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【海が教える、本当の勝負】

ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。

1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。

悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。

さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?



〜腕一本で魚を釣るお客様〜


「ちくしょう!!」

俺は拳を握りしめた。工夫もした。最新の機械だって入れた。なのに、なんでいつもあいつの船だけにあんな大物が釣れるんだ?

港に戻れば、隣の船には今年一番の大物がぶら下がっている。俺の魚はその半分にも満たない。悔しくて、情けなくて、腹の底から怒りがこみ上げてきた。

「あいつ、ずるをしてるんじゃないか……」

文句を言ってやろうと、荒々しく船から足を踏み出したはずだった。

しかし、足元にあるのは硬いコンクリートではなく、柔らかい土の感触だった。潮風の匂いは消え、森の静けさが耳をかすめる。目の前には茅葺き屋根の古民家があり、縁側でニコニコとこちらを見ているおばあちゃんがいた。

「おい婆さん、ここはどこだい?」

俺がぶっきらぼうに尋ねると、おばあちゃんは少しも動じず、穏やかに笑った。

「まぁまぁ、遠いところから来たのね。まぁ、お茶を飲んでいきなさいな」

「……お茶なんてどうでもいい。今は一杯やりたい気分なんだ。この悔しさを流し込みたくてな」

おばあちゃんは「あらあら」と小さく笑うだけだった。だが、漂ってきた緑茶の香りに、なぜかふっと力が抜けた。

「……まあいい、一杯だけだ」

俺はしぶしぶおばあちゃんの隣に座り、茶をすすった。一口飲むと、張り詰めていた心が少しずつほどけていくのが分かった。

「婆さん、聞いてくれ。あいつより大物を釣るために、俺は誰よりも努力してる。なのに、なんであんなに差がつくんだ!」

俺は思わず大声で怒鳴っていた。おばあちゃんは縁側に置いてあった金魚鉢を指差した。

「見てごらん。赤い金魚が一生懸命、自分らしく泳いでいるよ」

「……何言ってんだよ」

思い通りにいかない苛立ちを抱えながらも、ゆらゆらと揺れる金魚を眺め、お茶を飲み干していく。怒りが、少しずつ静かな溜息に変わっていく。

「あんたは、努力を惜しまない人なんだねぇ。その真っ直ぐな心があるなら、結果は後から必ずついてくるよ」

おばあちゃんの静かな言葉が、なぜか胸に刺さった。

「婆さん……俺、また大物釣ったらお礼に来るからよ。その時は酒も持ってくるな」

おばあちゃんは寂しそうに微笑んだ。

「ここは一期一会。もう二度と戻って来れない場所なのよ」

「そんな馬鹿な」

俺が驚いていると、おばあちゃんは着物と同じ模様の折り鶴をそっと手渡してくれた。

「これを見て、この山の中の風景を思い出してね」

縁側を降り、少し歩いてから振り返る。

「婆さん、ありがとなぁ!」

俺は船へと続く道に向かって、力強く歩き出した。自分だけの勝負に、もう一度挑むために。


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