるから。焦らなくていい。ゆっくり、淡々とね」
飴とお茶の甘さが心に染み渡る。おばあちゃんが指差すと、先ほど逃げ出したあの店へと続く道が現れた。
私は震える手をしっかり握りしめた。
「おばあちゃん、ありがとう。もうあの人たちには支配されない。淡々と、自分の人生を取り戻してくるわ」
「ここは一期一会の場所。二度とここには来られないよ」
おばあちゃんは寂しそうに微笑むと、自分の着物と同じ模様の折り鶴を渡してくれた。その手は驚くほど温かかった。
「この鶴をたまに見るのよ。そうすれば、あなたが彼女の呪縛から解放されて、本当の自由になれたんだってことを、いつでも思い出せるはずだから」
私はもう振り返らない。自分を取り戻すための、新しい一歩を踏み出した。




