[誠実さは、どこへ向かえばいいのか]
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜熱い志しのお客様〜
「やめだ、もうやめだ!」
情熱を持って選んだはずの教職。生徒と真摯に向き合おうとすれば「熱血(笑)」「意識高い系?」と揶揄され、少し指導を強めれば「ハラスメントだ」と重箱の隅を突かれる。
「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。俺が何をした? 誠実に向き合っただけだろ?」
他の同僚たちのように、事務的に仕事をこなせばよかったのか。そう自問自答しながら、部活の指導中だった体育館を飛び出した。
渡り廊下へ向かうはずが、気づけば見知らぬ山里の中にいた。
目の前には古びた古民家と縁側があり、おばあちゃんが一人、ニコニコしながら座っている。
「あら、よく来たわね。いらっしゃい」
そう声をかけられ、俺は狼狽えた。「すみません、体育館を出たはずが、気づけばここにいて……」
途方に暮れる俺に、おばあちゃんは穏やかに言った。
「あらあら。それは大変だったわね。部活の途中? それなら少し、ここでお茶を一杯飲みなさい。待っている間に、道はすぐ現れるわよ」
おばあちゃんが淹れてくれた緑茶の香りが漂ってくる。幻覚ではないようだ。俺は促されるまま、フラフラと縁側に腰を下ろした。
お茶を一口飲んでホッとした途端、胸の内が溢れ出した。
「生徒たちは俺を馬鹿にするんです。真っ直ぐ向き合おうとしているだけなのに」
するとおばあちゃんは「あら、あそこを見て。森の中に猪がいるわよ」と言う。
そちらを見ると、確かに猪がいる。驚いて「危ないですよ!」と身を乗り出す私に、おばあちゃんは「おとなしくしているから大丈夫よ」と優しく微笑んだ。
「同僚たちは、何をやってもハラスメントと言われる時代だからと、無難に淡々と仕事をしているだけ。俺みたいに悩んでいる人は、他にいるんでしょうか……」
私の問いかけに、おばあちゃんは「ここでは、人に教えるという立場の方がよく迷い込まれるのよ」と静かに答えた。
自分だけが苦しいわけではないのだ。そう知っただけで、張り詰めていた心がすっと軽くなるのを感じた。
「あなたのその誠実な心は、きっと伝わっているはずよ。みんな年頃だから、照れ隠しで反発しているだけじゃないかしら」
その言葉を聞きながら、猪が森を歩く姿をぼんやりと眺めているうちに、荒ぶっていた心が静かに凪いでいくのがわかった。
茶を飲み終えると、おばあちゃんが言った。
「ほら、そこを見てごらんなさい。道が現れたわよ」
視線を向けると、先ほど飛び出したはずの体育館が見えている。
「おばあちゃん、ありがとうございます。また迷ったら、相談に乗ってください」
そう告げると、おばあちゃんは寂しげに微笑んだ。
「ここは一期一会なの。ここには二度と辿り着けないわ」
「……どう探してでも、また会いに来ますから!」
俺の必死な訴えに、おばあちゃんは「それは無理ね」と優しく首を振り、自身の着物と同じ模様の折り鶴をそっと手渡してくれた。
「この折り鶴を見て、この景色を思い出してね。あまりにも心が悲鳴をあげた時はこれを見るのよ。そうすれば、あなたの心も凪いでいくわ」
おばあちゃんの言葉に深く頷き、私は「ありがとうございました」と心からの感謝を伝えた。
私は深く頭を下げ、体育館へと続く道を歩き出した。




