【捨てられた願いと、鶯のさえずり】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜自分を輝かせたい小さいお客様〜
お母さんはいつも「ダメ」ばかり言う。
「みんな小学生だって普通にお化粧してるよ」と言っても、耳を貸してくれない。「肌に悪い」「勉強しなさい」と、聞く耳を持たないのだ。
お年玉を一生懸命貯めて、やっとの思いで買った子供用のお化粧セット。それをお母さんは「虚栄心ばかり育ててどうするの」と言って、私の目の前でゴミ箱に捨ててしまった。
ただ好きなだけなのに。甘いストロベリーのような化粧品の香りも、友達とメイクの話題で盛り上がるあの時間も、全部私の宝物だったのに。どうして勝手にお母さんの判断で捨てられないといけないの?
怒りと悔しさで視界が歪み、自分の部屋へ駆け込もうとした——その瞬間だった。
足元がフローリングから土に変わった。
「え……?」
目の前には古民家が建っている。縁側には、おばあちゃんがゆったりと座り、陽だまりの中でニコニコとこちらを見ていた。
知らない場所への恐怖に震える私に、おばあちゃんは「あらあら、怖がることはないわよ。私はたぬきでもお化けでもないから」と穏やかに笑いかけた。その声を聞いた途端、不思議と全身の力が抜けて、私はおばあちゃんの隣に腰を下ろしていた。
おばあちゃんは、どこからか出した飴をひょいと差し出した。
「ほら、これを舐めてごらん」
不思議と警戒心は湧かなかった。口に含むと、今までに味わったことのない、花と果実を混ぜたような優しい甘さが広がった。
さらに、おばあちゃんは湯気の立つ緑茶を差し出した。
「熱いから少しずつよ。……さあ、話してごらん」
私は飴の甘みを転がしながら、お母さんへの不満を吐き出した。一生懸命貯めたお金のこと、お化粧が好きな理由、お母さんがちっとも分かってくれないこと。
熱いお茶を一口飲むと、口の中で溶けかけた飴と混ざり合い、とろけるような不思議な甘みが喉の奥を温めた。
「お母さんね、私が選んだ大切なものを、汚いものみたいに捨てちゃったの……」
おばあちゃんは庭の木々を眺め、静かに言った。
「あそこにウグイスがいるわ。……昔からね、鶯の粉は美しさを磨く秘伝の品として重宝されてきたのよ。山で果実だけを食べて育った鳥の恵みを、丁寧に精製して肌にのせる。そうすれば、陶器のように滑らかで、月明かりを映すような白い肌になれるから」
おばあちゃんは、私の方を向いて微笑んだ。
「でもね、それを知らない人からすれば、ただの『汚れ』に見えてしまうこともあるわ。自分が理解できないものを、恐ろしさのあまり捨ててしまう……。お母さんも、あなたの輝きをどう守っていいか分からず、少し怖かったのかもしれないね。でも、あなたは自分が何を大切にしたいのか、自分の心で選べているでしょう? それが一番大切なことよ」
おばあちゃんの言葉は、胸の奥のモヤモヤをすっと溶かしてくれた。
お茶を飲み干し、飴が消える頃には、不思議と怒りは消えていた。
「おばあちゃん、ありがとう。私、帰るね。今度、お礼においしいおやつを持ってくるわ!」
おばあちゃんは、少し寂しそうに微笑んだ。
「ここは一期一会の場所。もう二度と会えないのよ」
そう言って、着物と同じ模様で折られた折り鶴をそっと握らせてくれた。
「寂しくなったら、これを見てごらん。あの鶯の綺麗な鳴き声を思い出せるわよ」
縁側を降りると、おばあちゃんが指差した先に、ゆらゆらと揺れる自分の部屋のドアが見えた。
「おばあちゃん、バイバイ!」
私は大きく手を振り、光の先へと走り出した。もう、心の中に迷いはなかった。




