【純粋な風と、大人たちの騒音】
ここは、心がちょっと迷子になった人がひょっこりと訪れてしまう場所。
1杯のお茶をゆっくり飲んでいる間に、ついつい心を開いて、溜め込んでいた本音を吐き出してしまう——そんな不思議な縁側です。
悪い心を持つ人は決して辿り着けない。心がほんの少し弱くなった人だけが、何かの拍子に見つけることができる場所。
さあ、今日はどんなお客様が、この暖簾をくぐってくるのかしら?
〜子供が大好きなお客様〜
どうしてこうなってしまったんだろう。子供たちが大好きで、純粋な笑顔と向き合いたくて選んだ仕事だったのに。
親たちは重箱の隅をつつくように、私のわずかな隙を見つけては責め立ててくる。
「あぁでもない、こうでもない」
家庭で教えるべきことまで、なぜ私に押し付けてくるの? 私は大人たちの汚い言葉や感情を受け止めるために、この仕事を選んだわけじゃない。
あぁ、もう辞めたい。限界だ。
大切に思っていた子供たちのことさえ、最近では「面倒な存在」に感じてしまいそうになる。そんな自分が一番嫌いだった。
何もかもが嫌になり、教室から飛び出したその時だった。暗い廊下のはずが、目の前には明るい太陽の光が降り注いでいた。
「え……?」
そこは古民家の庭だった。縁側では、ニコニコ顔のおばあちゃんがこちらを手招きしている。
「すみません、私はさっきまで教室にいたはずで……」
「あらあら、そうなのね。なんだかとても疲れているようだから、ここでお茶を一杯飲んでいきなさいな」
「でも、明日の準備もあるし、帰らないと……」
「大丈夫よ。お茶を飲んでいるうちに、帰り道は自然と現れるから」
不思議と逆らう気になれず、私は縁側に腰を下ろした。差し出された緑茶の香りが鼻をくすぐり、一口飲むと、張り詰めていた心がふっと緩んだ。
「おばあちゃん、私、子供が大好きだったんです。だからこの仕事を選んだのに……親御さんたちが何もかもを私の責任にしてくるのが、どうしても辛くて」
おばあちゃんは、そばにあった睡蓮鉢を指差した。中ではメダカたちが、静かに、そして仲良く泳いでいる。
「見てごらん。みんなそれぞれ自由に、仲良くしているね」
「本当ですね……」
しばらくその様子を眺めていた。ついさっきまで、子供たちまで嫌いになりそうだったのに。
「辛かったわねぇ。人間ですもの、時々嫌になってしまうのは仕方のないことよ。でも大丈夫。今は少し疲れただけ。落ち着けば、きっと元の優しい心を取り戻せるわよ」
おばあちゃんの言葉に、目頭が熱くなった。お茶を飲み干すと、身体が芯から軽くなるのを感じた。
「おばあちゃん、ありがとうございました。明日の子供たちを迎える準備があるので、戻りますね。……迷った時は、また聞いていいですか?」
おばあちゃんは寂しそうに微笑んだ。
「ここは一期一会の場所。もう二度とここには来られないのよ」
そう言って、自分の着物と同じ柄の折り紙をそっと手渡してくれた。
「これを見て、今日の風の匂いを思い出してね」
おばあちゃんが森の方を指差すと、そこには元の暗い廊下が続いていた。遠くには職員室の明かりが見える。
私は縁側を立ち上がり、深く頭を下げた。
あの明かりを目指して、私はもう一度、子供たちの待つ場所へ歩き出した。




